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魔物学者、村長と魔害調査の交渉をする。


 村に着き、エンリィが事情を説明すると。


 ルアドはしばらく待たされてから村の集会場に通され、椅子を勧められて腰掛けた。

 何人かの男たちがその場に揃っており、エンリィも同席している。


「魔物学者の方、ですか」


 老齢ながら屈強な体格の村長が、ジロリと疑わしそうな目でこちらを見る。

 どこか疲れたように見えるのは、スライムの魔害とやらのせいなのか、ルアドには判断がつかなかった。


「そのような方が、どのようなご用件で、この村に?」

「実は、少し先にある魔の領域で……」


 と、ルアドは自分の事情を明かす。


「……ということで、食料と水を分けていただければと思いまして。もちろん対価はお支払いいたします」

「その位でしたら、お分けしましょう。ですが、うちの村もあまり余裕はないので、多くは無理です」

「出来る範囲で大丈夫です。ご好意に感謝します。……その礼、と言ってはなんですが」


 ルアドは、ニッコリと村長に告げる。


「余裕がないのは、スライムの魔害に遭ったせいでしょうか?」


 すると、周りの人々の態度が硬化する。

 村長も厳しく眉根を寄せた。


「お客人には、関係のない話かと思いますが」

「もちろん。ですがボクは魔物学者ですから、少しはお力になれるかと思いまして。……ボクが知る限り、スライムが土地を殺すことはないはずです。そこが不可思議でしてね」


 そういう事例があるのなら調査したい。

 別の事情があるのなら、スライムにとって不名誉な話なので、正さなければならなかった。


 村長は、ルアドの言葉に興味が湧いたようだった。


「……土地が枯れているのは、魔害のせいではない、と?」

「もしそうであれば、なぜスライムが今はいないのでしょう?」


 ルアドは、彼らから話し出すよりも自分の考えを先に披露するほうが早いかと思い、トントン、とこめかみの辺りを指で叩きながら、言葉を重ねる。


「推測になりますが、おそらくそちらが認識する魔害の内容は、スライムの大量発生ですよね?」


 ーーー【スライム】。


 通常は球体に近い粘体であり、不定形になって這うように動く、おそらくは雑食性の魔物だ。

 おそらく、なのは、彼らは『興奮すると肉をも溶かす』溶解の特性を持つが、実は草どころか土を食うだけでも生きられる、青い半透明の生物だからである。


 そして、この魔物には、あまり知られていない隠れた能力があった。


「スライムは、元来、土地を『肥やす』魔物です。確かに危険で、駆除には焼く・潰すといった手のかかる方法を取らなければならないため、大量に発生すると厄介ではありますが……」


 駆除した後の土地は、むしろ多くの実りを与えるのである。


「魔物が、土地を肥やす……?」

「魔物、というものを、村長は少し誤解しておられるようです。彼らは『魔力を扱い、その力で存在を維持するモノ』であり、決して邪悪な存在というわけではないのですよ」


 ホラフキ貝が、鈍重な身で獲物を誘き寄せるために、ホラを吹くように。

 トノオイ飛蝗(バッタ)が、その巨大な体を維持するために、外骨格を強化しているように。

 クイグルミが、自衛と餌の確保のために、魔導空間を体内に作り出しているように。


 魔物は、動物と呼ばれるモノたちとは異なり……単に『魔法』を使うように進化を遂げただけの、生物なのである。


「魔物や魔獣と、【魔族】の間には、大きな違いがあります。土地を枯らしたり、世界を蝕むのは後者が身に纏う〝瘴気(しょうき)〟です」


 ホラフキ貝などは、むしろ清浄な水に住む。

 瘴気に依る存在であるならば、生息地の水は濁るはずだ。


「エンリィが手懐けているこのクーちゃんも、人が近づけば、臆病に逃げる。弱い魔物は、特性を自己の身を守るものへと進化させています」


 スライムも同様なのだ。

 厄介ではあるが、決して強い魔物ではないし、凶暴でもない。


「土地を枯らす魔害を、スライムは起こさない。であれば、他に原因があるはずなのです」


 ルアドは目を細めて、再びこめかみを、当てた指でトントン、と叩いた。



「例えばそうーーー駆除を依頼した冒険者が、塩を撒いた、とかね」

 


 そう切り込むと、村長は大きく目を見開いた。


「塩……!」

「ええ。スライムは大地を肥やす力を持つ、地属性に分類される魔物です。そして塩に弱い。水に近い軟体であることがその理由とされていますが……私は、〝塩が土地を枯らすから塩に弱い〟のだと、仮説を立てています」


 塩は、塩害とも呼ばれるほど強烈な、除草の効果を持つ。


 塩は生きるのに必要なものではあるが、過ぎれば生き物にも毒となる調味料だ。

 土地に与える効果は強烈で、塩が大量に撒かれた土地は、その先何年も草が生えず、土を晒し続けるものなのだ。


「大地の実りが失せたのは、魔物の仕業ではなかったのか……!! あやつら……!!」

「依頼を受けた側からしてみれば、スライムを駆除してあなた方が支払う金さえ貰えれば、それでいいですからね。火を使ったり地道に槌で叩いていくより、よほど手っ取り早いでしょう」


 机に拳を叩きつける村長に、ルアドは薄い笑みを浮かべて応じた。


「ボクはそれを調べたいんです。もし、塩のせいで土地が枯れているのなら……一つ、試してみたいことがあります」

「試す、とは?」

「彼女は、クイグルミの力を利用して、隣街への買い付けと輸送をしている、と先ほど聞きました」

「わ、私!?」


 村長の剣幕に肩を縮めていたエンリィが、唐突に話を振られたからか、ビクッと声を上げる。


「そう、キミだよ。魔物をそんな風に使うのを、ボクは初めて見た。そして試してみたくなったんです」


 ニッコリと笑ったルアドは、腕組みを解いてパン、と軽く両手を打ち合わせる。


「魔物の生態や特性を利用して、もしかしたら土地を再生出来るかもしれない……どうです、村長。ボクに任せてみてはくれませんか?」


 新たな知見を得たら、証明してみたくなるのが、研究者の人情というものである。


「もちろん、お金は必要ありません。代わりにしばらく、村に滞在させてくれませんか?」


 ルアドの言葉に、村長は村人たちと顔を見合わせる。

 そして、ボソボソと少し離れたところで相談した後に、並んで頭を下げてきた。


「お任せして、大地の実りが戻るのなら……ぜひ、お願いしたい」

「決まりですね。ああ、助手にエンリィをつけてもらえませんか? 彼女は魔物使いの適性があるようなので、彼女にもボクは興味があるんです」


 

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