第九話 『世界の中心に立つ者は』
その日の夕食の席で、アキトはハクアに今日一日のことを話した。
彩が学校を休んでいたから土曜日のことを謝れなかったこと。
明日の公開討論のこと。
「本当にキトは討論に参加するの?」
そうだよ、とアキトはうなずく。
「なら、できるだけ穏便に、無難にすませたほうがいいわ。厄介な相手そうだから」
「うん。そうする」
「どんなことを言われても感情的にならないでね。もちろん、暴力は絶対にだめよ」
「大丈夫だよ。それに今回のことは僕が原因なんだから、べつにさらし者になってもかまわないし」
「あなたがそう思っていても、そう思わない人もいるのよ」
「どういうこと?」
「あなたがひどい目にあったら、悲しむ人がいるでしょう。彩ちゃんや透君。部長さんに最近友達になったっていう明理ちゃん。もちろん、私だって悲しいわ」
ハクアの言っていることが、アキトにはうまく理解できなかった。
自分が何とも思わないのだから、それでいいじゃないか。
そう言ったところでハクアを困らせるだけだということはわかっていたので、アキトはハクアの言うことを素直に受け取ることにした。
「わかったよ。僕だってみんなを悲しませたくはない。そうならないようにがんばる」
翌日。一時間目のロングホームルームのあと、アキトは黒川先生と応接室へ向かった。
婦人はすでにそこにいて、アキトを見るなり「御機嫌よう」とにこやかに言った。
アキトも「おはようございます」と返した。それで二人のやりとりは終わった。
ほどなくして学年主任の先生が入ってきて、公開討論に向けての打ち合わせが行われた。
打ち合わせが終わり、体育館へ向かおうとした時、応接室のドアが勢いよく開いた。
現れたのは、彩だった。
よほど急いでここまで来たのだろう。
息は激しく乱れ、表情は険しく、上履きも履かず靴下のままだった。
「彩? どうしたの?」
「それは、こっちの、セリフ……」
彩はまっすぐにアキトだけを見ていた。
「公開討論って、どういうこと? なんで、そんな大事なこと、言ってくれないの」
透か部長から話を聞いたのだろうと考え、アキトはこたえる。
「ごめん。ただ僕は、これ以上彩に迷惑をかけたくなかったんだ」
「そういうのが一番迷惑なんだって。それに」
「あらあら! まあまあ! お元気そうでなによりだこと!」
自分の存在をアピールするように、婦人は大きな声を出す。
彩は息を整えながら、できるだけ落ち着いた表情をつくり、婦人に言う。
「……おかげさまで。私はもう大丈夫です。だから公開討論じゃなくて、最初の予定通り作文の朗読を」
「まっ! 急に現れて予定を変えろとおっしゃる! 非常識で失礼なお話ですわ! 私は今日の討論のために昨日はほとんど眠らず準備してきましたのよ。そんな私の努力をあなたは気まぐれに踏みにじるつもりなのかしら」
「それは……」
「そうだわ! せっかくあなたが来たことだし、討論の勝敗をあなたに決めてもらうというのはどうかしら」
さっきの自分の発言などなかったかのような態度で婦人は言う。
そんな婦人に我慢できなくなったのか、黒川先生は言った。
「待ってください。急に予定を変えるのは非常識だと、あなたがさっきおっしゃったばかりではありませんか」
まっとうな意見だが、残念なことに相手がまっとうではなかった。
「まあ! 私のアイディアに文句をつける気ですの? 生徒だけではなく職員も非常識ですのね。わかりました。私はこれで失礼します。今回の件は他の団体にも報告し、こちらの学校については今後講演などの依頼は」
「わかった、やります、やりますから!」
婦人のヒステリックな声を払いのけるように、彩は声を張り上げた。
婦人はギョッと目を見開くも、すぐに余裕のある笑みを浮かべた。
「わかればよろしい。まったく、妙な手間を取らせないでほしいものだわ」
部屋から出て行く婦人を、アキトは何の興味もない目で見ていた。




