58.ゆかりなさんと神隠し。
好きな彼女が大勢の人が行き交っている場所に関係なく、目を閉じてつま先立ちをしながらキスを待っている。こんなのはもはや俺得でしかない。しかしいくら何でもバイトしてる状態で、客として来ている彼女にキスなんてしようものなら、警備員にどこかに連れて行かれてしまいそうだ。
連れて行かれる前に俺がゆかりなさんを連れて行く。そうすれば誰にも気付かれないし、通報されることもないはずだ。そんなわけで、俺のことを信じてずっと目を閉じながら、俺からのソレを頑張って待ってる彼女を抱っこする。つま先立ちで少し地面から足が浮いているゆかりなさんに、このまま手をかける。
「きゃっ!? な、なに?」
ここで言葉は一切かけずに、彼女の目には手を添えて見えなくしとく。これぞ、完璧な作戦だ。
「わわわわっ!? た、高久くんだよね? あ、あの……?」
戸惑いながらも無言な俺を信じている彼女は、黙って抱っこされながらその時をじっと待つことにしたらしい。何だよそこまで可愛いか。思わず抱っこしたままでどうしてやろうかなんて想いになるぞ。
「んん……」
「スリルあったか? ゆかりな」
「――あ、うん。良かった、高久くんだ。気付いた所でもう一度して……?」
「ああ……」
あら? 俺の作戦は大成功か! あの場から連れ去る前のゆかりなさんはどこへ行ったのかな? やはり俺と二人だけになると途端にデレるようだ。だからこそのギャップで俺の恋心はどんどん深まっていく。
「ね、好き?」
「お前だけ好き」
「うん、ありがと」
しかし上手く建物の陰に隠れて彼女にこんなことしてるということは、今頃大騒ぎになっているような気がしないでもない。
「ゆかりな」
「……なぁに?」
「ここには誰と来てる? 一人じゃないよな。食のイベントだし」
「あ……えと、パパに何も言ってない。もしかしてわたし、迷子になってるかな?」
「げっ!? マジか……パパさんか。俺の行動はやばいんじゃ?」
「ううん、わたしは嬉しいよ? 他の人とかどうでもいいよ。高久くんがこうしてわたしに触れてるんだもん。パパもきっと許してくれるよ」
そんな甘くないと思う。ゆかりなとのキスは甘すぎただけに、パパさんはおろか、バイト中の俺にはどんな罰が待っているかって思ってしまえば、こうして彼女を抱きしめてるこの時間は幸せすぎる。
「……そうだな。大好きだ、ゆかりな」
仮妹から彼女に戻ってからのデレ彼女。もう駄目だ、コイツしか見えない。
「あぁ、くそっ……可愛すぎるぞ、お前」
「それって罪になること? 高久くん的に」
「罪深すぎる。ゆかりなが可愛すぎて離したくない……真面目だった俺を堕落させた罪だ」
「……や、元から不真面目だったと思えば楽になるよ?」
いやいや、それはどんな理屈ですか。そして俺は気付いている……俺たちの近くで、気配を殺しながら様子を窺っている奴がいることを。
「それよりも、高久くん。撫でて?」
こ、これもレアなお言葉ではありませんか! ゆかりなさん、あんたどれだけ俺にデレてんの? しかしですね、多分もう俺は身動きがとれませんことよ。
「ええい、やったる! ゆかりな……」
『おう! そこまでにしとこうか、高久君』
ですよねぇ……気配を感じつつも、ゆかりなさんの頭をなでなでしようとした、まさにその時だった。俺の腕は恐ろしい気配をさせていたパパさんによって動きを封じられ、力強く掴まれているではありませんか。
「パ、パパっ!? え? あれ、どうして?」
「ゆかちゃん……自由行動していいって言ったけど、さすがに隠れて逢引は困るよ。それに、彼はバイト中なんだぞ? 迷惑かけてる上に甘えばかり見せていては、ゆかちゃんも彼も行くとこまで行って、歯止めがかからなくなるんじゃないのか」
「ご、ごめんなさい……」
「そんなわけだから、ゆかちゃんはフードコートのAエリアで待ってなさい。さぁ、行きなさい」
「はぁい。高久くん、またね」
「……マター」
パパさんは料理人なのに殺気がやばい。
「さて、高久君――」
「はひ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いや、連呼すればいいって問題じゃねえぞ? あ?」
「ハイ」
さすが元ヤン。もちろん聞いたわけでは無いので不確定。ゆかりなさんがツンツンしてる時の気配とドSな時は、パパさんの何かをしっかりと受け継いでいるに違いない。
「娘に手を出すなっつったよな? ん?」
「もももも、もちろんでございます」
「だろ? お前にはどんな罰を与えてやろうか……」
まるでバイオレンスのごとく、色んな関節を鳴らしまくってますよ? 俺は非力なので許して下さい。
「ってことで、俺の店に修行……いや、バイトしに来なさい!」
「え? あの、焼き討ちするんじゃ?」
「しねえよ! キミは俺を何かと誤解してるぞ。昔は昔だ。今は料理をするただの親父だよ」
「で、でも、俺はバイト……」
「もうあきらめた方がいい。理由はどうあれ、彼女を優先しすぎてバイト先を困らせてしまったんだ。これはキミの罪だ……もう無理だよ。突然いなくなるのはまずいだろ」
やはりそうだった。それにしても修行という名の強制バイトか。やはり決定事項なんだ……嬉しい事もあるのは事実だ。現在のゆかりなさんはパパさんの料理店兼、家に住んでいる。
すなわちバイトしに行くというだけで、彼女に会いに行けるという特典付きなのである。パパも得で、俺も得だ。
「嬉しいだろ? ゆかちゃんに会えるんだし」
「は、はい……いや、そんなことは――」
「キスしまくってる奴なんだから、隠すなよ? なぁ?」
「ハイ」
彼女を好きになりすぎた俺の罪は、彼女の住むパパさんの料理屋で働くという罰を与えてくれた。やはり何だかんだで俺の味方をしてくれるパパさんの男気に感謝しつつ、バイトという名の跡継ぎ的な修行を頑張るしかなさそうだ。




