表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

鬼と戦ったこと、ありますか?

【トメって、何?】


「ひゃくめおに、させつ、さん?」


 クラス中がドッと沸いた。

 高校の入学直後、担任が呼名した時のことである。


 『百目鬼とどめき』を「ひゃくめおに」と読むのは、まあしょうがない。

 だけど、小雪はフツウに「こゆき」と読めばいいじゃないか。


 この後、小雪のあだ名は、一時いっとき「ひゃくめ」となった。

 しかし、それも呼び名としては、言いにくかったようで、「とどめき」から「とどめ」に変わり、  最終的に「トメ」となった。


 いや、だから「こゆき」呼びじゃだめなの?

「トドよりは良いでしょ」

 そう言われた。


 後々、ネット上で『トメ』とは、意地悪なしゅうとめを指すと知り、小雪はげんなりした。

 せめて、息子に嫁が来たら、『オトメさん』と呼ばれるよう、言動を慎もうとも思っていた。

 それなのに……


「ほら小雪! ぼ――っとしてないで、手を動かす!」


 三途の川の畔で、小雪はハッとした。

 川で洗濯をしているうちに、いつしか回想していた。


 ともかくも、小雪は今、三途の川で洗濯をしている。

 川の水は透明ではないが、濁ってもいない。

 そこで白い布地を洗っているのだが、襟あたりに微弱な汚れが残る。


 プロの洗濯屋としては、少々気に入らない。


「すいません、何か洗剤ありませんか?」

 小雪は老女に訊いた。


「洗剤? ああ、ダメダメ。界面活性剤が川を汚しちゃう。霊界環境に優しくないのよ、アレ」


 霊界も、界面活性剤に影響を受けるのか。


「でも、白い着物が真っ白にならないですよ。せめて灰とか、ないでしょうか」


 老女は小首を傾げる。

「ちょっと待ってな。並んでいる男どもに、聞いてくる」


 老女が向かったのは、先ほど着替えさせた亡者たちが、並んでいる場所だった。

 ざっと見ると、だいたい百人くらいいる。男性が七割ほどだ。

 皆、生気のない顔をしている。


 まあ、死んでいる者たちだから、生気がないのは当たり前か。


 老女が戻ってきて、「ほい」と小雪に投げた。

 ライターだった。


「この辺の枯れ草を、適当に燃やしな。灰くらい出来るだろ」

 確かに。


「ところで、あそこで並んでいる人たちは、これから何をするんですか?」


「見てりゃあ分かるよ。面白いよ、いろいろ」


 老女の科白が終わらないうちに、渡し舟が岸に着いた。

 深々と編み笠を被った船頭が叫ぶ。


「よ――し。全員、川に入れ!」


 ノロノロと、亡者たちは川に入って行く。


 すると。


 着物の裾が水にふれた途端、みるみるうちに、着物の色が変わっていく。

 ある者は赤に、ある者は紫に、ある者は真黒に染め上がっていく。


 全員の着物の色が変わった。

「よ――し! 青と緑と紫に変わった者は、この舟に乗れ! それ以外は待て!」


 着物が青や緑、紫色になった亡者は、舟に乗り込んだ。全体の六割くらいだ。

 残った者は、川原に残る。


「あの色の識別は何ですか?」

 小雪が尋ねると、老女は鼻を膨らませる。


「今、舟にのったのは、まあまあな霊界に行く連中さ」

「それじゃあ、残った人は……」


 残った亡者の来ている着物は、血のような赤い色や、闇を思わせる真黒ばかりだ。

 老女は言う。


「推して知るべし!」


 舟はゆっくり、小雪と老女のいる場所を通り過ぎていく。


 いきなり舟から声がした。


「トメ? トメだよね! オトメちゃーん!」


 小雪が声の主を見ると、青く染まった着物の袖から、大きく手を振る一人の女性亡者がいた。

 それは小雪の高校時代の友人。


「邪眼? じゃがんちゃーん!!」


 邪眼……もちろんあだ名である。

 本名は、巌状令子がんじょうれいこ

 高校二年の時に、脳に腫瘍が見つかり、手術を受けた彼女。


「がんじょうなんて、名ばかりよね」

 そう言いながら、令子は額に残った傷を自分で指さした。


「ここにね、『邪眼』が生まれるの」


 入退院を繰り返していた令子のもとに、小雪は令子も好きだった漫画を抱え、しばしば見舞いに行った。すべて、BLだった。


 そうか。

 逝ったのか、邪眼。

 私たちは、もう、そんな年なのか。


「あんた、腐女だったんかい」

 しんみりとした小雪に向かって、老女は言う。

 小雪はギョッとする。

 なんで、そんな単語知ってるんだ、この婆さん。


「大丈夫さ。青い着物になった奴は、結構良い霊界に、行けるから」



【鬼が出た】


 再び洗濯に戻る前に、小雪は川原に生えている、枯れ草を燃やし始めた。

 すると、どこから現れたのか子どもが一人、川原で石を並べている。

 一つ、また一つ、石を積み上げていく。


 辺りは薄ぼんやりとした、夕暮れのようだ。

 舟に乗れず残った者たちも、川原に座りこむ。

 何かのわらべ歌を唄いながら、子どもは石を積み上げる。

 小さな石を集めては、石の上に乗せていく。


 その時である。


 子どもの背丈ほど積まれた石に、金属音が走る。

 子どもが大切に積み上げた石は、ガラガラと崩れた。


 子どもは泣き始める。

 泣き始めた子どもの首を、ひょいと掴む者がいた。


「泣――く――な――!!」


 太くデカい声。

 子どもは「ひいっ」と息を吸い込む。

 小雪も、残された亡者らも、息を呑む。


 そこに、一体、鬼がいた。

 赤黒く焼けた肌に、ギラギラした双眸。

 額の両脇に、牛よりも太い角。

 紛れもなく、鬼である。


「あんまり泣くと、食っちまうぞお!」


 鬼の恫喝は、縮みあがった小雪に、スイッチを入れた。


 彼女の脳裏によみがえる、ある風景。


 あれは、息子の雅史が、小学校の一年か二年の頃だ。


 いつまでたっても帰ってこない雅史を迎えに行ったら、雅史たち小学生が中坊に囲まれていた。

 どうやら遊び場の奪い合いを、しているようだった。


「ここは、ぼくたちの校庭だ!」


 雅史は涙声で、中坊に抗議していた。

 中坊らはにやにや笑いながら、雅史を突き飛ばした。

 その瞬間、小雪は走り出したのだ。


「止めなさ――い!!」


 子どもを川原に投げつけようとした鬼に向かって、小雪は叫んでいた。

 手に持っていた着物で、川原の石を何個か包んで縛る。


 それをぐるぐると大きく振り回して、小雪は鬼に向かって投げつけた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白いあだ名ばかりだね!! なぜこゆきと読まれない……謎だ。 そして鬼ィ!! 積み上げた石を倒すのはともかく幼児虐待!? 賽の河原ってそこまでしたっけ?
[一言] 「トメ」も微妙だけど「じゃがんちゃん」も(笑)。 腐女は三途の川にまで知れ渡っているのですね。 そういえば、同じ企画に投稿された作品に、「腐っている」作品と「腐っているかもしれない」作品が…
[良い点] すっごく面白かった~(笑) 制服企画でそうくるか~! 確かに死に装束も制服?っちゃあ制服?(笑) トメの活躍を引き続き楽しみにしてます!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ