魔物使いの少女は、魔物学者の異質さを目の当たりにするようです。
「ボクはね、スライムを〝箱推し〟してるんだよ」
「何、ハコオシって?」
土地を再生させるために必要な魔物がいる、ということで。
エンリィは、ルアドと共に『魔の領域』と呼ばれる土地を訪れていた。
〝瘴気〟が濃い土地を中心に、危険な魔物の生息域となっているその場所は、村の中でも近づいてはいけない場所とされている。
だが、そろそろ入る、ということで緊張しているエンリィとは対照的に、ルアドは特に気負った様子もなく、あはは、と笑った。
「箱推しっていうのは、まぁ、要は種族ごと大好きってことだねー」
モノクルを掛けた人の良さそうで線が細い顔と肉体、そして黒い白衣を身に纏った彼は、基本的に笑顔を浮かべている。
「君の話に乗る気になったのも、スライムが悪い存在にされてるのがちょっと許せなくてさー」
「引き受けてくれたの、そんな理由だったの!?」
「後はまぁ、君が助けを求めたからっていうのも理由かなー?」
「それはそうだけど。え、じゃ、助けを求められなかったら助けなかったってこと!?」
「かもしれないねー。他にどんな理由が考えられるの?」
「ぜ、善意、とか……?」
エンリィが言うと、薄々変わり者だと気づいていた魔物学者は、青い目をパチクリさせた。
「あはは。ボクは、人間にはあんまり興味ないからねー。魔物より生き方が不自由だし、生態もよく知ってるしさ」
あっさりとしたその答えに、エンリィは少し違和感を覚えた。
「まぁでも、君だから助けた、っていうのは、あるかな? 魔物使いはあんまり見たことないし、一緒にいたこともないしねー」
ルアドは、決して悪い人ではない、と思う。
でも、時折こうした違和感を感じるのだ。
「あ、ボクのこと、また変な奴だと思ったでしょー」
そう言われて、少し心臓が跳ねた。
彼は、人の内心などに聡いようで、こうして先回りしたことを結構言う。
ーーーでも、なんだか。
それはよく気がつく、と言うよりも、まるでそう。
こちらを、観察している、ような、感じで。
「とりあえず、準備しようかなー。そろそろ近づいて来たしね」
言いながら、彼は適当に拾った木の枝で、地面に何やら文様を書いた。
魔法陣、と言うらしい『それ』の中に指示されて一緒に入ると、ルアドがよく分からない言葉を口にして、体を薄く淡い光が包み込む。
「これ、何?」
「耐性の魔法だねー。今から採取する魔物は、ちょっと危ないんだよねー。対策してないと、気づかない内に寄生されちゃうからさー」
「寄生……え!?」
「それが、塩害の土地に有効な特性を持つ魔物なんだよねー。マタンゴって言うんだけどさ」
ーーー【マタンゴ】。
それはキノコ型の魔物で、エンリィはよく分からないが、胞子と呼ばれるモノが集合した魔物なのだと言う。
「塩害の土地に、そもそも植物は存在出来ないんだけど、このマタンゴだけは、多分繁殖する。塩を体内に取り込む性質があるんだよねー」
「で、でも危ない魔物なんでしょ!?」
「ちゃんと対策してれば大丈夫だよー。煮込んだりすると食べれるしね」
「食べたことがあるの!?」
「塩に埋めると育成が早くてさー。ちょっと多めに採って食べてみる?」
ルアドの提案に、エンリィは慌てて首を横に振った。
「絶対嫌よ!? だって寄生するんでしょ!?」
「さすがに煮込んだらしないよー」
あはは、とルアドは笑うが、どう考えてもそんな魔物を食べようとするのは、頭がおかしい。
しかし流石に、そこまでは口に出せなかった。
その間に、ルアドはさっさと歩き出しながら話を進めていく。
「他にも繁殖の速さは、養分となる朽木の渇き具合でも変わるし、肉……生きてる動物や、動物の死骸なんかに寄生すると、もっと顕著だねー」
「そ、それにも何か理由があるの?」
エンリィが慌ててついて行きながら尋ねると、彼は生き生きと話し出した。
「マタンゴの特性は『変異繁殖』って言ってねー、植物と動物の中間みたいな存在だし、少し変わってるんだ。一番大切なことは『渇き』を好むってことかな」
塩を撒いた土地は、乾いている。
通常、キノコは湿り気を好むのだが、この魔物は違うのだという。
「乾いた土地のほうが、胞子がよく舞うからだと思うんだけどねー。陽光に晒された乾いた場所、砂漠なんかを好むし、なぜかその胞子が集合した土地は、湿地帯に変わるんだ」
理由はまだ解明されていないが、そういうモノなのだという。
そうすると、餌にした動物の骨や残った肉について繁殖した胞子が、筋肉や筋のように変化し、渇きを求めて動き出すのだという。
「多分湿地帯になるのは、集まった水分を嫌って排出してるんだと思うけどねー。というわけで、山を支える木の代わりになったりもするんだ」
そんな話を聞くうちに、徐々に景色に黄色い靄が舞い始める。
「このあたりから、マタンゴの生息域だねー。魔法があるから大丈夫だと思うけど、口布を巻こうかー」
ルアドの言葉に大人しく従うと、徐々にぬかるみに近くなってきた草原の土の上に、何かが立って呻き声のようなものを立てているのが見えて来る。
それは、『水……水……』と言っているように聞こえた。
「……あれ?」
「ひっ……!」
立っているそれは、人だった。
それも何人もいて……全身が、黄色いキノコに覆われかけている。
動けないようで、顔がなんだか皺々になりかけているのは……。
「あー、苗床にするために、水分を抜かれ始めてるのかー。ちゃんとした知識もないのに、ウロウロしたんだろうねー」
「お、襲われて……!?」
「そりゃ、ナワバリに獲物が入ったら襲うよー。当たり前じゃない?」
動揺することもなく、ポリポリとこめかみを掻いたルアドは、その中の一人に目を向けて、声をかけた。
「もしかして、団長に見捨てられたのかな? ーーー副団長」