第三話 『虹の証明』
彩は呆然とした目でアキトとハクアを見ていた。
その時のハクアの表情を見て、彼女は確信した。
これは、アンドロイドが人間に危害を加えたという重大なエラーではない。
ハクアは、アキトを叱った。
確かな意思を持って、アキトの態度を改めさせるために、ハクアは彼を叱ったのだ。
「ハクア?」
突然のことに、アキトも素直に驚いていた。しかしすぐに、彼の心に危機感が生まれた。
ハクアの身に何か重大な変化が起こったのではと思ったからだ。
ハクアも自分の行動を理解したらしく、ごめんなさい、とかすれた声で言った。
「キト……。私、私は」
「落ち着いて。ハクアは何も悪いことはしていない。だいじょうぶ。心配しないで」
アキトはハクアを抱きしめ「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と繰り返した。
そんな二人の姿を目の当たりにして、彩は崩れるように膝をついた。
そして、声を上げて泣いた。
途方もない大声で。涙をぼろぼろとこぼしながら。
みじめだった。
あまりにもみじめだった。
下手な悪だくみは失敗し、楽しみにしていた都会での時間も台無しにしてしまった。
挙句アキトとハクアの絆の強さをこれでもかと見せつけられた。
もはや泣くしかなかった。
だから彩は泣いた。
小さな子どものように、みっともなく声を上げて。
そうでもしなければ、彼は自分に振り向いてくれない。
この期におよんでそんなことを考えている自分が、よけいにみじめだった。
「彩!」
透の声が聞こえる。間もなく、息を切らしながら石段を駆け上がってきた透の姿が見えた。
「ごめん、透。僕のせいだ……」
「何も言うな。今は、何も言わないでくれ」
透は嗚咽をもらす彩をしっかりと抱きしめる。
「誰も悪くない。誰も悪くないんだ……」
透がそう言った時、軽快なヒールの音を響かせながら婦人が姿を現した。
「あらあら、なんだか大変なことになってますのね。事情は各々あるのでしょうけど、まずは濡れた体を温めませんと。すぐそこに同志の車を待機させてますから、適当なところで身支度を整えましょう」
でも、と婦人はアキトに目を向ける。
「ごめんなさいね。車は四人乗りなんですのよ」
婦人の口元に上品な笑みが浮かぶ。
アキトは婦人を無視して透に言った。
「彩をお願い」
透はうなずき、彩の手を引いて歩き出した。
二人の姿が見えなくなったところで、婦人は言う。
「アンドロイドは大切なものを奪っていく。これであなたもおわかりになったでしょう」
「今回のことは全部僕の責任です」
「あなたがそう思っていても、彼女はそう思わないんじゃないかしら」
「あなたに彩の何がわかるんですか」
「あなたには彼女のことがわかっているとでも?」
婦人は満足そうに笑う。
「機会があれば、ぜひあなたともお話してみたいものですわ。これでも私、アンドロイド依存症の方を治療した経験が何度もありますのよ。今度お会いするときは、あなたにふさわしい療養施設のパンフレットを持ってきますわ」
御機嫌よう、と婦人は去っていった。
アキトは小さくため息をつき、軽く頭を振って空を仰いだ。
さっきまでの雨がうそのように、空は青く晴れわたっていた。
「キト……」
「見て。空に虹がかかってる」
ハクアはアキトと同じ空を見つめた。
「そうね」
アキトが見ているだろう虹は、ハクアの瞳には映っていなかった。




