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08

 私とキュテラは、食事を済ませたあと、本日の予定を消化すべく外へ出た。

 ティリアは、キュテラから頼まれた雑務をこなすために残った。


「良い天気で良かった」


 キュテラは水色のドレス姿で、表情を明るくしていた。

 日傘を差してゆったりと歩く姿を見ると、貴族なんだと思わなくもなかった。

 私はというと、いつもの白いローブ姿でフードを目深に被っていた。

 友達と出かけるにも顔を忍ばないといけないのは、正直辛い。


「折角の外出だからね」

「そうそう。さっそくだけど、シャルジャンへ会いに行きましょう」

「はいはい。大好きだね。シャルジャン」


 シャルジャンは、私の父親でもある。

 友人に父親を慕われるのは、なんとなくだが複雑な気分だ。

 私の中に独占欲みたいな物があるらしい。

 一度も会ったことがないのに、髪色が同じというだけでアイデンティティの一部になっていた。


 英雄シャルジャンの象がある公園は、ダルファディルの玄関である南門前広場にある。

 休日の午前中ということもあり、人手は少なく、都とは思えないほど静かで穏やかな時が流れていた。

 巨人との戦いで荒れ果てた広場に、魔神街から植林して緑地化している。

 ここで巨人と英雄の戦いがあったことなど微塵も感じさせない。


「……緊張するわね」

「相手は象でしょ?」

「それでもするの」


 朝の日差しを遮る緑の天蓋から木漏れ日が墜ちていた。

 木漏れ日の雨を抜けると、シャルジャンの象が見えてくる。

 彼の活躍に心打たれたドワーフの石大工が一晩で作ったと言われる石像があった。


「はぁ、いつもながら素敵な方」

「なんか……」


 短髪の美男子が巨大な剣を背負って仁王立ちしている。

 木陰の中に立つ彼は、正門を見つめたままだった。

 その顔は凛々しさと人懐こさの同居した笑みを浮かべていた。

 もし、親子として過ごす時があったのなら、あの顔に向かってお父さんと呼び掛けたのだろう。

 そのとき、彼はああいう微笑みを浮かべたのかもしれない。

 そんな気がした。


「ピセアも格好良いと思うでしょ?」

「正門から来る人を温かく迎えているみたいだよね」

「これだから素人は」

「石像の玄人ってなに?」

「英雄シャルジャンの象の基本中の基本よ? 彼の微笑みは巨人に見せたもの。つまり、彼は今でも巨人を威嚇しているの。死してなお国を守っているのね」

「そうなんだ。死んでも働いてるのは可哀相」


 過労死した私が言うんだから間違いない。


「……言われてみればそうね。巨人に勝利した輝かしい過去ではあるけど」


 英雄像の鑑賞へ水をさされたキュテラが頬を膨らませた。


「ごめんね、つまらないこと言っちゃって」

「ううん。ピセアの心遣いこそ英雄の喜ぶことだと思う」


 そう言ってキュテラはいつもの場所へ移動し、優雅に腰掛けた。

 英雄像を正面から眺められる石のベンチだ。

 私も隣へ座る。

 キュテラから薔薇の香りが漂う。

 原始的な香水ながら芳醇な空間を作っていた。


「つまらない話と言えば、この国には新しい英雄がいないことよね」

「新しい英雄……」

「まぁ、偽物はいるみたいだけど」

「ああ、あの子ね」

「どこの貴族の娘か知らないけど、いいわよね。自由に動き回れて」


 災害陣を宿すキュテラのやっかみもわかる。

 でも、私はある可能性にどうしても目を潰れなかった。


「もし、自由に動き回れたら、キュテラも英雄のマネをしたい?」

「ええ?」


 今、もっとも憎むべき存在はなにかと聞かれれば、英雄ピンクと答える自信がある。

 それが誰なのかわからないけど、魔法があることを鑑みると、誰が英雄ピンクであってもおかしくはなかった。


「私が、その不届き者だと言いたいの?」


 キュテラが嫌そうな目で私を見つめ返す。

 最初は気を張っていたけど、よくよく考えれば居候を許してくれる友人に対してすごい失礼だと思い、目を伏せた。


「ごめん、変なこと聞いた」

「ま、あなたがここへ残る理由だものね。どういう因縁があるか知らないけど」

「うん」

「で、どんな因縁があるの?」


 黙るしかなかった。

 前世からの夢を奪われたからとか、絶対に言えない。


「嘘でも何か言えば良いのに」

「えーと」

「ま、私のベッドはこれくらいじゃ落ちないから大丈夫。安心して居候するといいよ」

「……どうも」


 同い年の居心地の良いベッドに嫉妬すら憶える。

 結局、キュテラが英雄ピンクかどうかわからないままだった。

 でも、このまま疑い続けるのは負けのような気がする。


 一旦保留しよう。


「英雄は、遊びじゃない。巨人と戦えるくらいに強くないと」


 日傘の下から英雄の像を見上げるキュテラは、怒りを抑えた目つきだった。


「今、ダルファディルには巨人に抗える英雄がいない。次に巨人が現れたら、終わりよ」


 キュテラの言葉は切実なものだった。

 数日前に魔神街へ現れた魔獣も脅威の一つだった。

 魔神の刻む災害陣には二つある。

 生まれた時に魔神に刻まれるものと、抑えきれない好奇心を利用されて人為的に刻まれたものがある。

 後者の災害陣こそが、災害陣を禁忌たらしめるものだった。

 人間を魔獣や巨人にする災害陣があった。


「数日前の魔獣騒ぎ……」

「そう。国王派は確実に次の襲撃を計画している。巨人か魔獣をけしかけて、女王を脅迫するつもりよ」

「私のことで、だよね……」

「そう。国王派の目的は、女王の口から不倫の事実を言わせること。それと、婿入りの国王が、あわよくばこの国を牛耳ること、かな」


 この都へ来て、嫌というほど聞いた陰謀論だ。


「婿入りで不倫されて、怒るのも当然だと思うけど」

「不倫されて当然だから」

「あー。じゃあさ、女王の子供が現れたら国王派はおとなしくならない? だって、彼らは、ただ女王の子供が誰の子か知りたいだけなんでしょ?」


 外でするにはリスクの高い話だった。

 極力、私とは無関係のように話した。


「どうかしら。女王の子供が名乗り出たとしても、最悪は国王派に襲撃の口実を与えるだけになるかも。だって、彼らの知りたいは建前にすぎないもの」

「国王は、本当にそんな悪い人なの?」

「ええ、最悪。私もなんどか見たことがあるけど」

「どんな人だったの?」

「まず信仰心がない。女神の教えを守る気のない根っからの知りたがりのスケベ野郎」


 おっと、女児向けではない発言ありがとうございます。


「自分の血脈こそが魔神に愛された血統であるという勘違いで、ろくに魔法も使えない身の程知らず。おまけにバカみたいに振りかけたキンモクセイの香水が吐き気を催すの」


 もう、アレだね。女児向けは諦めた方が良いみたい。


「そもそも国柄の違いすぎる国の王族と結婚するってだけで反対も多かったのに、当時の国王が、国益になるって今の女王陛下と政略結婚させたのが間違い。しかも、先王陛下の言う国益なんてほとんどなかった。怒った女王陛下は、それで実の父親を追放したけど」

「なかったんだ国益……」

「まぁ、もしかしたら先王陛下が個人的に見返りをもらっていたかもしれない。だとしても、女王陛下からしたらたまったものではなかったと思う」

「そうだね」


 ママンも苦労したんだ。

 好きでもなく、国のためにもならない男と入籍するというのは、それはもう怒りや哀しみが秒速で年輪を作るようなものなんだろう。

 そんな男と子供を作ろうなんて気にはならないはずだ。

 そんなときに、国を守るちょっとかわいい系の英雄がいたら、そっちと子供を作るのもわかるし、許されるような気がする。

 私は、ちょっと安心していた。

 私が生まれたのは、少なくとも不純な動機じゃない。

 恋愛感情も合意された結婚も許されなかったママンが、自分の意志で子供を作ったのなら、私の生まれに一抹の不安も残らない。

 いい話を聞けた。


「でも気になるなぁ」

「なにが?」


 キュテラがうっとりした声で言う。

 嫌な予感がする。


「英雄シャルジャンと女王ゼルクレアが、どんな恋愛をしたのか。もう、きっと素敵ないちゃいちゃがあったはずなの!」

「……」


 人の両親でなにをときめいているのやら。


「ねぇ! 英雄が女王に食べられちゃうのと、女王が英雄にごろにゃんしちゃうの、どっちもありだと思わない?」

「お弁当にしましょう」


 私は話を中断させるため、持ってきていたバケットに被せた布を取った。


「お、朝のパスタも美味しかったし、楽しみね」

「美味しかった? なにも言わずに無言で食べてたのに?」

「美味しかったわよ! 初めて毒ネズミの内臓みたいな貝が美味しいと思ったんだから。それにびっくりして思わず言葉を失ったんだけど」

「なにそれ。そんなこと考えながら食べてたの?」


 キュテラのノーリアクションの理由には半信半疑だった。

 でも、真剣に黙々と食べていたから不味くはなかったと思う。


「で、お弁当ってなに?」

「パンにパスタを挟んだの」


 前世で言う焼きそばパンの流用だ。


「パスタをパンに?」

「こうすることでお皿がいらない。むしろ、皿ごと食べて」

「な、ナイフとフォークは?」

「ない! 手で掴んで食べる!」

「魔神的ね。望むところだわ!」


 野蛮さに宗教的な羨望を持つ貴族の娘は、手づかみの携帯食料へ目を輝かせていた。

 周りを確認してから唾を飲み込み、震える手で海鮮パスタパンを手にする。


 キュテラにとって、外でパンをぱくつくのはなにかしらの悪事らしい。


「い、いただくわ」

「召し上がれ」

「あむ。むぐむぐ、パンの甘さとパスタの塩気がちょうどいいわね」

「口に合ってよかった」


 キュテラが無心で咀嚼するのを見て、私も一口かじる。

 中世ながらパンが甘くて助かった。

 ダルファディルのパン屋が優秀なので、甘い、辛い、しょっぱい、すっぱいの四種類がすべて揃っている。


「……」


 育ちのせいか、食事中だとキュテラは静かになった。

 会話を妨害するときのために食べ物を携帯してきて正解だった。

 二人で英雄像を前に惣菜パンをむさぼった。


「前から気になってたんだけど、キュテラは英雄が好きなの? 女王が好きなの?」

「どちらも好きだけど、ただ好きって訳じゃない。軟禁生活する前の私には、英雄になって女王陛下から叙勲を受けるっていう夢があった」

「英雄に、なる?」

「私の母と女王陛下が友人なのは知っているわよね?」

「うん。初めて会ったときに、私の顔を見て若い頃の女王にそっくりだとおっしゃっていたから」

「あなたと会う前、母と陛下のお茶会に私も連れて行ってもらったことがあるの」

「へー」

「そこで英雄シャルジャンの話が出て、女王陛下は悲しそうな顔をしていたわ。そのとき決めたの。私が英雄になって、女王陛下に笑顔を取り戻すって」

「それで……、師匠のところへ武術を習いに来たんだ」


 泣きながら師匠の鍛錬に食らいついていった友人の幼き日を思い出して、目頭が熱くなる。

 壮大な夢のために幼い頃から励んでいた。


「でも、それも災害陣のおかげで頓挫してる。なんとかしたいんだけどねぇ」


 キュテラがアンニュイな顔をする。

 英雄になるべく様々な職へついたり、冒険へ出たりする自由が、キュテラにはない。

 目指すものへまっすぐに進めない辛さは、私にもよくわかった。


「焦るよね」

「ええ。なにかしないと、と思いながらなにをしたらいいのかわからない。女神様も魔神様も教え導いてくれない。どうしたらいいのかしら」


 同意しかない。

 名誉を求める姿は、魔法少女のひたむきさにも通じる。

 つくづく相棒系の魔法少女にしたい女の子だった。


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