第二話 『日の光が照らす場所』
石段を上り終えるまで、彩は自分の浅はかさを悔やんでいた。
こんなことになるのなら、くだらない考えなんか持つべきじゃなかった。
社務所の軒下に並んで雨宿りをしているアキトとハクアを見た時、彩はかつてない敗北感に打ちのめされた。
店を離れてすぐに、彩はアキトの姿を見つけた。しかし彩は彼を止めなかった。
彼に追いつく勇気がなかったからだ。
さらに言えば、彼があきらめてくれると信じてしまったからだ。
雨の中を走り回り、それでもハクアを見つけられないという展開を彼女は望んでいた。
しかし彼は一切の迷いもなく走り続け、神社へ続く石段を上った。
彼のあとを追っていた彩は、彼がスマートフォンのGPSを使わず走っていたことを知っている。
彼には最初からハクアの居場所がわかっていたのだろう。
彩は石段のそばで彼が一人で降りてくるのを待っていた。しかし彼は現れなかった。
そこに、ハクアがいたからだ。
完敗だった。
雨にうたれ、ずぶ濡れになったその姿は、まさに負け犬そのもだった。
彼女自身もそう自覚していた。
灰色の雲は遠ざかり、日の光が彼らを照らすように差し込んだ。
「…………どうして」
彩は声の震えをおさえるように両手を固く握っていた。
「ごめん、彩。でも、ハクアにもハクアなりの考えが」
「そうじゃない!」
彼女自身、あまりにも自分勝手であることはわかっていた。
それでも止められない。止まらない。
人の心とは、そういうものなのだから。
「約束したじゃない! 今日は私につきあってくれるって。なのに、どうしてそいつにかまうの。どこ行ったかなんてスマホ見ればすぐにわかるのに、なんで土砂降りのなか探しに行っちゃうの? まだまだこれから行きたいところも、やりたいことも、たくさんあるのに、これじゃもう何もかも全部台無しじゃない!」
ちがう。
これは、本当に言いたいことじゃない。
私が言いたいことは、もっと別のことだ。
なのに。
なのに、どうして。
「ごめん、彩。本当にごめん」
アキトは謝った。本心から、素直に、純粋に、ただ謝っていた。
「とにかく、濡れた体をなんとかしよう。このままじゃカゼひいちゃうよ」
「そんなのどうだっていい!」
彩が叫ぶ。このままではいけないと判断したのか、ハクアは二人の間に入った。
「ごめんなさい。私が勝手なことをしたから、こんなことに……」
彩はハクアをにらみつける。
同時に、アキトはハクアに言った。
「ハクアは悪くない。悪いのは僕だ。僕がハクアを連れていきたいって言ったのがそもそもの原因なんだ。だから彩、ハクアを責めないで。もともとハクアは、彩のことを考えたら自分は行かないほうがいいって言ってたんだ。なのに、僕がわがままを言ったから……」
「なんで……。なんで、なんで! なんでそんなこと言うの!」
彩はアキトに詰め寄り、怒りをぶちまけるように言う。
「私のことは全然考えてくれないのに、どうしてそいつのことはそんなに考えられるの!」
「ちがうよ。僕は彩のこともちゃんと考えてる」
「だったらどうしてさっきみたいなことが言えるの! アキは私の心と全然向きあってくれないじゃない。相手の態度を見て、こうすれば納得してくれるだろうって、それだけで、まるで作業みたいに。これじゃ、アンドロイドの反応と同じじゃない。ちゃんと心でこたえてよ。アキの心を、私にも見せてよ!」
身勝手で、無茶苦茶で、ひどいことを言っていると、わかっている。
それでも彼女は言いたかった。
自分の、心の叫びを。
「……ごめん、彩。どうして彩がそんなに怒ってるのか、本当にわからないんだ」
その言葉に、彩は完全に打ちのめされた。
彼女は言葉をなくし、彼の姿をただ見ていることしかできなかった。
「だから教えて。どうすれば機嫌をなおしてくれるのか。その通りにする――」
直後、空気が破裂するような、乾いた音が響いた。
それは、アキトのほほを、ハクアが平手で打った音だった。




