9.小悪魔が降臨した日
俺は菓子パン恐怖症期間を終了して、昼は学食では無くいつもの通りにコンビニパンを大量に食していた。ゆかりなさんは女子友たちと学食だ。そして俺の周りにも多少は変化が出来ていた。
正直言って、ゆかりなさんとだけ話が出来ればいいと思っていたのに、男の友達が出来てしまったのだ。
ゆかりなさんは笑顔で褒めてたが、喜びませんよ?
「ぼっち卒業おめでと! やっぱ、高久くんも友達と遊ぶべきだよ」
「で、でも、ゆかりなさんと一緒に帰りたい。いや、見守る義務がありまして」
「気にすんなよ! わたしも、まりかたちと遊んで色気でも磨くよ」
「い、色気でございますか?」
「だから、キミも色気を出せるようにイケメン男子な友達と遊ぶべきだよ」
何でイケメン限定なのか意味が不明ですよ? イケメン率がなまじ高いからそれは可能なんですが。ゆかりなさんの傍にいられる率が下がるのは正直悲しい。
昼休みにパンを一人で食べるのが当たり前だった俺が、いつの間にかパン野郎だけで食べるようになっていた。会話の中心はもちろん俺ではなく、ゆかりなさんについての質問攻めばかりだ。
教室でパンをもそもそ食べていた至福の時間を返してくれ。パン仲間として声をかけて来たのはサトルって奴と、チヒロって奴だったわけだが……何故にゆかりなさんを気にしているのかね?
「葛城とゆかりなさん、ね。どんな感じで仲良し?」
「ゆかりなさんとは良好だぞ。チヒロだっけか? 仲良し希望か?」
「そう、だね。仲良しになりたいね」
「お、いいじゃん! 俺にも紹介頼むわ、マジで! 花城いいよな、やっぱ」
「いいのはいいぞ。しかしサトルに紹介する意味が分からん」
くだらなくてどうでもいい話をパン仲間としていた。昼はいつもパンだったことで仲良くなれた。俺や他の野郎は教室にそのまま残ることが多くて、ゆかりなさんや他の女子たちは学食に行くことが当たり前なので、昼の教室で彼女と一緒になることはなかっただけに、彼女の話ばかりしていた。
だけどこの日に限って、パン野郎たちが授業終わりのチャイムが鳴っても教室で昼寝しているゆかりなさんを発見し、物珍しそうに眺めていた俺たちである。
「あれって、ずっと寝てたんじゃねえの? 起こさねえの? 彼氏だろ、お前」
「いや、怖いし」
「……なるほどね。葛城があの子の彼氏なんだ」
その前に一応、兄なんです。なんて言えない。
「あー、分かった! 俺らいると恥ずかしいんだろ? キスで起こすとかやってそうだもんな、お前」
「無理でございます」
「てか、起こしてやれよ。俺ら、学食行くし。たまには一緒に食べればよくね?」
「そうだね、行こうかサトル」
「お、おおお……わ、分かった」
何故か大いなる誤解を抱かれているようだった。それでも、確かに滅多にないチャンスを頂いた気がします。後でしばかれても構わない。それでも起こしてあげるのも親心だろう。
近付いてみると、スヤスヤと可愛い寝顔を見せておいでだった。黙っていなくても可愛いけど、寝顔は格段に可愛いではないか! どうやって起こすべきなんだ?
「し、失礼致します。妹であるゆかりなさんの頬をツンツンさせていただきますよ? しますよ?」
二回も念押しして、俺は死を覚悟でゆかりなさんの頬をツンツンした。それでも全く起きてくれない。妹は俺に成長を望んでいるみたいだった。しかし妹は残念ながらあらゆる部分が成長していないようで、どこも変わっていないように見えた。
頬ツンだけでは確かめられない! そう思って、頭にも手を置くという無謀なチャレンジをしようと、頬から頭に手を動かそうとした時だった。
「うふふっ、くすぐったい」
「ひ、ひぃっ!?」
「あっれー? やめちゃうんだ? 撫でて欲しかったのに」
「あのーもしかしなくても寝たふりをされていらっしゃった?」
「どうかな? でも、撫でて欲しかったなぁ……残念だなぁ」
こ、ここ……小悪魔。くそう、可愛すぎるじゃないか。というか、危機一髪だったな。まさか目覚めていたとは。よし、学習した。ゆかりなさんは寝てなどいなかった! つまり、油断できない妹であると。
そのまま午後の体育の時間が訪れたものの、フラストレーションが溜まりにたまって、タオルに八つ当たりを実行しまくってしまった。
「あー! うああああ!!」
「おぉ!? 高久がキレてる? いや、反抗期か? 自分のタオルに八つ当たりはやめとけ」
「うぅっ……思いきり撫でたかった。俺はどうして怖れをなしてしまったんだー!」
「ん? ネコの話か? よく分からんけど、チヒロと先に体育館行っとくぞ。お前も早く来いよー」
「撫でる……? やっぱり彼氏なのかな」
昼の教室で俺とゆかりなさんだけになることなんて滅多になかったというのに、その上彼女の小悪魔っぷりを、どうしてもっと堪能しておかなかったのだ。
そこが俺の残念すぎる所だ。それに気付かせてくれたのは小悪魔……いや、ゆかりなさんからのがっかりボイスによるものだった。
「あーあ……その辺で諦めてしまうのが、高久くんの残念な部分なんだよね。わたしはがっかりしているんだぞ? もっと触れてくれててもぶたなかったし、キレることもなかったのに。まだまだだね。わたしをもっと、ときめかせてくれないと他のイケメンを見てしまうかも? じゃ、わたし学食に行くからまたね」
「あ、はい……すみません」
他のイケメンを見てしまうかも、ん? 俺もイケメン認定されてますか? いや、それはポジティブ思考過ぎるというモノだろう。今のところは、妹の立場として俺の目まぐるしい成長過程を、生温かく見守っておられる状況のはず。
だが油断していると、確かに他のイケメンに近付いて小悪魔っぷりを発揮してしまうに違いない。
「おっせー! いつまで妄想してたん? ん? 俺の顔に何か付いてる?」
「チヒロもサトルも普通のイケメンだな」
「お、おぉ……ありがとう?」
「イケメンでも上手く行かないけどね……」
少なくともパン仲間のイケメンたちは敵ではなさそうだ。だとすると同じクラスには俺の敵となるイケメンはいないようだ。
「おい、高久。あいつ、やばくね?」
「何が?」
「ジャンプサーブだよ。あいつ、隣のクラスの梓って奴。アレはモテそうだ」
「あずさ? 女みたいな名前だな。し、しかし確かにやばいぞ! あんなに人は飛べるものなんだな。くっ……恐るべし」
「いやいや、それちげー。身長の高さなら高久の勝ちだな。だけど、運動神経は泣きたくなるくらい残念な奴だ。だから、梓に取られても泣くなよ?」
「とられるわけないだろ? って、何を?」
「梓のことを夢中で見ている女子たちのことな」
スポーツ神経がまるで駄目な俺と、勉強が俺よりは出来なかったゆかりなさん。彼女と俺はそういう意味でバランスが取れていたはず。それなのに、スポーツが究極級の新イケメン梓はどうしろというのかね?
パン仲間の奴が指をさした女子たちの中には、ゆかりなさんの姿もあった。




