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ゆかりなさんと。  作者: 遥風 かずら
第五章:愛しのゆかりなさんと
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60.おねだりと後悔

 何故俺は空腹という名のMな時間を与えられているのだろうか? やはりというか、俺の一言が彼女を怒らせたからに他ならないとしか言えない。きっとそれしか思い浮かばない。

 遡ること数時間前のことである。ナンパな野郎とのことが片付き、パパさんとも別れ、いよいよゆかりなさんと会場を練り歩けることになった。


 それは最高に至福であり、「キター!」な感じで俺は浮かれまくっていた。しかし、あれもこれも美味しそうなテントが立ち並ぶイベントは、ここぞとばかりに食べまくりたい。

 そんな女子がすぐ隣にいた。小柄で可愛いゆかりなさんに、そんな心配など必要なかったはずなのに俺は、禁句を言ってしまった。


「んー迷う! あれもいいし、向こうに見える店も気になるなぁ。ね、高久くんはどこから攻める?」

「だ、大丈夫なの?」

「何が?」

「いや、このイベントのメニューって油ものが多いし、食べまくってたらいくらゆかりなさんでも……」

「あ? 今なんて……?」

「だから、ふ――」


 し、しまった!? これは女子に言ってはいけない奴だ。しかも、どう見たってそんな心配はないのに、何故俺はそこを心配してしまったというのか。しかし、時すでに遅しだ。


「じゃあ、高久くん……キミは食べなくてもいいよね。わたしだけ食べまくるし」

「え? いや、それは――」

「い・い・よ・ね? ねぇ?」

「ハイ……」


 そんなわけで、俺は彼女に付き添いながらも、両手には色んな美味しそうな物を塞げているという、荷物持ち専用マシーンと化している。もちろん、口に近付けることすら出来ない状態である。


 今までデレオンリーだっただけに、これは非常にキツイお仕置きといっていいだろう。どうすれば食べさせてもらえるのだろうか。両手が塞がっている状態だと、土下座も出来ませんよ?


「あ、あのーゆかりなさま……わたくしにもお恵みを」

「は? じゃあ、キミの手に乗ってるたこ焼きを食べなよ?」

「で、では、どこかに置いて……」

「駄目。認めません!」

「え? で、では、どうしろと?」

「キミの口だけで食べればいいんじゃない?」

「ええええ? そ、それはさすがに……人の目もあるし、せめて食べさせて頂かないと無理でございます」

「嫌」


 うおい! ドS彼女が降臨ですか? それとも単なるわがまま……いや、この場合はわがまま言ってるのは俺ですね。でもとりあえず、食べてもいいと言ってくれている。それなら本当に口だけで食べるしかないか!?


「ゆかちゃん、ゆかりなさん、ゆかりんー? あの、マジで口だけで食べますよ? いいんですか?」

「勝手にすれば?」

「いや、そうしてもいいんだけど、そうするとキミも恥を掻きますよ? 本当にいいのですかね?」

「な、何で?」


 おっ、動揺しているぞ。これは甘えるチャンス到来か? 空腹の時は終わりを告げるか。ふっふふふ。

 さて、どうしようか。恥を掻くぞなんて、半ば強引な脅し文句を言って動揺させたはいいが、何にも理由なんて考えてない。「何で?」なんて言わせた以上は、何か言わないと駄目だ。


「それはだな……」

「それは?」

「自分の両手に置いているパックに口だけで食べに向かうと、それはそれは恐ろしいことになるんだよ(何が恐ろしいのかね?)」

「ど、どういうことが?」

「う、うむ(おっ?)」


 あかーん! 何にも思い浮かばないぞ。一か八かで実践するしかなさそうだな……それで彼女が引いたらこっちのもんだ。この際なんでもやりますよ。


「それはこうだーー!」


 俺は顔をたこ焼きパックに突っ込んだ。予想通りだが、顔中にソースと青のりとカツオブシ、マヨネーズがべったりと付きましたとも。そして、予想以上のことになった。


「や、やめ……やめなさい! それ、お行儀悪すぎだから。だから、わたしに顔を近付けて」

「ハイ(まるでどこかの教育ママ風になったか?)」

「そういうのわたし好きじゃない。だ、だから、箸を使っていいし」


 なんと、彼女は俺の顔を拭きふきとしていらっしゃるではないですか。多分に、自分の彼氏が顔中ソースまみれになって想像よりもやばいと感じたのだろう。この機会にお願い、いや……おねだりをしてみようじゃないか。


「ゆかりな……お前に頼みがあるんだ」

「なに?」

「俺はお前から食べさせてもらいたい。そうしたら、ゆかりなの顔を見つめながら美味しく味わえるから」

「……は?」

「(う? 駄目か? 調子に乗ってしまったのか)」

「いいよ……」

「や、やった!」

「その代わり、わたしにもやってね?」

「勿論だ!」

「その言葉、忘れないでね……?」

「おう!」


 彼女の言葉に何かひっかかるものがあるが、こんな甘えは滅多に出来ないし、して来ない。せっかくのイベントなんだし、彼女に甘えるのもきっと許してくれるだろう。ここでなら彼女に食べさせるのも簡単に出来る。


「たかくん、はい……あ~ん」

「んーーうん、美味い!」

「フフ、良かったね。そういうのが希望ならいつでもしてあげるのに」

「お、マジで? 希望ですよ! どこでもして欲しいです!」

「ウソじゃない? 本当にどこでも希望するんだよね? 本当にホント?」

「マジです! ゆかりなに食べさせてもらえるなら、どこででも甘えたい」

「ん、分かった。今度からそうするね。たかくん、嘘なんて言わないもんね……」


 ん? またしても何か引っかかる言い方をしているな。何だ? まぁ、イベントとか外食でのことだろうし、それなら問題ないだろう。俺も彼女に食べさせることが出来るわけだし、まさに俺得!


「よしっ、じゃあさ……帰ろ?」

「えっ? 俺だけ食べさせてもらっただけで、キミは食べてないぞ? 食べないの?」

「んーん、もうお腹いっぱいなの。それに後でいくらでも……」

「へ?」

「帰ろ?」

「あ、うん」


 よく分からんが、とりあえず俺は彼女に念願の「あ~ん」をしてもらい、顔まで拭いてもらった。何て贅沢なのでしょう。そして俺はこの行動と、彼女の言葉の意味することを後々に後悔することになる。

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