59.最強の妹さん
ゆかりなさんのパパさんの口裏合わせのおかげで、俺はバイトの上の人からものすごく怒られることは無かった。
「高久君は、ゆかちゃんの所に行っててくれないか?」
「え? でも、仕事の残り時間が……」
「いや、俺が必要としてるわけだからもういい。バイト代も俺が出すよ。さぁ、行きなさい」
俺のイベントバイトは強制終了である。料理屋バイトは確定だ。
ゆかりなさんが待つ、フードコートに行ってみると何やら騒いでいるのが見えた。もちろん、ゆかりなさんだった。
「人を待ってるだけなので、話しかけないでくれます?」
「どこにいるの? ってか、いいじゃん。暇でしょ? 俺なら寂しくさせないし、待たせたりしないし~」
「うざ……」
「うざいくらいが丁度よくね? 俺、ここのショップで安く買えるし、キミと一緒に食べたいんだよな~」
「ちっ」
ナンパか。アイツもここのバイトっぽいが、どうなってるんだここのイベントバイトは! 人のことは言えないだけに迂闊に出ていけない。
平和主義な俺は乗り気ではないが、ゆかりなさんに無礼な野郎は許せん。俺の嫁さん……いや、お姫様に何てことをしやがりますか。
「ちょっと、そこのナンパさん!」
「は?」
「その子は俺の彼女なので、やめてくれます?」
「あっ、高久くん!」
俺が来たらすぐに、俺の背中に隠れるゆかりなさん。萌える!
「そんなわけだから、行こうか」
「うん」
「おい! シカトはあり得ねえだろ……お前、茜の彼氏じゃねえか? 何だよそれ、そこの子とも付き合ってるとかひどい奴だな」
今なんて? というか、どこかで会ったような?
「あ? 浮気……してるの?」
「してない。俺はお前だけ」
「じゃあ、そこのナンパ男の言ったことって何?」
「それは、大いなる勘違いなんだよ。いや、マジですよ?」
「ほんとにホント?」
「マジです」
なんたること。まさかコイツが茜につきまとってたという男か。いくら同じバイトだからって、何故会うの?
放置の出来ない危険なクラスメートとバイトの相方だったわけか。むぅ、ナンパ男だけでも厄介なのに、ゆかりなさんに誤解を生ませるとは、俺はピンチ?
自分がしでかしたことをまさか他の奴がやっているとは思わなかった。俺の場合は仕方なくやっただけで、その後の展開は甘すぎたわけだが、当のゆかりなさんはまさか2度もナンパをされるとは思っていなかっただろう。
俺との後なだけに彼女はキレ気味である。しかも同じイベント会場のさっきまで同じバイトの奴って。
「高久くん……? どういうこと?」
あぁ……デレモード完全終了。何てことですか。とにかく、早くコイツを何とかしないと。
「茜は彼女でも何でもない。俺の彼女はこの子だから、近付かないでくれる?」
俺の陰に隠れつつ、痛い視線で俺を見つめるゆかりなさん。彼女の肩を抱きながら猛アピールをしてみた。
「高久くん……」
「そういうことだから俺を疑うなよ、ゆかりな」
「う、うん」
「はぁ? じゃあ、あいつは嘘をついてたってのか? お前が関係ないなら俺は茜に近付いていいわけか」
「いや、それは駄目だ」
「彼氏でもないのにか?」
うぅっ、何て言えばいいのか。コイツはしつこそうだし真面目にウザいぞ。せっかく強制的にイベントバイトから解放されたのに、こんな訳の分からない奴にゆかりなさんを巻き込ませるなんてごめんよ。
「そ、そう――」
「あっれ~~? 高久だ! 何してんのこんな所で。サボり?」
「茜? いや、俺はバ……」
「げっ!? 何でコイツがここに……」
「お前に会いに来たらしいぞ。ってことで後よろしく頼む!」
「や、あり得ないし。高久が彼氏って伝えたから諦めさせたのに、何でそうゆうこと言うかな」
ああ、面倒くさいぞ。こういう時にパパさんがいてくれたら心強いけど、たぶんコイツラの問題は俺が何とかしないと駄目なんだろうな。ヘタレな自分にさようならだ!
「おいあんた、良く聞け! 茜は俺の友達だ。彼女じゃないけど、友達だ! だから付きまとうとかやめろよ、マジで! そしてこの子は真面目に俺の大事な彼女だ。だから、あんたが話しかけるのは許さねえ」
「じゃあアレか? 茜の彼氏ってのはニセモノで、そこの子は本物って奴か? そういう下らねえ嘘はマジで気に入らねえな」
「そう言われてもマジなものはマジなので。友達につきまとうのもやめて欲しいし、俺の彼女をナンパするのもやめてくれ」
「うぜえな、くそっ!」
ナンパな奴はそれを言った直後、俺を地面に突き飛ばしてくれた。これは意表をつかれた。思わず地面に腰をついちゃったじゃないか。どうしてくれる! さすがに他の客とかから注目浴びちゃったぞ。
平和主義者な俺でもこれは怒るが、手は出したくない。でも彼女たちは守りたい。ううむ……どうしよ。しりもちをついた状態の俺の前で、ソイツは二人に近付こうとしている。
「――っ!? いってぇ!?」
そう思っていたら、ナンパ野郎もしりもちをついてた。しかも俺よりも後方である。
もしや、パパさん?
「ふん……ナンパな奴が調子に乗るな! 高久くんを突きとばすとか、マジでムカついた!」
「え、あらっ? ゆ、ゆかりなさん……?」
何やら凄まじい強そうなオーラを感じますよ? というか、その綺麗な可愛い足で蹴った!?
「ゆかりなさん、何かやってる……? のでございますか?」
「うん、そだよ。忘れたの? わたし達の学校って文武両道の武が強いんだよ? つまり~?」
「ひぃっ!?」
ほ、本物の強さ……だと!? 俺なんて文武の文だけですよ? というか、ゆかりなさんマジで最強説?
「い、いや~恐れ多いなぁ……」
「どうしたの?」
ふわっとさせた彼女の香りが俺に近付いて来る。何でこんなにもドキドキしているんだろうか。ゆかりなさんは、当初は俺の妹(血の繋がり無し)で、彼女になって、そしてお嬢様で……おいおい、俺って今さらながら何を緊張しまくってんの?
そういや、柔道の授業で背負い投げまくりだったのを止めたことがあった。
「俺、キミよりも弱いんだなって。なのに、強いキミを守ろうとしてたなんて申し訳ないというか何というか」
「だ、だって、わたし、高久くんにお姫様扱いされてるし……だ、だから」
「ほえ? じゃあ俺はキミの王子って奴? 玉子じゃなくて王子?」
「あ? 言わせるの?」
「と、とんでもございません!」
「それならいいの! それに、わたしが強いってことだけで高久くんは離れたくないでしょ?」
「当たり前だ!」
「ん、それでいい。それでいいの!」
それって、アレだよな? お姫様抱っこですね、分かります。それを一度だけじゃなくて、何度かしていたから彼女自身も自然と乙女な自分を出してきたということなんだろう。
もしくは俺と付き合うようになってから、元々の強さは出さなくなったとか?
「花城ちゃん、ごめんね? 変な奴が高久に絡んできたのも、ウチの発言のせいなんだ」
「誰?」
「ちょっ! おなクラ! 茜だってば。ほら、高久の前の席に座ってる……」
「あ、そう。っていうか、高久くんに絡むのはやめてくれるよね? ねぇ?」
「や、やめる。やめます。だ、だって、花城ちゃんやばいし……」
「は?」
「あ、ウチはバイト中だから行くね。じゃ、じゃあね~」
なるほど。同じ女子同士で分かってしまったらしい。ゆかりなさんは最強であると。席を近くにしていた茜だったが、俺にはもう迂闊にちょっかいを出してこないだろう。
「さすが、ゆかちゃんだな。な、高久君」
「ひっ! パパさん?」
「おう! キミの手続きは終えといたよ。来週からよろしくな! 愛弟子!」
「デスヨネー。ガンバリマス」
「ってことだから、王子の君は姫様のゆかちゃんを連れて、ゆっくりしていくといい。これで好きなものを食べていいから。俺は少しだけ用がある……」
何か寒気を感じ始めると同時に、パパさんは指を鳴らし始めた。
「わ、分かりました。あの、ありがとうございます。来週からよろしくお願いします」
「ああ、頼むよ」
そう言うとパパさんはあのナンパ野郎に近付いて、そのまま奴をどこかに連れて行った。うん、見なかったことにしよう。
「あれっ? パパは?」
「あ、うん。これでキミと何か食べてゆっくりしとけって」
「え、やった! 高久くんとイベント会場歩けるんだ~! 嬉しいな」
「俺も嬉しいよ」
「え、えと、エスコートして?」
「もちろん、俺のお姫様……ゆかりな」
彼女の強さは本物ではあるけど、そういうのに関係なく、好きな子と一緒にいられるってだけで俺は胸ドキだった。




