魔物学者、少女に魔物使いの素質があると知って興奮する。
「君の名前は?」
ルアドが尋ねると、少女は胸に相変わらず袋を両手で抱えたまま答えた。
「エンリィよ。ていうか、魔物学者って、何?」
「あれ、ご存じない? 簡単に言うと、魔物を研究してその生態を知ろうとする者のことだよ」
「……そんなことして、何の意味があるの?」
「いい質問だね!」
ピッと指を立てたルアドは、その指を後ろに向ける。
「例えば、さっきのトノオイ飛蝗がどうやって動くかを知っているのも、研究の成果だ。魔物の生態を知るということは、身を守ったりするのに役に立つ」
「へー」
「あるいは、無駄に争わないためにも相手のことを知るのは重要だね。……あんまり好きではないけど、駆除したりする役にも立つよ」
ルアドの言葉に、エンリィは両手に軽く力を込める。
すると、彼女の抱えた袋が、ピクリと動いたような気がした。
「……あなたは、魔物を退治する人なの?」
「その手に抱えた袋は、もしかしてクイグルミかい?」
推察したことを述べると、彼女はバッと顔を上げた。
「こ、この子は悪い子じゃないわよ!?」
彼女の反応に、ルアドは大体の事情を理解した。
そしてテンションが上がる。
「なるほど。君は『魔物使い』の素質があるんだね。……いい才能だ!」
「え?」
「魔物と心を通わす特別な力を持っているんだろう? 素晴らしいじゃない! ボクはそういう才能が欲しかった!」
魔物と心を通わせることが出来るなら、その生態を解明するのも楽になる。
何より、仲良くなってしまえば、彼らに余計なストレスを与えずに観察することも出来るのだ。
しかしそんなルアドの反応に、エンリィは戸惑ったようだった。
先ほどまでとは違い、どこか不安げな表情を見せて、おずおずと尋ねてくる。
「あなたはこの子を、退治……しようとしないの?」
「何で?」
魔物は、自然の一部だ。
ルアドは、人とは異なる論理で動いている、彼らの生き方を見るのが好きなのである。
だから、彼らが人の縄張りに入って来たのを対処したり、生きる糧とすることは個人的には好ましくない。
しかし同様に、自然の一部として受け入れるべきことだとも理解している。
人間もまた、自然の一部だからだ。
「魔物が人里に現れて、何か害があれば退治するのは仕方がないね。でも、その子は悪さをするわけじゃないんだろう?」
モノクルを押し上げて微笑んだルアドの言葉に、なぜかエンリィは絶句した。
「魔物が人に悪さをするのは、縄張りを犯すからだ。あるいは、移動の道中に人里があったりとかね。でもそれは、生きている以上、仕方がないと思わない?」
「……そんな風に言う人に、初めて会ったわ……」
「あはは。ボクも共感してくれる人には、あんまり会ったことないなー。その子、良ければ少し見せてくれない?」
そう問いかけると、彼女は躊躇いつつも、手の中の古ぼけた袋に見える魔物に声をかける。
「クーちゃん?」
『!』
袋は、プルプルと震えるとエンリィの腕から飛び出して、息を吹き込んだ時のように、ポン! と膨らんだ。
そうなると、ただの古ぼけた袋のようだったそれは、まるで瓢箪のような二頭身の、茶色いクマのぬいぐるみのように変化する。
ボタンのような目と鼻に、糸で×印を縫ったような口がある。
さらに、頭には耳の代わりに、袋口を紐で絞ったような形のヒラヒラがあった。
「まだ幼体だね。大きくなるのが楽しみだなぁ」
ーーー【クイグルミ】。
雑食性で、袋への擬態を得意とする魔物だ。
「あなた、研究してるって言ってたけど、この子が怖くないの?」
「強さ的な意味での危険度は、ホラフキ貝や単体のトノオイ飛蝗よりも下、最低のFランクだしね。それにこの子の特性である《丸呑み》は、本質的には害のある特性じゃない」
クイグルミには二つ目の口……頭の袋口があり、体内に見た目以上の体積を納めることが出来る。
おそらくその正体は『魔導空間』と呼ばれる、魔力によって形成することが可能な亜空間だ。
そこに、好んだものや木の実、他にも襲ってきたものを収める習性を持つのである。
「袋だと勘違いして子どもが呑まれることがあったり、成体の【オオクイグルミ】になると大人でも飲み込まれることがあるから、人里では歓迎されないけどさ」
中で餓死でもしない限りは、呑まれても問題がない。
他のものを飲み込もうとした時に外に出ることも出来るし、勝手に吐き出してくれることもあるのだ。
「ボク、この子の姿は、人の住む領域が生息域に近いことから、こんな形に進化を遂げただけだと思ってるんだよねー」
ルアドは、楽しくなってうんちく語りを始めた。
「本来は、木の肌や土との同化のために備わっていた特性なんじゃないかな、と睨んでるんだけどね」
「そうなの!?」
「うん。この子たちの住む領域って、森の浅い場所でしょ? 人間の生息域……街や村を作る辺りに住んでたせいで、狩られることが多かったんじゃないかな」
あまり強くないことから察するに、この擬態は狩るためのものではなく、身を守るためのもののはずなのだ。
「だから、別に怖くないし、狩らないよ。君に懐いてるみたいだし」
ルアドは手を伸ばして撫でようとしたが、ぴゅーっと逃げられた。
エンリィの足の後ろに隠れたクーを、彼女はまた抱き上げる。
「やっぱ怯えられちゃうかー」
「私以外に、懐かないから……でも、なんだか、貴方の言葉を聞いて嬉しい!」
「どうして?」
「今日、隣街に買い出しに行ったの。その、この子の力で、荷物を持ってることを悟られずにいっぱい運べるから……」
魔導空間に収納したものは、なぜか重さを感じなくなるし、見た目からどれだけ呑んでいるのかは分からない。
「へぇ、凄いね! 魔物の力をそんな風に利用出来るんだ!」
ルアドは感心したが、エンリィの表情は晴れない。
「うん……でも、皆、重たいものを運んだりする時に、この子の力で助けて貰ってたりするのに、認めてくれなくて……」
魔物だから。
そういう理由だけで迫害されているのに、彼女は納得がいかないようだった。
しかしすぐに顔を上げて笑顔を浮かべると、こちらを翠の瞳でジッと見つめてくる。
「だから、あなたにそんな風に言ってもらえるの、凄く嬉しい! 変な人で、変な服着てるけど、学者さんなのよね?」
「そうだよー。でも、その変っていうの、言う必要あるかなぁ?」
個人的には、この黒い白衣は気に入っているのだが。
首を傾げていると、村の柵の前についた。
門まではもうすぐで、見張りの誰かがいるのが見える。
「ねぇ、学者さん。……あなた、魔物に詳しいのよね?」
「うん。それがどうしたの?」
「あの、村に行ったら、私が紹介するから……一緒に、考えて欲しいの。きっとそうすることが、この子のためにもなるから……」
「何を考えたらいいの?」
エンリィは、周りの景色を見回して、こう答えた。
「スライムの魔害で、死んだ土地になっちゃった、ここを、元に戻す方法をーーー」
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