57.ゆかりなさんにナンパ
ゆかりなさんと元通りなカレカノ関係になってからは、淡々と日にちが過ぎていっている。まだ秋だとはいえ、何のアクションも起こさないのは、俺的には焦りがあったりする。
そうはいっても、今すぐどうこうは出来ない。いつも通りに土曜はイベントバイトに来ている俺である。
「うっす! 葛城とペア組は初めてだな。これは恩恵に預からねば」
などとほざくのは、名も知らないバイト仲間の男だ。ずっとペアだった茜は、危険が危なかったので今回は代えてもらった。
「恩恵って?」
「もち、葛城の見た目を使ってナンパ」
「ナンパ? 客をか?」
「そりゃそうだろ。同じバイト仲間はナンパって言わないし」
「でも俺、彼女いるし……」
「大丈夫だ! 浮気じゃない。上手く行くとも限らないし、問題はない」
よく分からない屁理屈とお調子者な奴だとは思ったものの、上手く行くはずがないというのは確かなので、名も無きバイト君と休憩中にナンパをすることにした。
もちろん俺は乗り気ではないが、気を悪くさせると面倒くさい。それだけのことだ。
「って、何て声をかければ?」
「任せる! オレは葛城をサポートすっから」
何故俺が主導なのかが理解不能だが、やるしかなさそうだ。
「そ、そこの可愛い子猫ちゃん! 俺と遊ばない?」
「お前、それはヤバいな……」
「猫っぽいし、それしか浮かばん」
事実、たまたま一人で歩いていた女の子が猫っぽく見えた上、ちっさくて可愛いかったから勇気を出してみた。後ろ姿だから可愛いかは不明だが、きっと可愛い。
「わたしですか? って……キミ、なにしてるの……?」
俺たちに振り向いた彼女は、彼女だった。何の罰ゲームですか?
「おっ! 可愛いじゃん!」
名無し君は俺の陰でテンションが上がった。しかし俺は寒気が出まくりですよ? どうしてくれる!
「ワタシハバイト」
「ふぅ~~ん……? バイト中にナンパ……ねぇ?」
まだ汗が出るくらい暑いのに寒い。体がまるで金縛りにあったように動かない。まるで猫に睨まれたネズミのようだ。
「い、いや、僕はそんなつもりなんてナカッタヨ」
「葛城、誘っちゃえよ!」
「イヤです……」
「当たりだぞ? 誘えよ」
名無しの貴様はまるで分かってない! アアア……ど、どうすればいいんだ。っていうか、ここになぜゆかりなさん一人で来てるんだ。このイベントは秋の食欲祭りなんだぞ? 誰かと来ているのか?
「聞いているのかな? ねぇ、あなた」
「ひっ!?」
ゆかりなさんの傍にいると、俺の中での跳躍公式記録を越えるくらいに嬉しい。だけど遠くに感じると寂しい。甘くて苦い……それが恋しているってことなんだ。
まさに今、遠くに感じている最中だ。
「えーと、あの、その……」
「うん、それで? 言い訳は何ですか? 葛城くん」
「そ、そんな他人行儀な言い方は……」
「他人です」
「で、ですよね」
バイト仲間のご機嫌取りでナンパに勤しんだだけなのに、どうしてこうなった。乗り気でも無ければやる気も無かったのに、何で俺はピンポイントで彼女をナンパしたのだろう。考えてみれば俺好みでちっさくて猫っぽくて、思わず撫でたくなるような丸くてショートカットな髪型の女子なんて、一人しかいないじゃないか。
まごまごしていたら、バイト仲間が俺とゆかりなさんを見比べながら話に割り込んできた。
「なに、知り合い?」
「いや、まぁ……」
「しょうがねえな、俺が――」
「あ? 誰だよ! 引っ込んでろ!」
「うおっ!? こわっ……見た目とまるで違う。いや、見た目通りに生意気か」
「は? 関係ない奴は帰れ! わたしはこの人としか話したくない!」
「あー……はい! ってことで、俺は仕事に戻る。葛城も早く戻れよ? じゃあな」
くっ……逃げやがったな。そしてびびってたな。俺は慣れたけど、他の男に噛み付きを見せた時は、想像よりも恐ろしく感じられるのか? 彼女を手なずけられるのは俺だけ!?
「で? 何か言いたいことある?」
「そ、その……」
「早く言え! 言わないと噛む!」
おぉ……それはそれでイイ……よくないな。以前本当に噛み付かれたこともあるし、やはり駄目だ。
「言い訳しない! が、俺がナンパしたのはお前が可愛くてやばかったからだ。後ろ姿だろうが何だろうが、声をかけずにはいられなかった! だって、お前のこと愛してるし」
「へえ? わたしって分からなかったのに愛してるんだ? へぇ~~?」
う……ダメか? 確かにゆかりなさん本人とは知らずに声をかけたが、でも本人だったわけで。
「お前とは分からなかった。でも、お前だった! これって、もう運命としか」
「ホントにホント?」
「ゆかりなとオレは運命だ」
「じゃあ、もうわたしから逃げたりしないで。約束して! あなたはわたしから逃れられないんだから……」
えっ? 何かセリフがトラウマなんだが? と、とにかく約束しなければな。
「ああ、約束する」
「それじゃあ……ん!」
「え、いや、今は俺バイト中で……人もたくさんいるし見られてるし、通報されそうで怖いデス」
普段なら遠慮なく彼女の唇を奪う。しかしさすがの俺もバイト中かつ、ギャラリーがたくさんいる中で出来る程の勇気と根性と、男の中の男力は持ち合わせていない。
シチュエーションとしては究極なのに! 彼女からつま先立ちをして求めて来るなんて滅多にないのに。こ、こうなればその姿勢をしている彼女ごと抱きかかえてテントの陰に連れて行くか?
「んーー!! 早くしろ!」
「分かった……お前、そのままで待ってろよ?」
「ん!」
やってやろうじゃないか! そうだよ、何も人前でやらなくても彼女ごと連れ出せばいいんだよ!




