魔物学者は、魔物使いの少女に言われて、初めての知見を得る。
空間ごと、くっついてきた胞子を焼いた後。
ルアドはエンリィと共に、予備の服を身につけて、パチパチと音を立てる焚き火に当たっていた。
いくらこちらが細身とはいえ、男の体格に合わせた服は彼女には大きいようで、ダボっとした裾で膝まで隠し、袖からちょこんと指先を出している。
「……ねぇ。一つ、聞きたいことがあるんだけど」
「何でもどうぞ」
まだ少し顔が赤い彼女が、クーちゃんを抱きしめて怒ったような口調で問いかけてくるのに、ルアドは笑顔で答える。
「その、何で私を助手に選んだの?」
「魔物使いの素質があるから」
「……それだけ?」
クーちゃんに口元を埋め、上目遣いに問いかけてくるエンリィに、河原大きめの石に腰かけたルアドは、足と腕を組んで、こめかみの辺りをトントン、と叩いた。
ーーーどんな答えを、期待しているんだろう?
そんな風に思いつつ、彼女に問いを返す。
「それだけ、だと言ったら不満かい?」
「……そうね」
「では、どんな答えなら君は満足するだろう?」
ルアドは、別に意地悪をしているわけではない。
ただ本当に、エンリィが何を考え、何を望んでいるのかを知りたかっただけだ。
「私以外でも、例えば魔物使いの素質がある子がいて」
「うん」
「どっちを選ぶか、と言われても、どっちでも良い?」
ーーーなるほど。
ルアドは、彼女の問いかけの意味を理解した。
魔物使いである、というのは、あくまでも彼女の才能に関する話だ。
それが理由であれば、確かに誰でも良い事になる。
なのでルアドは、仮定の話に具体例を加えることにした。
「例えば、君と副団長がどちらも魔物使いの素質を持っていたとして」
「うん」
「ボクは間違いなく、君を選ぶだろうね」
「それは、好き嫌いで、私のほうが好き、って意味で?」
「それもある。ではなぜ、ボクが君の方が好ましいと思うか、という話になるわけだけど」
トン、とルアドはこめかみを叩くのをやめると、上半身を前に乗り出して、解いた腕を両膝の上に置き、答えた。
「ーーーそれは君が〝命〟を粗末にしない人だから、だよ」
その答えに、エンリィは目を何度かまたたいた。
「どういう事?」
「ボクは君に言ったね。人も魔物も、自然の一部だと」
「……そうね」
「では、その自然の中で、最も重要なことは何だと思う?」
「命を、大切にする、こと?」
近いが、少し違う、とルアドは答えた。
「個としての自分を考えた時に、それは正しいだろう。だが自然の中において重要なのは、さっき言った通り、粗末にしないこと、なのさ」
命は、賭けるべき時に賭けるものだ。
今のエンリィのように。
それを考えもせず、命を安く賭けるような者に、ルアドが掛けてやるべき慈悲などないのである。
しかしエンリィは、ルアドの答えに疑問を抱いた顔で問いかけてくる。
「……よく、意味が分からないわ。命を大切にすることと、命を粗末にしないことは、違うの?」
「些細だけど、大きな違いさ。例えば、塩害によって、滅びかけている君の村が、自然界における『群れ』だ。そして、それを助けたいと思う君が『個』だね」
村のある方角と、彼女を同じ指で指し示したルアドは、モノクルを軽く上げる。
「その群れ、つまりは村のために君が危険を犯すのは、個としての『命の大切さ』に反する行為だろう?」
違うかい? と首を傾げて問いかけると、彼女は目線を焚き火の炎に落として、少しの間思考する。
「言う通りだと、思うわ」
「なら君は、自分の命を危険から守るために、村を救うためにマタンゴの元へ赴くのを、やめたかい?」
「やめなかったわね」
「なぜ?」
「村の皆が好きだからよ」
エンリィが、目を上げてキッパリと即答する。
それに対して、ルアドはうなずきながらも、淡々と問い返した。
「群れを大切にするのは素晴らしいことだ。だが君は、魔物使いとしてクーちゃんを得た。そしてクーちゃんが疎まれる現状を厭うていたはずだ。それは、村の人々が好きだという気持ちと反しないのかい?」
「どうして? 私は、村の皆が好きだし、クーちゃんも好きよ。だから、仲良くして欲しいだけ。クーちゃんのことと、村を守るために頑張ることは、全然関係ないわよ」
唇を尖らせるエンリィは、さらに言葉を重ねる。
「さっきから、何なの? 私と副団長、どっちを選ぶかっていう質問の答えになってないじゃない!」
「なっているよ。人も魔物も自然の一部で、群れのためなら危険を犯す君に、ボクは好意を抱いているんだ」
それはまぎれもなく、ルアドが彼女に提示した答えである。
「副団長は、違う。自分の勝手な気持ちのために、群れを危険に晒したんだ。それは、従う者がいる【ボス】にあるまじき行為で、だからボクは、君に言われなければ彼を助けるつもりがなかった」
自然の中では、自らの群れを危険に晒す者に、群れを導く資格はない。
そしてそんな者に従う群れも、同様に滅んでも仕方がないのだ。
「冷たいと思うかい? でもボクは、命を粗末にする奴に掛けてやる時間なんて、持ち合わせてないんだよ」
ルアドは、彼女に本心を伝える。
「ボクはその時間を、懸命に生きようとするモノのために……あるいは、群れを生かそうとするモノを見たり、あるいは手助けする為に、使いたいんだ」
君みたいな人のためにね、と告げると、エンリィは眉根を寄せて難しい顔をした後に、ゆっくりと口を開く。
「だから命を粗末にしない、人が、好きなの?」
「そうだよ」
「村のために頑張ったり、素直に助けを求めたりする人が、好きなのよね」
「そうだよ」
「だから私も助けてくれたし、私が頼んだから村を助けてくれるし……魔物でも、自分や群れのために助けを求めれば、助けるってことなのね?」
「求められればね」
そんなルアドの答えに、エンリィは呆れた顔をした。
「私、あなたのことを誤解してたわ」
「どういう事?」
「変人で、回りくどい喋り方するし……ふ、服をいきなり脱がそうとしたり、するけど」
「ひどい言われようだけど、まぁいいや。それで、君はボクを、どう思ったの?」
誤解をしていたということは、何か印象が変わったのだろう。
そう思っていると。
「あなたは冷たい変人なんじゃなくて」
続いて告げられたのは、意外な言葉だった。
「一生懸命な相手だと誰でも助けちゃう、お人好しなのね。ーーーそれも、とびっきりの」
そう言われて、ルアドは目をパチクリさせる。
そして、エンリィの反応があまりにも新鮮で、楽しくて、思わず笑みを浮かべた。
「何笑ってるの?」
「いや、その評価は、生まれて初めて受けたなぁと思って。……そうか。ボクはお人好しだったのか」
それはルアドにとって、新たな知見だった。