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『ハーモナイズ』  作者: 青山樹
第一章 『おなじもの』
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第九話 『空の絵』

 翌日。昼前に学校の時間割は全て終わった。

 彩は陸上部の練習が済んだら部室へ行くとアキトに伝え、教室から出て行った。

 部室では、机に並んだ二冊の本を前にして部長が真剣な表情を浮かべていた。

 二冊とも同じ本で、去年の夏に流行った恋愛小説のベストセラーだった。


「また妙なことをしてますね。どうしたんです?」


「やあ、アキト君。ちょうどいいところに来たね。一つ、君に答えてほしい問題があるんだ。僕が書いてる小説の参考にしたいから、ぜひ協力してほしいんだけど」


「いいですよ」


 では、と部長は二冊の本に目をやる。


「この本は二冊とも同じ本なんだ。どっちも初版で、もちろん印刷されてる文字も、挿画も同じ。傷もなくて新品同様。だけど、とても大きなちがいがある。なんだと思う?」


「と、聞かれても……。わかりませんね」


「ちゃんと考えてみて。これはとても大切なことだから」


「わからないものはわかりませんよ。同じ本なのにちがうって、なぞなぞの類ですか?」


「なぞなぞじゃないよ。もっとしっかり考えて。答えはきっと、子どもにだって理解できることだから」


 言われた通り、アキトは真剣に考える。頭をしっかり働かせる。


「…………そう、ですね。存在している空間がちがう、とか?」


「うーん。なるほど。そうきたか……。まあ、それもあるといえば、あるかな」


「どうやらはずれたみたいですね。正解はなんですか?」


「この本のうち一冊は、ある人が僕への誕生日プレゼントとしてくれたものなんだ。もう一冊は、その日に僕が僕自身への誕生日プレゼントとして買った本。つまり、そういうことだよ」


「そういうことって、どういうことです?」


「え?」


「え?」


 二人とも不思議そうに目を瞬かせる。


「……じゃあ、たとえばの話だよ。僕がこの二冊を古本屋へ売ったとすると、二冊とも同じ値段になると思う?」


「なるでしょうね。同じ本ですから」


「そうだね。じゃあ、別の質問。僕が不注意でプレゼントしてもらったほうの本を失くしてしまったとする。この場合、僕が自分で買った本は、プレゼントしてもらった本のかわりになると思う? 失くした本は自分で買った本だった、ということにできると思うかな?」


「無理ですね、絶対に」


 アキトは即答する。

 同時に、疑問に思った。


 どうしてそう答えたんだろう。


「アキト君はさっき同じ本だって言ったよね。なのにどうして、無理だって思ったのかな」


「……どうして、ですかね。よくわかりません」


「きっとそれは、心の結びつきの問題なんだ」


「心の、結びつき……」


「そう。たとえそれが、誰の目にもガラクタにしか見えないものだったとしても、その人にとって大切な何かと結びついていれば、そのガラクタは特別なものになる。街中ですれちがう人たちのことを考えてみて。きっと誰も彼もが赤の他人で、お互いに生きていても死んでいてもなんとも思わない人ばかりでしょ。でも、その人たちにも家族がいるだろうし、友達や恋人もいるかもしれない。僕やアキト君にとってはいてもいなくてもどうでもいい人たちでも、その人たちは誰かにとっての大切な人なんだよ」


「言われてみれば、そういうものかもしれませんね」


「こういうことって、自然にわかるようになるものなんだろうけどね。なんていうか、アキト君には心がないんじゃないかなって思うことがあるよ」


「ずいぶん心無い言葉ですね。いくらなんでも傷つきますよ」


「僕は心配してるんだよ。さっきの質問もそうだし、君が部活で描いた絵を見てもそう。君の芸術の才能には、特異というか異様なものがあるんだ。作品はまったく記憶に残らないし、見る人の感情に訴えかけるものも一切無い」


「部長。もしかしなくても、ケンカ売ってます?」


 アキトに言われ、部長は少し困ったような笑みを浮かべる。


「なにきれいに微笑んでるんですか。そこはちゃんと否定してくださいよ」


「ごめんごめん。でもね、アキト君の絵の技術は決して低くはないんだ。むしろうまいほうなんだよ。でも心が感じられないんだ。思いが込められていないともいえるね。だから不思議なまでに記憶に残らない。混雑した駅のホームで出会う人たちの顔みたいに」


 そう言われても、アキトにはどうすることもできなかった。

 絵を描いたり、詩を書いたり、歌を歌ったり。そういうことは人並みにできる。

 しかし、そうした表現に自分の心を託すことはできない。


 魚が空の飛び方を知らないように。

 虹が夜の暗闇を知らないように。


 つけ加えると、アキトはそれをしたいとさえ思わなかった。

 そもそも今の彼には、それができないのだ。


「彩君とは対照的だね。彩君の場合は心が主張しすぎていて、技術が置き去りにされているから。だから壊滅的に不器用な作品しかつくれない。自分の心と向きあって、それを受け入れることができないからかもしれないけど」


 部長はため息をつき、軽く頭を振る。


「アキト君と彩君を足して二で割れば、ちょうどいいかもしれないね……。あ、そうだ。いいこと思いついた。君たち二人が子どもをつくればいいんだよ。そうすればちょうどいいバランスの人間ができるんじゃないかな」


「部長。本気ですか?」


 もちろん、と部長はうなずく。その澄んだ瞳に嘘偽りの影はなかった。


「たまにですけど、部長ってすごい人だなって思うことがありますよ」


 アキトがそう言うと、部長は楽しそうに笑った。




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