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3/6

心から、反省したことありますか?

【おやおや親子】


 小雪は高校二年のスポーツテストで、ハンドボール投げ三十メートルという記録を出している。高二女子の平均は十五メートル。幼少のみぎりより、洗濯屋の技術を実母に鍛えられ、上腕や三角筋が発達した結果である。


 小雪が包んだ石の重さは、およそ二キロ。投てき競技の円盤と、同じ質量を持つ。

 ちなみに世界大会の投てき競技で、投げだされる円盤の初速度は、時速換算で約八十キロ。

 これが人間の頭に当たったら、痛い。多分、とても痛い。


 小雪は腐女子の沽券をかけ、石を投げた。

 的は勿論、股間である。


 しかし小雪は物理が苦手だった。

 投げられた物体は、等速直線運動をしつつ、同時に自由落下を起こす。よって離れた場所の的に物を当てるならば、的よりも上に、照準を合わせなければならない。


 鬼の股間を目がけて投げた小雪の石は、鬼の下肢、脛骨けいこつを直撃した。

 脛骨とは、いわゆる、弁慶の泣き所である。


「んがががぁ!」


 鬼はよくわからない叫び声をあげ、下肢を押さえてうずくまった。

 首を掴まれていた子どもは、ぴょこん、と飛び降りた。


 小雪はほっとし、石積みをしていた子どもに手を差し伸べる。

 子どもは小雪と目が合うと、「あっかんべー」をしてくるりと踵を返す。

 そのまま鬼に駆け寄った。


「大丈夫? パパ!」


 ぱぱ?

 パパって言ったよね、今。

 儚そうに石を積んでいた子どもって、え??

 パパ?


「あーあ、やっちゃったか」

 小雪の背後で、老女が額に手を当て、宙をあおいだ。


 子どもは蹲ったままの鬼に駆け寄り、心配そうな顔をしている。

 その顔をよくよく見れば、子どもの額にも、どんぐりのような突起物がある。

 あれは、角なのか。


「あのさ、小雪。聞いたことないかい? 子どもが積んだ石を、金棒で鬼が壊すって話」

 それは知っている。

 だからこそ、切ない気持ちになって、子どもを助けようとしたのだ。


「あれね、パフォーマンス。もっと言えば、三途の川の様式美」


 なんですと!

 様・式・美だとおおお!

 少し怒りの表情を浮かべ、小雪は老女に訊いた。


「なんでまた、そんなパフォーマンスするんですか?」


 少し怒りの表情を浮かべ、小雪は老女に訊いた。

 小雪の怒気を感じ取ったのか、老女はすまなそうに言う。


「いま舟に乗れないで残った者は、このままだと閻魔様のお沙汰を待たずに、結構下のジゴクに直行するのさ。ここで鬼の怖さを感じて、心より深く反省したら、少し、ましなトコロに行ける。

ま、少しましなジゴクだけどね。

その反省を促すための、わたしらの温情。霊界の様式美なんだよ」


「ソウデシタカア」

 小雪の返答は棒読みだった。


 鬼は蹲ったまま、小鬼の頭をヨシヨシしていた。

 その姿に、小雪も、ほんのわずかな憐憫の情がわく。

 小雪は鬼に近づくと、正座して頭を下げた。


「知らぬこととはいえ、失礼いたしました」


 赤い肌の鬼も、つられて頭を下げる。

「いやいや、こちらも驚かせてしまいましたな」


 なんだ、鬼って、わりといい奴じゃん。


 小鬼は父鬼の太ももに座り込む。

「我々も人手不足、あ、いや鬼不足なもので、三交代シフト制勤務になってます。ここしばらく休みがなかったんですよ。そのため、息子にも、寂しい思いをさせまして……」


 なんてブラック。


 寂しい思いをしているという小鬼は、父鬼の腹に抱きついた。

 途端に小鬼が叫ぶ。


「パパ、臭い!」


 確かに、なにやら生臭い匂いが漂っている。

 父鬼の着ているものは、左肩を出したタンクトップのような衣類と、黄色と黒の縞模様の短パンだ。どちらもあちこち、シミがある。


「ごめん! ごめんね。パパさっきまで、血の池のほとりで、お仕事してたから。配給されてる業務服、着替える暇がなかったよ」


 話を聞いた小雪の目が光る。


「脱いで。服を脱いでください! おとうさん!」



【反省の省の字は、少な目と書く】


 小雪が燃やしていた枯れ草が、イイ感じに灰になっていた。

 老女がどこからか調達した、古ぼけた木製バケツのようなものに川の水を汲み、灰を投入する。

 灰は、洗剤が普及する前には、よく洗濯に用いられていた。


「あ、木製のバケツじゃないよ、それ。江戸時代あたりの、棺桶」


 棺桶のリサイクルか……まあいい。

 父鬼が脱いだ鬼の制服を、小雪は棺桶バケツに浸す。

 鬼の衣類の触感は、麻に近い布で出来ている。

 これなら、なんとかなりそうだ。


 裸になった父鬼と、まとわりつく小鬼は、川で水遊びをしていた。

 舟に乗れずに残った者の何名か、小雪のやることを見つめている。

 血のように赤い着物を着ている女性は、鬼の親子の姿を目で追っていた。


 煤けた色の着物を着た男性が、鬼の衣類を洗う小雪に近づく。

「何か、お手伝いしましょうか」


 年の頃なら七十代。

 瘦せこけた体躯の男性だった。

 小雪は軽く頭を下げる。

「ありがとうございます。それでは、この棺桶バケツに入って、中の衣類を踏んでもらえますか?」


 男性は快諾し、着物の裾をまくり上げ、棺桶に入った。


「なんだかね、あなたと鬼さんたちを見ていたら、切なくなりました」


 痩せた男性、生前は、大手銀行の支店長だったという。

 仕事を理由に家のことは妻に任せ、子どもと遊んだこともない。

 定年を迎えて、ようやく妻と一緒に旅行でもしようかと思っていたら、離婚届けを突きつけられた。

 ローンの終わった家と退職金を取られ、狭いアパートで一人暮らし。子どもたちとの連絡も取れない。


 彼は恨んだ。


 妻を恨んで

 子どもを恨んで

 最後は自分を恨んで。


 先日、孤独死したそうだ。


「もっと、家庭を大切にすればよかった。妻の苦労を、一緒に背負うべきだった。自分の至らなさを痛感してますよ」


 男性は、ぽたん、涙を流した。


「新婚旅行で行った北海道のラベンダー畑。もう一回、見たかったなあ」


 その瞬間、男性の鼠色だった着物の色が変わった。

 薄い薄い、紫色に変わったのだ。


 血の色の着物を着た女性がつぶやいた。

「結婚しただけいいじゃない。私なんて……」

 

 生気のない顔ではあるが、生前はさぞ美人だったろうと思われる女性。

 婚活用サイトにいくつも登録し、美貌と肉体で男性を捕らえては、金をむしり取った。

 だました男が百人を越えた頃、ストーカー化した一人の男性に刺され、人生が終了した。


「信頼できるパートナーが、一人でいいから、いればよかった」


 信じたいけど、裏切られるのが怖い。

 だからその前に自分から裏切る。


 父鬼の姿を見ながら、彼女は言った。


「あんなお父さんが、欲しかったな」


 まあ、鬼ですが。


 泣き顔になった女性は、川の水で顔を洗う。


「でも、一番悪いのは、自分を信じることができなかった、私自身だね」


 その瞬間。


 女性の着物の色もまた、変化した。

 血のような赤さから、夕暮れ時のオレンジ色へと変わったのである。


 そうか。


 此岸から彼岸へと渡る時。

 恨みを捨て、自らを省みることが出来たなら、行くべき道も変わるのかもしれない。

 三途の川のパフォーマンスとは、そのためのものだったのか。


 小雪が思いめぐらしていると、老女がインカムを耳につけ叫んだ。


「臨時の舟、カモーン!」


 着物の色が再度変わった者たちは、迎えの舟に乗り込んだ。

 痩せた男性は棺桶から足を抜き、丁寧なお辞儀をして舟に乗る。

 泣いていた女性は顔を拭き、小鬼の頭をポンと叩いて去った。


 小雪は父鬼に、綺麗になった衣類を渡す。

 父鬼は何度も頭を下げながら、小鬼をつれて去る。

 川原には、小雪と老女、そして数人の亡者が残った。


「あとは、残った人たちのお迎えを待つだけですか?」


 小雪が尋ねると、老女は珍しく声をひそめ、小雪の手を握る。


「それまで、もてば、だな」

「えっ?」


 残った亡者のうちでも、黒さが際立つ着物をまとう者が、身を低くして走りだす。


 その手に握られたものが、やいばだと小雪が気づいた時に、老女の胴体が切り裂かれた。


あくまでコメディです。アクションとかパニックではありませんので、ご安心を。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  トメさんがどんどん霊界に馴染んでいくところが面白いです!洗濯でつちかわれた戦闘力の高さからも、トメさんはこれからどんどんスーパーヒロインになっていくのでは!?と、楽しみです!  三途の川…
2021/08/08 15:02 退会済み
管理
[良い点] 息子さんとお嫁さんとのやりとりや鬼相手に投石しちゃう主人公に「そうきたか!」と笑っていたら、ここにきてしんみり(´;ω;`)泣かされました。 [気になる点] なんだか不穏な終わり方ですね。…
[一言] おばあさん、実は明るい?
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