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07

 身分を隠した王族が、手に職を付けて大きなベッドで寝起きできるようになったのは、女神や魔神の手配だろうか。

 少なくとも私は魔法少女になるという目的でキュテラと友情を結び、魔法を学んだ。

 その友情を頼りに都を見学に来て、あの英雄ピンクを見て、帰れなくなった。

 あいつがいるのに、大人になるのを待ってから都に来るのは違うと思った。


「さてと」


 私はベッドから起き上がると、毎朝の日課である髪の手入れから始めた。


「お手伝いしましょうか?」

「んー、お願いしようかな」


 キュテラの使用人であるはずのティリアが、私を起こした後もずっと傍に控えていた。

 私は予備の櫛をティリアへ渡した。

 ティリアはそれを受け取ると、床に膝をついて毛先の方を丁寧にブラッシングする。


「キュテラの身支度は手伝わなくていいの?」

「お嬢様からは、ピセア様を手伝えと」

「そうなんだ。あと、様はつけなくていいから」

「私は国外出身ですから、この国の王族へ親近感を持っている訳ではありません」

「ああ、うん。だよね。なら、なんで私に様をつけるの?」

「私は冒険者です。受けた恩義には必ず報います。特に窮地を救っていただいた方には、命を賭けてでも恩を返しますから」

「えっと、職を紹介しただけなんだけど」

「冒険をできなくなった私にとっては、死活問題でした」


 反論の余地がない。

 ティリアの様付けを止めることはできなかった。

 ティリアはというと、お喋りをやめて私の髪の寝癖を正すのに真剣な雰囲気になる。


(私の髪をまるで武器の手入れをするみたいに解いてる)


 その真剣な面持ちは、研ぎ澄まされた刃物のように冷たかった。

 茶髪のショートヘアのクールな人だ。

 一般の生まれながら、災害陣のせいで普通でない生き方をよぎなくされた女性だった。


(職歴は確か、魔法使いのマスターと剣士を少しだったかな。剣士をマスターすれば魔神官にもなれるけど、もう冒険する気はないみたいだし)


 心を病んで冒険から遠ざかる冒険者は多い。

 前世の世界と同じだ。

 心が頑張れなくなったとき、どんなに能力がある人でも活躍できなくなってしまう。

 ティリアには、心を癒やす時間が必要だった。


 私はティリアと静かに櫛を入れ続けた。


 カイルを取り逃がしてから三日ほど経っていた。

 神殿での勤めは変わらなかったし、国王派や女神団の騒ぎにも遭遇していない。


 不気味なほど平穏だった。

 魔神街ではささやかでない変化があった。

 魔獣が現れた屋敷、ミアイフォノス邸が忽然と姿を消したのだ。

 キュテラの話では魔神街のどこかへ転移したという話だ。

 貴族は、魔神街の中なら自由に現住所を移動させて良いということだった。

 ダルファディルの城壁で囲んだ国土の半分は森林だった。

 その森林のほとんどが魔神街だったりする。

 都に隣接していれば都会だが、森林の中へ逃げられたら見つけ出すのは至難の業だった。


 今日は、キュテラとの約束の日だ。

 休日は髪を解いてのびのびと過ごしたいけど、外出するからにはきっちりと結び固めないといけない。

 ティリアの助けを借りて、頭の後ろへ超高密度のシニヨンを作る。

 それから化粧もせずに白いワンピースに袖を通した。

 身支度の前に朝食だ。


 貴族の朝食といえば、豪勢なものを想像するかもしれない。

 でも、この世界の貴族は美食ではなかった。

 彼らはふかした芋とスープしか食べていなかった。


 そんな食生活に嫌気がさした私がなにをするかといえば、厨房へ行くことだった。


「よし、なんか作ろう」

「お手伝いします」

「よろしく」


 私とティリアは、厨房の担当だった。


「で、なにがある?」


 私は、ウーラニア邸の石造りの台所を見渡す。

 鍋をかける釜があり、その上には煙突があった。

 調理場とは別に、食材を無造作に乗せるテーブルもあった。


「魚屋に転職したニンフの冒険仲間からもらった魚介類があります」


 魔法の氷で保存した魚介が籠に乗せてあった。

 氷の中には、甲殻類や貝、魚がある。

 冒険者をやっていたティリアなら、これらの調理方法や特性を知っているだろう。

 食材に問題はなかった。


「魚と貝か」

「あと、小麦農家に転職したドワーフから、ピセア様へと送られた小麦がたくさん」

「あー、ガイガスさんの小麦」

「下心がこもった良い小麦です」

「その言い方やめない? 食べるのがいやになる」

「そうですか。そして、ウーラニア公の領民から徴収した芋と野菜がたくさん」

「海鮮パスタにしようか」

「おお、ピセア様のレシピはなんだか美味しそうです」

「そ、そう?」


 私の料理の知識に目を輝かせるのはティリアぐらいだった。

 森の中で幼年期を過ごした私は、武闘家の修行場で調理もしていたけどいまいち喜ばれなかった。

 なお、私の筋肉は災害陣の応用で料理人のマスターである。

 前世ではあまりやらなかった料理も筋肉が勝手にやるような有様だった。


「パスタの麺は、前に作ったけど憶えてる?」

「はい。面倒なので、こういうものを用意しました」

「うん?」


 そういってティリアが一本の麺棒を取り出した。


「ロールピン?」

「いえ、ロールピンゴーレムです」

「おお、さっそくゴーレム化したのね」

「はい」


 このティリアという女性は、面倒な作業は全部ゴーレム化するという性分だった。

 屋敷の掃除や洗濯には、彼女の作ったゴーレムたちが活躍している。

 ゴーレムは、一度作ってしまえば自律して動くので、壊れない限りはメンテナンスがいらない優れものだった。


「卵とオリーブオイル、塩、それから小麦粉でしたね」


 ティリアが確認を取りながら、木のボウルへ食材を入れていく。

 ゴーレムがさっそく自律活動を開始した。

 ローリングピン状態から、二足歩行する小型のウッドゴーレムになった。

 ティリアが木のボウルをテーブルへ置くと、その中へ飛び込んで粉や油にまみれながら、こねくり回し始めた。


「……カッコイイ」

「わかってくださるのはピセア様くらいです」


 私の呟きに、ティリアがずずいと顔を寄せて嬉しそうな顔をする。

 目がマジだった。

 関わるとマズイ。


「あはは、そうなんだね。じゃ、作っちゃおうか」

「……仕事の紹介といい、ゴーレムの理解ぶりといい。感謝しているんです」


 距離を取った私に対して、ティリアが両目の照準を合わせ続ける。


「そんな大したことは」

「大きなベッドを持っている方は、そう言うものです」

「ベッド……、あー、うん。そうだね」


 もう受け流すしかなかった。

 女性からすると、ベッドの小さな男というのは色々な意味で相手にできないらしい。

 しかもベッドの大きさは、男女に関係なく敬愛の対象だった。


「ここまで言わせたんです。私の気持ちも少しわかって欲しいです」

「あー」


 猛烈な百合フラグが建築されているのがわかる。

 魔法少女にとって避けては通れない問題だった。

 可愛い女の子は嫌いじゃないけど、あいにくと恋愛対象にしたい願望はなかった。


「ピセア様とは身分の違いがありましたね」


 私が答えに窮していると、ティリアが悲しそうな顔をする。


「身分は関係ないと思うけど」

「いえ、世間が許さないでしょう。特にキュテラお嬢様が……」


 なにか強大な敵を前にしたときの魔法少女のような顔をしてティリアが沈黙する。


「ピセア様、私、強くなろうと想います」

「え? うん。強さは大事だよね」

「はい! まずは海鮮パスタの作り方を教えてください!」

「そうだね。それじゃ作ろう」


 ティリアの妙な決意はスルーして、とにかく朝食を用意することにした。

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