第七話 『プログラム』
婦人は再びソファに腰を下ろし、アキトも向かい合うように座った。
「あの後、彼女の様子はいかがかしら」
「学校には来ていません」
「まあまあ。どうしてかしら。何か心当たりでもおありかしら?」
「原因なら僕にあります」
「では、あなたのどのようなことが原因で」
「僕からも質問があります」
アキトにしては珍しく、相手の言葉を遮るように語気を強めて言った。
「あなたは彩とどういう取引をしたんですか」
婦人はとぼけるように肩をすくませ、唇をすぼめた。
「彩は僕の友達です。あなたよりも彩のことは知っているつもりです。だからわかるんです。彩は誰かにうそをつける人間じゃない。あなたと都会で出会ったのは、偶然なんかじゃない。あらかじめ仕組んでいたことだ。そんなことは彩の様子を見ればわかるし、あなたが彩をそそのかしてああいうことをやらせたことも想像できます」
「失敬な! まるで私が彼女を利用したかのように! 私はただ、純粋に彼女の力になりたくて協力を」
「やっぱり絡んでいたんですね。あなたが」
「協力をしただけですわ。それにあれは、彼女が望んだことなんですのよ」
まったくもう、と婦人はぷりぷりしながらご立腹という顔をする。
一般的な感性の持ち主なら、いい歳して何してんだこのババアはと心の中でツッコミをいれるところだろう。
しかしアキトは何も言わなかった。
何も思わなかった。
ただ、婦人をじっと見つめていた。
「以前にもお話した通り、私はアンドロイド依存症患者をカウンセリングした経験が豊富にありますの。だから彼女の悩みを聞き、その解決をお手伝いしただけですのよ。ええ、本当に彼女は気の毒な方でしたわ」
婦人はアキトに視線を向け、目を細める。
「だってそうでしょう。ひそかに想いを寄せている人の心が、アンドロイドにとらわれてしまっているのだから」
「それを言うために、わざわざ学校まで来たんですか?」
「まさか。今までのはただの世間話。本題はここから。ご存知の通り、彼女はあなたのせいで心を痛め、体調を崩してしまい、明日も登校できるかわからなくなってしまいましたわ。明日の講演会では、彼女の作文の朗読がすんだあとに私がその内容にそって講話をするという段取りでしたのに。こういうことになってしまっては、予定を変更するしかありませんわね」
婦人はわざとらしくため息をつき、悩まし気に眉をひそめる。
「そこであなたに提案がありますの。明日の講演会で、私と公開討論をしませんこと?」
「公開討論、ですか」
「ええ。人間とアンドロイドの絆のあり方について、というテーマで討論をしますの。これなら講演会の趣旨にもあってますし、あなたが表舞台に立てば多くの方にアンドロイド依存症についてより深く理解していただけると思いますの。とても有意義な時間になると思いますわ」
アキトは婦人の狙いを理解し、そのうえで「わかりました」と了承した。
「ただ一つ、間違いがあります。僕はアンドロイド依存症なんかじゃない。僕にとって大切なのはハクアであって、アンドロイドではありません」
「アンドロイド依存症の方は、どなたもそうおっしゃるものよ」
婦人はアキトに憐みの目を向ける。
「公開討論が終わったら、もう二度と彩には近づかないでください」
「その点はご心配なく。最初からそのつもりですから。下手に彼女を刺激して万が一のことがあったら私としてもいい迷惑ですものね」
婦人はソファから立ち上がり、勝ち誇ったような笑みを見せる。
「それでは明日。楽しみにしていますわ」
婦人はご機嫌な足取りで応接室から去っていった。
アキトはソファに背中をあずけ、ゆっくりと目を閉じ、壁にかけてある時計が時を刻む音に耳を傾ける。
しばらくした後、彼は応接室の外に出た。
それを待っていたように、透と部長がアキトのもとへ駆け寄ってきた。
「二人ともどうしたの?」
「どうしたのって、アキト君のことが心配だから来たんじゃないか」
「あのババアがお前を呼びつけたんだろ。何があったんだ」
「たいしたことじゃないよ」
アキトは婦人とのやりとりを二人に説明する。
「それはつまり、アキト君をさらし者にするってことじゃないか。まともな大人のすることじゃない」
「大げさですよ。ただ、みんなの前で話し合いをするだけじゃないですか」
「そういう話じゃないよ。まいったな、どうすれば……」
「なあ、アキト。少しつきあってくれねえか」
「彩のこと?」
「俺たちのことだ」
透は部長のほうへ頭を向ける。
部長は仕方なくうなずき、二人から離れた。
「せっかくのいい天気だ。外に出ようぜ」




