66.奴が敵と化した日から
「こ、これはさすがにまずいのでは?」
「何故? 家の中で期末対策。これは普通」
「葛城君は女子二人を家の中に入れて何を期待しているんですか? もしかして襲うんですか?」
くっ……何故にゆかりなさんはそういうキャラになったんだ? 真の姿かもしれないけど、やりづらいぞ。もっとこう、いつものように俺をののしって……はっ!? ち、違う。Mじゃない……Mじゃないぞ。
「襲わない。真面目に勉強する。私語厳禁だ。それでいいんだろ? ゆかりな」
「当然ね」
「……襲ってもいい。私が許す」
「いやいやいやいや、誰も襲いませんって!」
俺の対人(主に女子)スキルでは、とてもじゃないけど対応出来ないことが起きている。これはもう真面目にコツコツと音を立てて、勉強モードに入るしかない。
そうじゃないと俺の何かが限界突破だ。
「ねえ、部屋に忘れ物。行っていい?」
「あぁ、いいよ」
「ありがと」
言ってから気付いてしまったが、実は椎奈は俺とゆかりなが兄妹関係にあったことを知らない女子だ。これは何かが起こる気がしてならない。無表情のようでそうではない椎奈。どうするべきか。
「彼氏君。ここは宿屋?」
「へ? ここは俺の家……のような宿屋ですよ。よくワカッタネ」
「なぜ、ゆかりんの部屋があるのかなと思った。それも慣れた感じだから長期滞在?」
「い、いえすいえす!」
「本当に……?」
「イエス、イエ――(やばい、眼が鋭すぎる)」
しかもこの態勢は、ゆかりなさんから見れば椎奈が俺に襲い掛かっているように見えるのでは?
「――おい」
「ヒッ!?」
「ちょっと来い! 早くしろ! バカ久」
「い、行きます逝きます!」
……やってしまった。よりにもよって俺の家、しかも本拠地で目撃されるとか。それも何も起きてないのに、なぜこうなるのか。最強のドSゆかりなさんが降臨か。
「椎奈が好きなのか?」
「い、いえ……」
「じゃあ、誰が好き?」
「……ゆかりな」
「それは本当にホント?」
ここはかつてのゆかりなの部屋の中だ。鍵はかけてないが、椎奈がここに無断で入って来るはずがない。だからこその行動に出るしかないのだが、俺はもうコイツを許すわけには行かなかった。
俺は目の前でメガネをかけたままのゆかりなに対して、予想の出来ないことをした。
「ちょっ――!? えっ……たかひ――!?」
俺はゆかりながメガネを外す隙も無いほどの突然のキスをした。外させないまま、キスをしてやった。
「お前、いつまで強情だよ。らしくないことすんなっての。メガネは本当かどうか聞かないけど、お前それは反則過ぎるだろ。何で俺をもっと好きにさせようとしてんだよ。可愛すぎるぞ、お前」
「――ち、違うし」
「何が違うか、言ってみろよ。ゆかりな」
「私も聞きたい。彼氏君、言わせて?」
「へ? し、椎奈? 何故……」
「声が大きい。何事かと思った。すごいね、君の行動力」
「ひいいえええええ!? ご、ごめんっ! いや、ホントにごめん」
「私にもする?」
「いやいや、それは……」
「帰る! 高久、付いて来るな! 椎奈ともすればいいだろ、バカッ!」
「あ、おいっ!」
「私も帰る。彼氏君、今度よろしく。それじゃあまた……」
「ハイ」
なぜこうなるんだ。せっかく、何かのきっかけになるはずだったのに。またこじらせたのか。
つくづく運が無い。そしてやはり、モテ期などはこの世に存在しなかったのだ。翌日教室に入ると、見事に女子、主にメガネ女子から痛い痛い視線を浴びまくりである。逆に今まで敵だった男どもは味方になっていた。嬉しくないです。
「高久、お前そこまで節操のない奴だったとな。さすが勇者は違うな!」
「あ?」
「Sから聞いたぞ。そういう睨みはSにしてくれ。俺らは聞いただけだ」
S……もちろんこれは、ゆかりなのSではなく、サトルのことだ。奴はダチでもあるが、何故か俺の英雄的な話を勝手に拡散してくれるという敵と化す時がある。
「おー高久! お前あんだけ泣いてたけど、とうとう見境が付かなくなるほどメガネに萌えてしまったんだな。それもお前のいい所って俺は知ってるぞ」
「ふっざけんな! サトルてっめえ! 何がダチだよ。嘘ばかり広めるとかマジでふざけんな!」
「……だったら、さっさと花城とくっつけよ。そうじゃねえと、俺が奪う」
「な!?」
「ま、そういうことだから、よろしくな!」
ここに来てサトルも敵ってマジか。ずっとダチだと信じてたのに、それでも油断もしてなかったけど、この場合俺が悪いのか? もうすぐ期末でそれが終わればクリスマス……つまりそういうことか?
「はぁ……」
「別れた?」
「いや、別れてない。茜……お前、まだ俺のこと?」
「興味はあるけど、それは今はやめとく。今、高久に何かしたら目立っちゃうしね。ほら、あの女子みたいに」
茜が指差す場所には、椎奈が来ていた。もちろん、期末対策の為にだ。そしてメガネは何故か外していた。
「メガネはどうしたの?」
「あれ、伊達だから。して欲しい?」
「して欲しくないです」
「ごめん」
「えっと、何が?」
「ゆかりんのこと、あそこまで怒らせるつもりなくて」
「ん? じゃあ、椎奈は俺の事は好きでも何でもないって奴?」
「好きだけど、分からない。ただ、ゆかりんの為に君に近付きたかっただけなのかもしれない……」
何ですかねソレハ。この子も華乃ちゃんみたく、俺を後押ししてくれる味方だったのか? だとしても今回は俺のミスだ。強引なキスをしても何も有効じゃなかった。
「一生、一緒になる気が?」
「……ある」
「じゃあ、期末で満点を取る。まずはそこから。OK?」
「ま、満点!? いくら真面目にやっても上には上がいるんだよ? それに満点を取って何が変わるって言うの?」
「変わる。君の味方が増える。まずはそこ」
「椎奈……キミ、もしかして?」
「……とにかく、そういうことだから。高久さんはそれだけを見つめる。OK?」
「分かった」
よく分からないけど、ゆかりなとやり直すにはそれが近道ってことだろう。ゆかりなと仲違いをしたままで冬休みに突入とか、それは嫌だ。久々に真面目な高久になってやる。
「は? わたしを奪うって言った? あなたが?」
「言ったよ。高久に!」
「あり得ないことを彼によくもまあ……その責任はどうするつもり?」
「責任なんて誰にも無いけど? 俺は唯一のダチのことが心配なだけだ。お前こそ、あいつのことを散々振り回しといて、自覚あるのか?」
「……あなたに関係ない。わたしと彼のことに口出ししないでくれますか」
あわわわ!? サトルの言ったことはマジでした。まさかのダチに裏切られ、結局俺はぼっちだったことに気付きながら、落ち込みを他の奴等に見せたくないがために廊下に出ましたよ? そこにいたじゃないか!
早くも告白タイムなのか? 俺はどうすればいいんだ。奴の告白を止めるべきか、それとも黙認して堂々としながら二人の間に割って入るか、どっちにしても今は様子見だ。
「……気付いてるかもだけど、彼、そこにいるよ? 唯一のダチのあなたはどういう気持ち? サトルは昔からそうじゃん。わたしのことが好きとか言っておきながら、椎奈に心を奪われて結局は誰とも付き合わない。そういう半端な奴が今さらわたしに近付くわけ?」
「お前、少しでも俺の気持ちに気付いたことがあるのかよ? 無いだろ? 好きって気持ちを軽く思ってるから、偽の彼氏とかで高久の気を惹こうとしたりするんじゃねえのか。俺の告白も無かったことにするって、お前はヒドイ女だ。おかげで中学の時は全然楽しくなかった」
「あなたには関係ないし。わたしじゃない誰かに途中で心を奪われる時点で、本気じゃなかったってことでしょ。どうせ花城の名に惹かれただけ。正直に言えば?」
「可愛くねえな。なおさら、あいつが心配過ぎる」
「どうする気?」
おおう? 何やら親密なご様子ではないですか。何だよサトルの奴、マジで告白してたんかい! よく聞こえんけど、好きだったとかマジか!
「こうする」
「は? ちょっ!?」
『ちょ、まてぇい! サ、サトル、おま、お前……ゆかりなに何してくれてんの?』
思わず飛び出したけど、何をしているわけでもなく何かの嫌な気配を勝手に感じただけである。ううむ……やはり本物のイケメン、サトルには勝てんのか。
「何って、花城の口を塞いでた。コイツ、うるさいから」
「うるさいのは認めよう。だが、それはゆるさーん! その技は俺の技だぞ? 手を離さんかい!」
「そうする。その代わり、口で塞ぐか……」
「この野郎! 冗談にしてはキツ過ぎるぞ。とにかくゆかりなから離れろ! 真面目にダチじゃなくするぞ?」
「ダチか……花城が夢中になる奴はどんな奴なのか気になって近付いたのは確かだな。パンの心が分かる奴って時点で、高久は真のダチになった。そんなわけだから、頑張れ」
「ほえ? 何が?」
ゆかりなの口から手を離し、口で塞ぐ暴挙に出るかと思いきや、俺の頭に手を置いてポンポンして来たサトルきゅん。ちょっ、惚れてまうやろ。真のイケメン、恐るべし。
「そういうわけだから、花城はコイツに下手なコトすんなよ? コイツは俺のダチだし、気に入ってるんだ。じゃあな。ちゃんと話せよ」
あ、あら? 告白タイム終了かね? いや、それよりも実はサトルの好きな奴は俺!? 俺にはそんな属性は兼ね備えておりませんことよ?
「高久くん……」
「ハイッ! 何でしょうか?」
「椎奈と仲良くね」
「ハ……え、ええ!? い、いや、それはだって……」
「12月……待ってるから。それまで、会うのやめるね。じゃあね、葛城君」
「――え」
あれぇ? もしやフラれた!? そしてサトルとはどうなの? ……誰か俺に涙の止め方教えて下さい。
正直言って何も頭に入って来ない。原因はもちろん、ゆかりなさんにしばらく会わないと言われてしまったからだ。フラれたわけじゃないってことは、後からまりかさんに聞いて理解したが、ずっといつも近くにいた彼女に距離を置こう宣言をされたのは、オレ的に死亡宣告に近い。
それでも俺が頑張らなければ、このままずっと会えないままになるのは目に見えている。それは料理屋のパパさんの所でも、分かりやすく目に見えて分かった。
「はぁ……」
「高久君、仕事ではそういう態度出すな。プライベートと切り離すのが大人だ。たとえ、悲しいことがあってもだ。ここに彼女がいないからってのは言い訳に過ぎない。分かったか?」
「す、すみません。まだ子供でして」
「あ? まぁ、もうすぐ休憩だし、話をしようか」
「あ、はい」
料理人のパパさんいい人ダナー。俺の親父よりもよほど親父してるよ。
「ゆかちゃんのことだけど、しばらく店には来ない……というよりは、本当はあまり来てはいけないことになっている。詳しくは言わないけどな。俺から言えることは、本気なら後悔しないようにぶつかれってことだけだ。俺は君ならそれが出来ると思ってるよ」
「し、師匠……」
「君なら大丈夫だろ。あれだけキスしまくってるんだから!」
「い、いやぁ……それほどでも」
「あ?」
「いえ、ナンデモナイデス」
お母さん側ではなく、ゆかりなさんの元パパさんに気に入られていずれ店を継ぐ……かどうかは不明だが、ここまで応援されたらやるしかなさそうだ。
「そろそろ勉強」
「あ、そうだね。じゃあ図書館に行こうか、椎奈」
「行こう」
俺に近付いて来た椎奈はゆかりなさんのライバルではなかった。彼女は俺の期末テストまでを手伝ってくれるらしく、そこにはゆかりなさんの姿は無い。必要以上に仲良くはしないし近付きもしないけど、正直言って助かる存在だ。それでも俺が好きなのはゆかりなだけ。そういう意味ではごめんって感じではある。
「私はそういう立ち位置だと思ってた。友達の彼氏を好きになって、何もならずに過ぎて行く」
「え、えと、ゴメン……」
「高久さんはゆかりんだけが好き。それでいい」
「いや、ハハ……今は距離取られてるんだけどね。俺のせいっていうか」
「大丈夫。君は満点取ってそこからだから」
椎奈の言うことには何の根拠があるのか分からない。だけど、ゆかりなさんの友達ってことは何かの力があるような、そんな気がした。俺は好きな彼女に堂々と会う為にも久々に、真面目に勉強することにした。
「――アレで良かった? ゆかちゃん」
「うん。ママとか関係ないけど、パパにも迷惑かけたくないし」
「最初から決めた相手なら待つしかないだろうな。俺は応援するよ。ゆかちゃんも彼もな。期待の弟子だし」
「ありがと」




