第八話 『ロボット』
球技大会の時と同じく、二人はグラウンドにある階段状の観覧席に並んで座った。
グラウンドは猛烈な夏の熱気のせいで灼熱地獄と化していたが、多くの運動部が練習に励んでいた。
その中には明理の姿もあった。
彼女はお手本のようにきれいなフォームを維持しつつ軽快な走りを見せていた。
その表情は真剣で、教室での自由奔放さからは想像できなかった。
「なあ、アキト。お前には感謝してるんだぜ。俺みたいなのに付き合ってくれるし、彩とも友達でいてくれてさ」
「僕がしたいと思ったことをしてるだけだよ」
「そう言うと思った」
アキトは透のほうを見る。
しかしそこにいるのはロボットで、本当の透の表情はわからなかった。
「俺はずっとこんなだからさ、彩には一緒にいるだけで迷惑をかけちまう。それでも俺はそばにいてやりたかった。何かあった時、すぐにあいつを助けてやれるように」
アキトはうなずいた。
「でもそのせいで、あいつは孤立しちまった。挙句、飼育小屋での例の事件だ。それでもあいつが人並みに学校生活を送れたのは、アキト、お前のおかげなんだよ」
アキトは何も言わず、話の続きを待った。
「あの時、お前は俺たちを助けてくれて、一緒にいてくれるようになった。彩もそれから少しずつ変わっていって、他の友達もつくれるようになった。俺が小学校を卒業したあとも、彩はちゃんと学校に通っていた。だから俺は、俺が原因で彩の日常を壊したくないと思った」
「だから中学からは代生を始めたんだね」
「中学からは制服を着なくちゃならねえからな」
アキトが口を開いた時、彼はこちらに近づいてくる明理の姿を見つけた。
明理はさっぱりした表情を浮かべながら、小走りで二人のそばにやって来た。
「やあやあアキト君。夏空の下ロボットとおしゃべりなんて、君は本当に面白い人だねえ」
よいしょ、と明理は透の隣に座り「こんにちは、ロボット君」と笑いかける。
「コンニチハ。ワタシハ、ロボット、デス。アナタノ、オナマエハ?」
「おおうっ? え? これ、マジもんのロボットなの?」
「まさか。今のは透のネタだよ」
「おいおい、ばらすなよ。せっかくいい感じに驚いてくれてんのにさ」
「な、なーんだ、冗談か……、って、もしかして、彩のお兄さんなの?」
「ああ。彩の兄の透だ。君はたしか、彩と同じ陸上部の明理ちゃんだよな」
「あ、はい、そうです、明理ちゃんです! じゃなくて、ええと……、あの、彩さんとはいつも仲良くしていただいて、本当に彩さんはありがたいお方です、はい」
「そんな緊張しなくていいって。君のことは彩からよく聞いてる。こちらこそ、いつも彩と仲良くしてくれてありがとな」
「いえいえ、そんな。あの、お兄さん。彩のことで聞きたいことがあるんですけど」
「ごめん。今はあいつについて話してやれることはないんだ」
「そうですか。私こそすいません。彩が大変な時に、何もできなくて」
「心配してくれるだけで十分だ。ところで、彩は部活ではどんな様子なんだ? 友達のことはよく話してくれるんだけど、それ以外のことはほとんど話してくれなくてさ」
「そうですね……。一言で言うなら、めちゃくちゃかっこいいです」
明理は普段通りの生き生きとした表情で話しはじめた。
「彩はどこまでも自分に厳しくて、一途で、いつだって自分の限界を超えようと必死に練習に打ち込んでいる、最高に素敵な人です。エースにふさわしいその姿は後輩たちのあこがれで、我が部の誇りです。彩に誘われて入部してよかった。私も彩の姿に何度も勇気づけられましたから」
「彩が君を誘ったのか?」
「はい。私、去年の春にこの街へ引っ越してきたんです。だから友達もいなくて、どうやってまわりにとけこめばいいのかもわからず、最初は学校へ行くのも怖かったんです。でも、隣の席だった彩が私に声をかけてくれて、そこから彩との付き合いが始まったんですよ」
その話を聞いてアキトは少なからず驚いた。
「私がこうして人並みに高校生活を送れているのは、彩のおかげなんです」
話をしている明理の表情は、とても幸せに満ちていた。
その時、グラウンドの方から明理を呼ぶ声が聞こえてきた。
「アーカーリーっ! ミーティングはじめるから、もどっといでーっ!」
はーいっ! と明理は返事をし、アキトとトオルに言う。
「じゃあ私はこれで。彩によろしくね、アキト君、お兄さん」
遠ざかっていく明理の姿を見送りながら、透は言う。
「いい子だな。俺のことをお兄さんって呼んでくれるなんて」
「前に話した時、彩のことはよく知ってるって言ってたから」
「そっか。なあ、アキト」
「なに?」
「俺は、このままでいいのかな」
「透は彩にとって、いいお兄ちゃんだよ」
そっか、と透はつぶやく。
「お前なら、そう言ってくれると思ったよ」




