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04

 魔法少女スキャンダラスプリンセスとかどうだろう。

 もちろんそんなニチアサは女児向けではない。

 母親の不倫によって生まれた英雄の娘なんてやっぱり主人公にはなれないだろう。


「遠いぜ、魔法少女」


 神殿からの帰り道。

 世界は変われど、夕日は疲れた体を優しく包でくれる。


「前世では残業を告げる不吉な西日でしかなかったけど」


 都の通りには、仕事を終えた人々の緩やかな流れができていた。

 純白のローブが茜色に染まる。

 私も神殿勤めを終えた一助祭として終業風景に溶け込んだ。


「こんな風に疲れた体を引きずっていく人がたくさんいて、明日も働くために歩いて行くなんて最高だ。なんと言っても残業がない。適度な労働は平穏の糧だと思う。国王派の人たちはほとんど定職に就いてないみたいだし。あ、あの人たちを全部転職させちゃえば平和になったりして」


 すっかりダルファディル神殿の転職嬢が板についたな、私。


「おい! この先で女神団が騒いでるぞ! 別の道を通った方が良い!」

「んだよ。迷惑な奴らだ。誰か聖堂剣士に通報してくれよ」

「迂回すると遠回りなんだよねー」


 私は、逆流を始める疲労困憊の群れを避けた。


「あー、あの人たちも今日は活動してるのか」


 一人だけ取り残された私は、面倒なので構わず歩き続ける。

 迂回する元気がないだけだった。


「女神団かぁ。国王派と変わらないんだよねー」

「聞き捨てならんな」


 通りの枝道、路地から声がした。

 人影は壁に寄りかかり腕を組んでいて、たわわに実った胸がぎゅうっと圧縮されて面積の少ない服から零れそうになっていた。

 転職所で噂に聞く娼婦の服装だ。

 シースルーのヴェールで素顔を隠し、赤の宝石で着飾った派手な格好だった。

 宝石を身につけた娼婦は貴族の御用達とも聞く。

 いわゆる高級娼婦なのかもしれない。


「うわっ、すごい格好」

「そのローブ、神殿の者か。聖堂剣士には見えないが」


 その人は、路地の影から出ることなく私を観察する。

 間合いが遠い。

 熟練の戦士か冒険者みたいだ。


「あー、神殿での勤めを終えて早く家に帰りたいだけの助祭です」

「それはないな」

「はい?」

「さっき男が騒いでいただろ? この先へ進めば巻き込まれる。それにも構わず通り抜けようとするのは、よほど身の守り方を心得たやつだけだ。ただの助祭ではない」


 路地影に潜む娼婦は、色っぽさとは無縁の、射るような目で私を見る。


「女神の教えを守っているみたいで嬉しいです」

「茶化して誤魔化すか。好きにすれば良い」

「どうも。では、通りますね」

「ああ。だが、どんな不運が起きても恨むなよ」


 娼婦の人はそれだけ言い残して背を向けた。

 路地の奥へ向かう魅惑の肩甲骨を追いかけるべきか悩む。

 なんとなく、あの人が通る場所なら安全そうに思えた。


「不運か。ご忠告どうも」


 私はきびすを返して大人しく引き返す。

 だって女王の不倫で生まれた英雄の娘なんだもん。

 顔が見えたら即バレだもん。

 バレたら大騒ぎなのは確定している。

 さすがにこんなところで政争の具になるつもりはない。


「えーと、ここからぐるっと回るとしたら」

「ん? ピセアか?」

「え?」


 迂回路を模索しながら歩いていると正面から声を掛けられた。


「あ、グーナさん」

「帰りだったか」

「はい。お疲れ様です」


 先輩の助祭、グーナへ頭を下げた。

 純白のローブに白銀の鎧と剣を提げた聖堂剣士だ。

 長い亜麻色の髪をお下げにして背筋をピンと伸ばしている。

 武人特有の鋭い眼差しの中に、少しだけ姉御肌の優しさが感じられた。

 化粧はしていないけど、すればきっとモテると思う。

 細身でありながらパワフルな剣技を持っていることで、大司祭からも賞賛される有名な人だった。

 私が友達を訪ねて都へ来て、路頭に迷っていたところを助けられた。

 それが縁となって転職嬢として働くことができた。

 たぶん、一生頭の上がらない人になると思う。


「さっき通報があった。この先で女神団が暴れているらしいな」

「あー、みたいです」

「あいにくと近くに他の聖堂剣士がいない。数合わせで構わないからお前も来い」

「え、私ですか? ただの助祭ですけど」

「その前は武闘家だろう。私相手に猫を被っても意味はないぞ」

「あー、ですよね」


 ちょっと強引な所があるけど、頼りになる人だ。

 大人しく従うとする。

 というのも、私に転職嬢を斡旋してくれたのはグーナだからだ。

 それに転職嬢になる前の私は、旅の武闘家としてグーナと出会っている。

 誤魔化しようがなかった。


「気を抜くな。女神団も国王派と変わらない。なにが出てきても良いようにな」

「はい」


 私は神妙に頷きつつ、少しだけ気を抜いて歩いた。

 剣の柄に手を掛けたグーナが先頭になって歩き始める。

 グーナの職業は聖堂剣士。剣士と神官をマスターして転職できる複合職だ。

 火力よりも防御力が高く、仲間を援護する能力やスキルに長けていた。


 グーナの先導で人気のない帰り道を歩く。

 民家の間を通る石畳の道。少し右に向かって緩やかなカーブをしている。

 貴族の住む区画へ向かうための数少ない道だ。


「この先は魔神街か」

「はい、そうですね」


 貴族は魔神の血族と言われることから、貴族の居住区は魔神街と呼ばれる。

 物々しい名前だけど、よく整備された場所だった。


 道を進んでいくと、塀に囲まれた貴族の屋敷がちらほらと見えてきた。


「構えろ!」

「……っ!」


 グーナの声に体が勝手に身構える。


「待てこらああ!」

「逃げたぞ! 追え!」

「気をつけろ! もう魔獣化してる!」


 魔神街では聞いたことがないような男たちの騒ぐ声がした。

 おそらく女神団の男たちだ。


 石畳を硬い爪が叩く音がした。

 それが迫ってくる。

 荒い息づかいも。


「魔獣だと?」


 グーナは剣を抜き、臨戦態勢に入る。

 魔神街を貫く大通りを四つん這いで走ってくる人間がいた。

 その後ろを女神団の構成員らしき男たちが追いすがる。

 先頭を走る四つん這いの男の顔は細長く尖り、犬のように口が裂けている。

 腕には真っ赤に光る災害陣があった。


「赤い災害陣! 本物か!」

「あれが」


 初めて見た。

 女神が知ることを禁じれば、魔神は知ることを奨励する。

 魔神によってもたらされる災害陣は赤かった。

 夕日が沈んで夜闇に変わり、血のような災害陣がより浮かび上がる。

 知りたいという欲求に応じて災害陣を刻まれると、人間は魔獣か巨人になる。

 英雄シャルジャンがいた時代には、巨人や魔獣が都を襲撃していたらしい。

 生の魔獣を見るのは初めてだが、一つだけ言えることがある。

 女児向けの造形ではなかった。


「来るぞ!」


 グーナが叫んで走りだす。

 向かってくる魔獣との間合いを一気に詰めて一太刀、振り下ろす。


「なに!」


 魔獣が勢いをそのままに直角に曲がって、グーナの剣は石畳へ突き刺さった。

 魔獣はそのまま通りに立つ家屋を駆け上がり、屋上より飛びかかる。

 逃れた魔獣の体から不可視の腕が二つ生え、その手には鋭く長い爪が伸びている。

 魔神の爪だ。


「それはマズイ!」

「な、見えるのか!」


 私が魔神の爪を伸ばして片方を受け止めると、グーナも地面から引き抜いた剣で爪を受け止めていた。

 遠距離からの斬撃だった。


「お前、魔法使いをマスターしていたのか!」

「えっと、友達が魔法使いなもので」

「それで魔神街に帰っていたのか。たしか、居候しているんだったな!」

「まぁ、そういうことです。グーナさんこそ、武人の目を持っているじゃないですか」


 魔獣や巨人と戦うには、達人級の職業についていないと太刀打ちできない。

 英雄シャルジャンのもたらした一時の平和は、厭戦気分をもたらすのに十分だった。

 冒険者が冒険から遠ざかり、達人を目指す戦士や魔法使いも減ったのだ。


「でも、グーナさんが強くて嬉しいです。神殿には、強さから離れていく冒険者が多くて寂しかったですから」

「半分はお前のおかげだがな!」

「え?」


 グーナは魔神の爪を押し返すと、そのまま魔獣の本体へ斬りかかった。


「女神の名の元に! ビーストバスター!」


 祈りとともに打ち込まれる聖堂剣士だけの剣技。

 対魔獣用の清き刃が夕日を弾いて白銀に染まる。


「きれい……」


 冴えた月明かりを下段に構えたまま走るグーナに見蕩れてしまう。

 私の目に狂いがなければ、物理浄化型の魔法少女の才能があった。

 白を基調とした神聖な衣装と技は、理想的な要素の集合体だと思う。


 魔獣の顔面にグーナの刃が振り下ろされた。


「ぐぎっぃぃぃぃぃあ!」


 魔獣の悲鳴と光の弾ける音が響く。

 魔獣の腕に刻まれた赤い災害陣から黒煙が上った。


「おいっ! 誰か魔獣とやり合ってるぞ!」

「団長の話と違う!」

「聖堂剣士だ! やべぇ! 逃げよう!」


 魔神街から魔獣を追って来た男たちが、グーナを見て退散した。


「一発?」

「そのようだ。災害陣は浅く刻まれたものだったらしい」


 顔面を強打された元魔獣の男は、顔を抑えて転げ回り、唸っていた。

 すっかり人間の姿へ戻っている。

 神官の祈りは女神の力の引用だ。

 効果はてきめんだった。


「私はしばらくこの男の介抱をする。すまないが、神殿へ行って応援の聖堂剣士を呼んできてくれないか?」

「……はい」


 私は残業の発生にげんなりしつつ、職場へと引き返した。


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