61.ドSな日々の始まりに
「……というわけなんだよ。だから、今まで一緒にバイトしてくれてサンキュー」
「そ、そうだったんだ。大変だろうけど、高久って花城ちゃんが好きじゃん? 邪魔しないけど応援していいよね? 話すだけなら怒られないんでしょ?」
「それはまぁ、うん」
「おっけ。今まで通りよろしくね、高久!」
「分かったよ」
イベントでのこととか、バイトのことを色々ひっくるめて茜には伝えといた。俺がゆかりなさんと付き合ってる関係は誰もが知っているが、そこにパパさんとかが絡んで来るとなると、色んな意味でやばいと思うらしく、その辺を誤解しないように話しておく必要があった。
「ほぅー? じゃあお前、とうとう婿入り修行か?」
「婿入りなどでは無いぞ。バイトだ!」
「いや、どう見たって取り込まれてんぞ。花城のパパってのは、別れた側だろ? それなのにそっちに気に入られてるってだけでも出迎え確定な奴だぞ。しかも俺とお前が目撃したあのおっさんのことだろ?」
「まあな」
「お前に勝ち目はないな。まぁ、花城の本拠地よりはマシかもだけどな」
何だかんだでサトルは、俺とゆかりなさんのことで助けてくれているダチだ。サトルはフラれた過去もあるが……それもどこまで本気だったのかは定かじゃない。そこについては追及しないことにした。
こうして学校という日常に戻ると、休み時間にしても何にしても、ゆかりなさんとベタベタしているわけじゃないってことが分かるもので、何となく冷静な自分でいられるわけなのだが、肝心の彼女はお昼時間から、気持ちを全面的に出してくるようになった。
まさに今日がその初日だった。この時点ではまだ、俺は彼女の言葉の意味を深く考えていなかったのである。
「高久くん、学食行こ?」
「いいよ。行こうか」
好きな子とお昼を食べることは普通だ。これは俺以外の連中もそうなので、それはいいとしよう。しかし以前とは明らかに違う光景を、周りの女子やら男子たちに見られることになるとは思っていなかった。
「頂きます!」
「駄目! 高久くんはスプーン禁止」」
「ホワット!? いや、カレー食べるのに箸は使わないよ?」
「違うし。そうじゃなくて、キミはスプーンも箸も使わなくていいの! わたしのスプーンがあるもん」
むむっ? わたしのスプーンがある……だと!? 俺は無いぞ? まさか口だけで食べろというSが発動か? イベントの時はそれは許せないとか言ってたが、どういうことなのかね。
「わ、わたしが食べさせてあげるから、だから高久くんはスプーンいらないの。理解した?」
「そ、それはあの……恥ずかしいし、自分のペースで食べますよ? しかもカレーだよ?」
「わたしのことが嫌い……なの?」
「そんなわけないだろ! 大好きだ!」
「うんっ! それじゃあ、あ~~ん」
「あ、あ~ん……」
嬉しいけど、恥ずかしい。しかも学食で……でもまぁ、ゆかりなさんが食べさせてくれるってだけで、俺得。カレーは自分のペースで食べたかったけど、たまにはいいよな、なんて思っていた初日だった。
「何だ? 花城も俺たちの仲間入りか? それはいいような悪いような……」
「わ、悪いな。でも、彼女も食べたいって言ってるし、付いて行ってみたいって甘えてきたから……」
「惚れた奴の弱みって奴か。まぁいいけど……俺らは別のコンビニから回るから、お前と花城はここで食べまくれ! 後で感想聞くからな」
「分かった」
今日は俺とパン仲間の新作パン巡りの日だ。これは毎週火曜日と決まっていて、それぞれのコンビニに散らばって、新作を買いまくり……食べまくって後で感想を報告するというミッションだ。
サトルを始めとしたパン仲間は不動のメンバーと言っていい。実のところ、チヒロという第二のダチもパン仲間だったが、奴は脱退した。そんなわけで、俺とサトルとその他の奴で構成されているパン仲間。放課後に実行することもあってか、ゆかりなさんはこの日だけは一緒に帰ることも無かったのに……。
「高久くん、帰ろ?」
「ごめん、今日はパン仲間の集いだから。ごめんね」
「……それって、新作を食べ歩くの? コンビニ限定?」
「そうだね。パン屋さんはお値段がアレですから。それにコンビニの新作入荷が火曜なんだよ」
「ふぅん? じゃあ、わたしも行く! 行きたい。駄目?」
「駄目なわけないだろ! (上目遣いやめろ!)」
学校の中ではそんなことはないのに、外に出た途端に彼女は俺の腕に引っ付いている。俺は確信していることがあった。もはや、ゆかりなさんはSにはならず、デレしかしないのだと! 俺にくっつき、俺専用の……当たり前だけど彼女である。
「じゃあまずは、こっちの新作を……」
「それは嫌」
「え? でも新作……」
「新作ならどれを食べてもいいんでしょ? っていうか、買い占めしてるわけだし」
「まぁ、うん。じゃあ、それは後回しにしてハムと愉快なチョコたちを……」
「それも嫌です」
「ええ? な、何も無理して食べなくてもいいんだよ? ゆかりなさんは家に帰ればご飯があるわけだし」
「違う。高久くんにはわたしが選んだパンを食べて欲しいの。だから、これ! 口開けて」
ぬぅ……わがままなゆかりなさんが来てしまったのか。しかもまたしても俺は自分の意思と自分の手で食べてはいけないんですね、分かりかねますよ。
「ふふっ、これがいい! お口開けてね」
「お、おぉ」
「はい、あ~~ん」
「ふぁい……で、出来れば飲み物も挟みながら食べたいデス」
「何故?」
「パンだけ連続は口が乾くし……合間にラテとかオレとか飲みながらいつも」
「……それも飲ませてあげるね」
「ハイ(笑顔が可愛すぎるし、逆らえん)」
もしかしてこのまま俺は、手も使わずに食べるようになるのか? まぁ、でも今回だけだろうしそれを気にしては駄目だ。これも彼女の甘々な一面。しかし嬉しくても、パンくらい自分のタイミングで食べたかった。




