8話 授業を受けたくない理由
サブタイトルを『授業を受けたくない理由』に変更しました。
保健室に行くと、あいつがいた。
ほら、わかるだろう。前に保健室で仮病していたあいつだ。えっと確か……キリ……
「霧谷昭乃ねー。忘れないでよ」
「そうそう、霧谷昭乃」
「そんな忘れやすい名前じゃないと思うんだけどねー。ま、いいけど。それより、なんで君がその子と一緒にいるの?」
霧谷が指をさすのはオレの隣にいる芹花。
芹花は突然呼ばれるとは思ってなかったようで一瞬驚くが、すぐに表情を戻し、問いに答える。
「わたし、侑史くんの彼女なんですよ」
「彼女? へー、すごいね」
「反応薄いね……」
もっと驚くもんかと思ってたわ。
「いや、特に意外ってわけでもないから。なんかこうして二人一緒にいるところを見てると相性良さそうだと思うもの」
「そんなこと言ってきたのはお前が初めてだよ」
そうか……相性良さそうか。
「うん。ま、見え方は人それぞれだからね。あたしはお似合いそうに見えるってだけ」
「一人でもお似合いって言ってくれるのは嬉しい。ありがとうな」
「……ちょっと照れるね。お礼なんて言わなくていいよ。お似合いだと思ったからお似合いだと言っただけだし」
霧谷は髪の毛を弄りながら、オレから視線を逸らす。
そんな仕草を不覚にもかわいいと思ってしまった。彼女の前でこんなことを思うなんてオレはダメな彼氏だな。
「そういえば、なんでお前はここに?また仮病か?」
「失礼な……ま、仮病なんだけど」
仮病なんじゃねぇか。
「なんで仮病なんかしてるんだ? もう、芹花の代わりに仮病する必要はないんだぞ?」
「あれは助けたわけじゃないよ。芹花ちゃんは身代わりになってくれたと思ってるかもしれないけど、あたしは元から仮病で休むつもりだったから」
前に会った時に「とある女子に頼まれてやったことだ」って言ってたじゃねぇか。それも嘘かよ。
「なんでだ? 嫌なことでもあるのか?」
いじめとかなのか? それなら、休みたくもなるな。
「あ、いじめとかじゃないから」
「じゃあ、なんだよ」
「理由は簡単。あたしが学校が嫌いだから」
学校が嫌いだからか。そうか、そういう理由で休むやつもいるよな。盲点だった。
ってそれだけじゃ納得できねぇよ。もっと詳しく言え。
「学校が嫌いな理由を教えてくれるか? 嫌ならいいが」
嫌なら無理に聞き出すつもりはない。話したくないことぐらいあるだろう。
「単純に親に無理やり行かされたから」
「無理やりは嫌だよな。他に行きたい高校があったのか?」
「そういうわけじゃないよ。学校はみんな嫌い」
「みんな嫌いねぇ……その理由は?」
「なんでそんなグイグイくるわけ? あたしに気でもあるわけ? 彼女いるくせに」
くっ……そう取られるか。全然、そんなつもりはなかったんだが。
「違うわ。心配してるだけだよ」
「本当に? 信用ならないんだけど」
「なんでだよ、信用してくれよ。クラスメイトだろ?」
「クラスメイトってだけで信用する理由にはならないね。ま、話してあげるけどさ」
お、何故か話す気になってくれた。
「で?」
「……昔のことを思い出しちゃうんだよ」
「昔のこと?」
「あたしは昔、少しここから離れた場所にある学校にいたんだけどさ。そこに不審者が一人侵入したんだよ」
不審者が侵入? それはとんでもないな。
「詳しく聞かせてくれ」
「その不審者は何故かはわからないけど、あたしたちのクラスに一番にやってきた」
「たまたま近かったから来たのかな」
「多分そう。あたしたちのクラスに特別なものなんて何もなかったからさ」
「なるほど」
「……放課後だったからさ。教室の中には十人ほどしかいなかった。不審者はその十人に向かってこう言ったの」
霧谷はその不審者の声真似をするつもりなのか、軽く発声練習をしてから話し始めた。
『九人は逃がしてやってもいい。だが、一人は犠牲になってもらう。なるべく早く選べよ。あんまり遅くなると気が変わってお前ら全員殺しちゃうかもなぁ』
す、すげぇ……本人を見ていないから似てるとは言えないが、演技力が高いのはわかる。
その不審者というのがどんなやつだったのか、会ったことのないオレでも容易に想像できる。それほど上手い演技だ。
腕に何かを持っているようだったが、あれは刃物かな。刃物を持っているだけで怖さは倍増するよな。
「みんなはね……わたしを犠牲にしたの」
そう、口にする霧谷の瞳は潤んでいた。多分、その時のことを思い出してしまったのだろう。
「……犠牲にされた理由に心当たりはあるか?」
制限時間が設けられているからな。焦りで混乱していたから近くにいた霧谷を選んだという可能性もある。
「あの人たちは普段からあたしのこと、嫌ってたんだと思う。あたしって一部の男子から好意を寄せられてたから」
「なるほどな」
「その証拠に犠牲になってもらう人物を選ぶ時にみんな迷わずにあたしを指さした」
それなら焦りで選んだという可能性はなくなるな。
「私を犠牲者に選んだ人たちの中には親友もいた。辛かった。ずっと信頼していたのに……」
信頼していた親友に裏切られた。その辛さはオレも少しわかる。親友ではないが、前世で旅の途中で出会った友達だと思ってたやつに裏切られたからな。
結局は皆、他人より自分の方が大事なのだ。自らの保身のためなら、平気で人を裏切る。
それに関しては前世から変わらないと思っている。だからオレも初めて会うような人はあまり信用しないのだ。
「……よし、じゃあお前が授業に積極的に参加したくなる方法を考えてやるよ」
「いや、いいよ。別に……」
「お前は元から授業、というか学校が嫌いだったのか?」
「え? そうじゃないけど」
「なら、いいだろ?」
これで嫌がるようなら大人しく引き下がる。本人が嫌がっているのに無理やりにやるのはよくない。
「……わかった、考えて」
よっしゃ。
「ありがとな、考えるよ」
ま、そうは言ったが、こんなことそんなに考えることでもないんだよな。
「……お前さ、勉強は苦手だったか?」
「いや、別に」
「そうか、じゃあ好きなことはあるか?」
「うん? まあ、あるよ」
首を傾げつつも、頷いてくれる。
「その好きなことってのはなんだ?」
「え、手芸とか?」
手芸か……また意外なのが出たな。
でも、都合がいい。まずは教室に足が向かうようにするのだ。
「確か、教室に手芸道具が置いてあっただろ。あれを使うために……」
「却下。手芸は家でもできるから」
はえーよ! 却下するのはえーよ!
まだほとんど言ってないだろうが! せめて最後まで言わせろよ!
ま、まあ、でも、確かに手芸は家でできるな……
仕方ない。別の方法を考えよう。
「……じゃあ、好きな人とかはいるか?」
「特定の人はいない。でも、面白い人は好き。あんたのことももちろん好きだよ」
「それは嬉しいな。じゃあ、オレと話すために教室に来るってのは……」
「ないでしょ。なんであんたと話すためだけにわざわざ教室まで足を運ばなきゃいけないの?」
いや、保健室に行くのだって大分めんどくさいだろが! 教室ぐらい行けやと心の中でキレる。
口に出してしまったら、オレの話を聞かなくなってしまうかもしれないから、口には出さないでおいた。
「……はぁ、でも確かに無理に参加する必要はないんだよな。授業って」
「え?」
「いやさ、もう義務教育は終わったしさ。授業を絶対に受けなきゃいけないってことはもうないんだよ。いるだろ。中卒で働いているやつとか」
「確かに」
「授業に無理に参加する必要はない。お前がどうしても出席したくないならそうすればいい」
自分で言い出しておいてなんだけどな。
「そっか……」
霧谷は考える素振りを見せる。
顎に手を添えて椅子に座っている様子を見ると、あの有名なブロンズ像を思い出す。
「……いいよ、行くよ。授業に。いつまでも過去のことを引きずってるのもダメだよね」
「本当か!」
「うん、なんか馬鹿馬鹿しくなってきたよ。ありがとね、色々と考えてくれて。感謝するよ」
「よかった、じゃあ明日から……」
「いや、明日からは無理。五月までは授業に出席しない」
オレは顎が外れそうになるぐらいの衝撃を味わった。
今、このお方はなんと仰ったのでしょう。オレの矮小な脳みそでは理解できませんでした。
「だーかーら、五月までは出席しないって言ってんの。心の準備ができてないんだよ!」
「それにしても長すぎるだろ!? なんで五月なんだよ。まだ四月始まったばかりだぞ!?」
「わたしの学校生活もまだ始まったばかりだから! 高校はこれから三年間も通うことになるんだよ? 三年間もあることを考えたら一ヶ月なんて全然長くないよ!」
「なげーわ、十分なげーわ。何言ってんだお前は……」
はぁ……もういいや。
「……授業のことはもういい。実はお前に頼みたいことがあるんだ。そちらの話をしよう」
「頼みたいこと?」
「ああ、まずはこれを見てほしい」
ポケットから取り出したのは写真一枚。察しのいいひとはここで気づいたのではないだろうか。
「この写真に心当たりがあるか聞きたいんだ。お前はこの写真の中のものを、どこかで見たことないか?」
面白いと感じたらブックマーク&評価お願いします。たったそれだけで作者は喜びます。