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0話 聖女の死亡、そして......

「はぁ……わたし、死ぬの……かな」


「おいっ……セリカ!! 逝くな!! まだお前にはやりたいことがたくさんあったはずだろ!!」


「ご……めん……それ、ちょっと……無理……かも」


 そう言って、彼女はオレの目の前で静かに息を引き取った。


 彼女の名前はセリカ・デオーサ。聖女だ。享年二十四歳。歳が近いオレが言うのもなんだが、まだまだ若い。こんなにも早く死んでいい奴ではなかった。


 ……とても綺麗な女性だった。旅をしている途中で様々な女性に会ったが、セリカほどの美貌を持つ女性は一人もいなかった。


 多分、これからも見つかることはない。彼女、セリカのことを知ってしまったら他の女性なんか見られなくなる。


 そんな素晴らしい女性だったんだ……セリカは。


 オレはセリカと付き合っていた。セリカが十六歳になったばかりの頃、オレの方から告白したんだ。その時のセリカの返事は今でも鮮明に思い出すことができるよ。


『わたしもあなたのことがずっと好きでした』


 ……また会いたい。セリカはオレの希望だった。セリカがいたから生きてこれた。セリカがいないなら、オレは何のために生きればいいんだ。何をして生きればいいんだ。


「……!」


 何か聞こえる。うるさいな。セリカのことを考えてるんだから、後にしてくれよ。


「……ぃ!」


 わからねぇよ。なんて言ってるんだ。


「おい! ユージ、起きろ!」


 その一言でオレの意識は現実に引き戻される。


 どうやら、セリカの死亡があまりにもショックで意識が飛んでいたようだな。


「申し訳ない。ありがとう」


「いいってことよ。辛いのはオレもわかるしな」


 オレをこちらに引き戻してくれたこいつの名前はアミルカ・コルネ。長い間一緒に旅をした大事な仲間だ。


 こいつもセリカほどではないにしろ、大切な存在だ。いつか立ち直れたらまた一緒に旅がしたいな。


「で、どうする? これからセリカの葬式があるが。死に顔をもう一度見たくないのなら行かなくてもいいと俺は思う」


「……いや、行くよ。ここで行かないと後悔することになると思うから」


 それからオレたちは一心不乱に葬式の場所へと向かった。葬式の場所というのは大きめの教会。聖女であるセリカは以前、『自分のお葬式を行うならここがいい』と言っていた。


 なので、無理やり頼みこんだら使わせてもらえることになった。元々葬式の場所として使われることは多かったらしい。


 セリカはオレ、ユージ・カミーロの彼女であると同時に世界を救った英雄の一人だった。だからこそ、今回の葬式にはそれなりの人が集まることになっている。早くしないと入れなくなるのではないか。急がないとな。


「よし」


 少し時間はかかったが、無事にたどり着くことができた。


 ちょうど葬式が始まるという時に来れたようだ。準備は完璧のようで、オレたちが何か手伝ったりする必要はなかった。


 その後、葬式は特に問題なく執り行われた。結構な人数がいるが、迷惑な参列者などは一人もいない。


 オレやアミルカを含む全員がセリカの死を悲しんでいるのが感じられた。それもそうだ。ここに参列している人はみんな過去にセリカに助けられた人間……もしくはセリカと共に旅をしたオレのような人間だけだ。この場に彼女がなくなったことを笑う人間などはいるはずがないだろう。


 葬式が完全に終わると、後ろからアミルカが駆けてきた。


「どうだ。気持ちの整理はついたか?」


「まだダメだ。なるべく無心でいるように努めたつもりだけど、いざセリカの顔を見ると色々な思い出が脳裏をよぎってさ……我慢してるけど、本当は今も泣きたいんだ」


「……ま、いいさ。時間はまだまだたくさんある。ゆっくり……ゆっくり気持ちに整理をつけていけばいい」


 アミルカはそう言ってオレの肩を叩いて励ましてくれる。ありがたい。本当にいい仲間を持った。


 オレはアミルカに軽く「ありがとう」と伝えると、立ち上がる。少しは気分が楽になった。


「……あれ? どこ行くんだ?」


 唐突に教会の外に出ようとするオレを見て、アミルカがそう尋ねてくる。


 ま、何も言わないのもあれだな。言っておこう。


「ちょっと気分転換に散歩に行くだけだよ……心配すんな」


「いや、やめた方がいいと思うぞ。最近はなんか物騒な噂を聞くし……それに、お前は今や英雄だろ? 暗殺者に突然背後から襲われたりしてもおかしくはない」


「確かに危なそうだな……ま、でもそこら辺を少し歩くだけだから大丈夫だろ。それにこれでもオレは英雄と呼ばれる人間だ。大抵の奴は簡単に返り討ちにできるよ」


「……ま、お前が行きたいんならいいさ。ただ、五分以内に帰ってこれるような場所以外に行くな」


 心配してくれる奴がいるのはいいな。


「わかった、お前の言う通りにするよ。すぐ帰ってくるから待っててくれ。また一緒に旅するって言ったもんな」


「お前まで亡くなったら俺は耐えられない。絶対に帰ってくるんだぞ。待ってるからな」


 ありがたいっちゃありがたいが、少し心配しすぎのように思える。ただの気分転換なんだがな。


 オレは軽く手を振る。もう会えなくなるなんてことはないだろうが……なんか振っておかないと後悔する気がした。


 なんでだろうな。まあ、いい。とにかく行こう。


「……見えなくなったか」


 気になったので、一応チラチラと確認していたのだ。だが、この街は結構柱などといった遮蔽物が多いので、二分間ほど歩いていればすぐに人の姿など見えなくなってしまう。


「……セリカ」


 無心で歩こうと思ったが、無理だった。


 アミルカと話してる時は何とか頭から離れていたが、今は一人だからな。どうしても考えてしまう。


「ついこの前まで、隣で笑ってくれていたのにな」


 オレの隣でクスリと笑うセリカの姿はとても美しかった。誰かが笑っているのを見る度にセリカの笑顔を思い出す。


「歌も上手かったな」


 セリカの歌は心を揺さぶってくれる。どんな時も彼女の歌声を聞けばたちまち気分が上向く。


 今みたいに落ちこんでいても、一瞬で気が晴れていた。まあ、今ほど落ち込むことなんてそうそうないが。


「はぁ……」


 なんでセリカだったのだろう。なんでオレじゃなかったのだろう。死ぬべきはオレだ。


 オレは本っ当にろくな生き方をしてこなかったんだ。今でこそ英雄と呼ばれて持て囃されてはいるが、昔は泥水を啜っているような汚らしい孤児だった。必要とあらば盗みも働いたし、何度も他人を騙したりしてきた。


 生きる価値なんてないのだ。セリカや仲間を守るために生きてきたが、死のうと思ったことは何度もあった。


 ……セリカが死んだ今、なんでわざわざ生きていなきゃいけないんだ?


「ダメだダメだ。なんでそんなことを……アミルカと約束しただろ。また一緒に旅するって」


 恐ろしいことを考えてしまった自分を叱責する。


 このままだと、近いうちに自殺してしまうかもしれない。どうすればいいんだ。


 ……アミルカに相談するか。あいつは本当に頼りになる。何か立ち直るきっかけをくれるかもしれない。


 よし、そうと決まったら戻るか。早く相談だ。


「……っ!?」


 なんだこれ……視界が、点滅している。


 突然のことだったから何が起きたのか全くわからない。どういうことだ。オレの身に何があった!?


 頭も痛いし、気持ちも悪い……吐きそうだ。


 吐くのは辛うじて耐えられたが、まともに立つことができず、顔面から床に思い切り倒れてしまう。


「ガハッ……」


 口から血が噴き出る。痛い……辛い……


 これは多分毒だ。誰かに毒の矢か何かを放たれたな。考えごとをしていたから気づけなかったのだろう。


 誰なのか確認したかったが、後ろを振り向くだけの力がもう残っていない。


 ここで終わりか……案外あっけないもんなんだな。


 死にたいとは思ったが、こんな死に方は……さすがに嫌だなぁ。せめて、みんなに見守られて死にたかった。


 もう、無理だろうけどさ。


 自分で言うのもなんだが、世界を救った英雄が痛みすら感じないちっさい毒矢なんかで命を落とすとは……


 なんかなぁ……実に。


「だっ……せぇ……」


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