乙女心って、わかりますか?
【ただいま】
夢の続きかと、小雪は思った。
星が瞬く空を飛ぶ。眼下には、星よりもなお、煌めく都会の夜景。
今の気分は、空を駆ける美少女戦士だ。
忘れかけていた、乙女チックな感性。
仕事をしながら家事育児。
乙女はいつしか妻になり、母になり、いずれ姑やババアになる。
おぎゃあと産まれた時から、婆さんの顔をしているわけではない。
誰が好んで、姑やバアアになるものか。
あ、でも。
三途の川の婆さんみたいに、権力握って好きな時、好きなように変身するならいいな。
小雪は浮遊しながら、住まいのマンションに近づく。
窓から室内を覗くと、雅史の泣き顔が見えた。
泣き虫だな。
相変わらず。
でもまあ、大きくなった。
おヨメさん、見つかってよかったね。
学校に、あまり通わなくても、なんとかなるもんだ。
雅史が「クリーニング屋やめて」と言った理由は知っている。
丁度その頃、流行ったAVのせいなのだ。
タイトルは。
「クリーニング屋・まあちゃん」
イジられ、からかわれた雅史は、小学校卒業前に、不登校になった。
夫は長い目で見守ろうと言ったが、見守った結果、雅史は更に引きこもり、ネット依存に堕ちた。
小雪を見ると、千だか万だか、よく分からない単語を叫んだりもした。
それが夫の死後、雅史はいきなり覚醒する。香典を握って宣言した。
「学校行かせろ! 俺はビッグになる!」
気落ちしていた小雪は、雅史の好きなようにさせた。
雅史が選んだのは、『声優養成スクール』だった。
しかし、声優の道もすぐに諦め、雅史が再度入り直した学校は、『動物看護士養成学校』である。そこで密林睫毛の有菜に出会った。
振り返れば、他人様に誇れるような、子育てはしていない。
自慢できるような息子でもない。
それでも、泣きじゃくりながら、母の名を呼ぶ息子を見ると、あのまま彼岸へ渡らずに良かったと小雪は思う。
思った瞬間、目の前に婆さんの顔がアップで現れた。
「うげっ!」
三途の川の婆さんは、ニカっと笑う。
――そうだろう、そうだろう。少しはアタシに感謝したかい?
「します、しました! だから、だから、アップ顔はヤメレ――!!」
パチン。
小雪は目を開いた。
目の前には、涙と鼻水でぐしょぐしょになった、雅史と、AEDの本体を抱えた有菜がいた。
「か、かあさん?」
寝たままで、ぐるっと見渡すと、いつもの住まいの面持ちだ。
はっとして首まわりを触ると、ペンダントのチェーンがちゃんと付いている。
倒れていたのは、きっと事実だ。
「よ、良かった。死んじゃったかと思ったよ――」
雅史は小雪の胸で再び泣き出した。
死にかけたのも、事実だろう。
では。
三途の川は?
婆さんは?
鬼の親子や、ふうちゃんとびいちゃんは?
窓の外、救急車が通り過ぎて行く。
夢だったのか。
異様にリアルだったけど。
ていうか、変な夢!
小雪のスマホがテーブルの上で鳴る。
小雪はノロノロと体を起こし、スマホを開く。
見知らぬ相手から、SNSのメッセージが届いていた。
『無事帰ったね。せっかく永らえた命だ。もっと好きなことするんだね。
そうそう。ふうちゃんびいちゃんのカップリング本、キボンヌ! byジボシン』
「そ、そ、そ」
小雪は叫ぶ。
「そんな罰当たりなこと、できるかあ――――!!」
【その後の現世】
人の生き死にに関わらず、日々は流れていく。
まったく、川の流れは絶えずして、だ。
雅史と有菜はまだ挙式をしていなかったので、小雪が手筈を整え、鎌倉のお寺で結婚式をあげさせた。
多聞天すなわち、「びいちゃん」を祀るお寺である。
その後、雅史と有菜には、ネット予約と宅配クリーニングサービスの一部門を任せた。
彼らに任せたのは、宅配でお預かりしたセーターなどの、毛玉を取る部門である。
長毛種動物の毛玉カットを、動物看護の学校で学んでいた二人は、意外にも器用に業務をこなした。雅史はのちに、業界の「毛玉取り王」として、有名になる。
小雪は、地母神様の教えもあり、仕事以外に少々、趣味の時間も持つようになる。
そして、時折、キャラのイラストを描いては、婆さん、いや地母神様に、送っているのである。
さて。
小雪が三途の川の往復をした夜、救急車で搬送された男性がいた。
その男性、黒い文様が描かれた衣服には、焼け焦げたような跡があったと記録されているが、救急外来で処置を待つ間に、どこかへ立ち去ったという。
完
ここまでお読みくださいまして、誠にありがとうございました。小雪と婆さんに成り代わり、心より御礼申し上げます。霊界にも、「腐」の世界を知る者が、どうやらいるらしいです。はわわわわ。
なお挿絵は「ぽんぽんぺいんメーカー」にて作成した、びいちゃん、もとい毘沙門天様です。婆さんには喜んでもらえたと、伝え聞いております。