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01

「起きてください」


 母かと思うような温かみのある声に起こされた。

 頭も体もふわふわした感覚で夢の中にいるような気分。



「あ、すみません」


 椅子に座って、寝ていたみたいだった。

 私はスーツ姿。

 二つの人影が逆光の中で面接官のように座っている。


(あれ、私、残業してたような)


 ぼんやりとした頭にゆるゆると記憶と意識が戻ってくる。

 月曜日。そう月曜日だった。月曜日から残業だった。憂鬱だった。


「そう、あなたは残業していました」

「え?」


 窓から入るやたらと強い明かりのせいで、私の過去を説明する女性の姿をはっきりと見ることができない。

 光が目に突き刺さって、痛かった。


「あの、人事の方ですか?」


 度重なる残業で、私の仕事ぶりにようやく裁きが下ると思った。

 私には今の会社で働き続ける気力もなければ能力もない。

 さっさとクビにして欲しかった。


「女神です」

「魔神です」

「え」


 過労で耳がおかしくなったのかな。

 というか魔神ですって言った人、この世の者とは思えない声をしてるんですけど。


「あの、状況が読み取れないんですが、人事の方ではないんですね?」

「女神です」

「魔神です」

「そ、そうですか。あの、私もちょっと来るところを間違えてしまったみたいなので、ここで失礼します」


 本能が訴えている。

 これは関わっちゃいけない人たちだと。


「いえ、間違えていません。あなたは残業をしていてそのまま過労死したんです。それを哀れに思った地球の神が、私たちへあなたの魂を預けました」

「あ、ああ。過労死。過労死……。え、私、死んだ?」

「はい」

「どうしてそんなことが言えるんですか!」

「女神です」

「魔神です」

「もう、それはいいですから! お二人が超常の存在だとして、私の死に方ってあっさりすぎません?」

「長く苦しむより良かったかと」

「そ、そんな……」


 死後の世界ってもっと重々しいものだと思ってたけど、コントみたいなノリだった。

 認めたくないけど、女神や魔神と名乗るのは本当なのかもしれない。


「それで、これから新しい人生を送るにあたって、どんな人生を送りたいですか?」

「我の調べでは、魔法少女になりたいだけの人生だったとSNSで発信していた」

「あああ! 私が答える前になにを言ってるんですかぁ!」


 魔神の発言に思わず立ち上がる。


「事実だが」

「黙れ魔神! 私が匿名で発言したことをどうして言うんですか!」

「貴様の買い集めたDVDなどからも裏付けが取れている」

「人の部屋を勝手に調べないでください!」

「それを見た親御さんは、嫁にも行かずにと落胆していたぞ」

「うわぁあああ! それが一番聞きたくなかったああああ!」


 魔神のとどめの一言に頭を抱えてしゃがみ込む。

 ごめんなさいお母さん。一人暮らしで趣味に没頭していたら婚期を逃して、孫の顔も見せられずに死んでしまって、本当にごめんなさい。


「まぁ、以前は家族だったかもしれませんが、生まれ変われば他人です。気を取り直して生きましょう」

「うぅううううう」


 女神は鋭利な言葉で未練を断ち切ってくる。


「それで、新たな人生はどうされますか?」


 私は恥ずかしさと情けなさから気を取り直す。

 これはいわゆる転生という事態だ。

 悔しいけど、魔法少女になりたいだけの人生だったと呟いた通り、魔法少女になりたいという願望は強烈になっていた。


「魔法少女になりたい……です」


 私は恥を忍んで本心をぶちまける。

 言ってて顔が熱くなってきた。


「我は構わぬ。DVDの内容から祝福も決めた」

「そう。私も特に拒否する理由はないですね。祝福は生まれた土地にふさわしいものを」

「どこに生まれる?」

「ダルファディルです」

「ほほう。ゆかりの土地か」

「地球の神から託された魂ですから、近くで見守りたいのです」


 監視付き、か。

 私は声に出さなかったけど、新しい人生で悪さができないことだけはわかった。

 私に新しい人生を与えてくれた地球の神様のためにも。


「それでは」


 女神が、私の目を見て声の調子を整えた。


「魔法少女になりたいだけの人生を!」

「バカにしてるでしょ! 魔法少女はすごいんだから!」


 私は女神に叫び返しながら空から落ちていく感覚に襲われた。

 さっきまであった人の形はなくなり、私は小さな雨粒のようになっていた。

 高空から地表へ向かって静かに落ちていく。


(あああ落ちるうううう! 絶叫マシンとか苦手なのおおお!)


 そして、地表へ着くや否やおぎゃーと生まれた。


 そこからは赤ちゃんの状態で、目もろくに開けられないし、言葉だって発せない。

 生まれてから育つまで暇だった。

 と、思っていた矢先。周囲の状況が慌ただしくなった。


「すまん」


 私は女性に抱かれ、激しく上下する乗り物で外に連れ出された。

 どうやら私のママンらしい。


(躍動感ある上下の振動……、馬かな)


 私は座っていない首が折れやしないかとヒヤヒヤした。

 馬が地面を蹴る音に混じって、空を走る雷鳴が聞こえた。

 天気悪いよママン。

 ぼんやりとした視界では、かろうじて森の中を走っているように見える。

 しばらく揺られていると振動が止まり、ママンが馬から下りた。

 それから扉を開ける音。

 建物に入ったみたいだ。


「母を恨んでくれていい。なんとか生き延びてくれ」


 鼻を掠めるママンの匂いの他に、獣の匂いがした。


「頼むぞグリンフィオ」


 なにやらママンの頼りになる存在がいるらしい。

 バサバサと騒がしい音がする。

 私はよろしくという意味で、あーぉと機嫌の良さそうな声を出しておいた。


「心配要らない。グリンフィオは私の忠実な僕だ。この翼でお前を安全に運んでくれる」

「ぁーぉ……」


 思わず落胆の声が出る。

 コウノトリが赤ちゃんを運んでくるっていうのは前の星での迷信だけど、それをガチでやる地域だとは思わなかった。


「女神も魔神も意地が悪い。なにもお前に災害陣を刻まなくても……」


 ママンが私の額に頬を当てて呟いた。

 災害陣ってなに。

 そのせいで私が鳥で宅配されなきゃならないの。

 私は女神と魔神に恨み言を言わずにいられなかった。


「うーぅ!」

「まったく……、頼もしいな。生まれたばかりのお前を手放さなければならない母の気持ちも知らないで」


 ママンが悲しそうに言う。

 頭と頬をこれでもかと撫でられ、最後にぎゅっと抱きしめてくれた。

 よくわからないけど、お別れらしい。

 私はまだうまく動かせない手を伸ばしてママンに触れようとした。


「ダメだ。甘えられたら、お前を手放せなくなる」


 ママンはそういって私を籠のようなものに移した。

 自分に厳しいタイプの人みたいだ。


「しばらく我慢してくれ。ゲーオスは信頼できるやつだ」

「あーぃ」


 素直に返事をする。

 息ができる程度に布で覆われ、籠の蓋がされた。

 どうやらゲーオスというのが私を育ててくれる人みたいだった。


「行けグリンフィオ。奴らに捕まるな」


 ママンが命じて、窓を開け放つような音がする。

 体が再び空へ浮かぶ感覚に包まれた。

 空トゥ空とは女神の配慮だ。理解に苦しむ。

 でもまぁ、空を飛ぶのは物語の始まりにはありがちだった。

 そう、これは私の物語。魔法少女になるための物語になるはずだ。

 どんな光景が眼下に広がっているのか知らないけど、ここでタイトルがドーンってなるに違いない。


 雷鳴が一際大きく轟いた。


「おー!」


 負けじと吼えた。

 私は必ず、魔法少女になる!

 女神ウィズ魔神プレゼンツで!




 そんな大志を抱き、新しい人生を初めて、十四年が経った。




「迷える者よ、ダルファディルは希望へ繋ぐ土地。女神に誓って希望を与えよう」


 私は厳かに告げた。

 今の私は、純白のローブに身を包み、神殿を訪れる者へ、新たな道を示していた。


「あ、そういうのいいんで、普通に仕事を斡旋してください」

「あ、斡旋希望の方ですね。すいません。えー、エルフの方ですか?」

「はい」


 長身で細身、人間の耳に比べてツンと尖った長い耳。

 森の妖精と言われるエルフの女性で、切れ長の目をした美人さんだ。

 前世の世界でも人気のある種族だ。


(ああ……、魔法少女になりたかった……)


 仕事にありついたは良いものの魔法少女になれていなかった。


「あのー、助祭さん?」

「あ、すいません。なにかやりたい仕事はありますか?」

「えっと、荒っぽくない仕事がいいんですけど」

「はい、それでしたら機織りギルドが募集を出していますね。えー……」


 就労者募集の羊皮紙の束を見ながら説明をする。

 私がいるのはダルファディル。

 私が転生するときに女神が言っていた都市だ。

 その都市を伝説の都などと呼ぶ人もいる。

 私はその都の神殿で、転職の窓口業務をやっていた。


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