56.兄と鏡と妄想
「はぁ~~……」
「どうした? いつもよりも深いため息なんかついて」
「サトルか。いや、分かるだろ?」
「あぁ、元に戻ったんだっけか? でも、別に別れた訳じゃないんだろ? というか、高久の方が花城にのめり込みすぎちゃったわけか。確かに可愛いしな……常に同じ家の中にいたら、ずっと傍にいたくなるのも分かる気がする」
「だろ? さすがサトルきゅん。だが貴様にはやらんぞ?」
「フラれたから問題ないだろうが! それはともかく、一緒に居続けたいなら毎日会いに行けばいいんじゃね? それは駄目なのか?」
全く何にも分かってないんだな。もっともサトルにはそこまで詳しく教えてもいないけど、最恐の敵がいる以上は毎日俺から会いに行くことなど不可能だ。
「いや、俺は成長しなければ駄目なんだ。悔しいが、サトルには勝てる気がしない!」
「ん? 何が?」
「イケメン度ですが、何か?」
どんなに運動能力を向上させても、どんなに他の女子からモテ始めても、それでも俺にはソレが足りていない。埋めようのないイケメン度は、いつまでたってもパン仲間に勝てないのが現実だ。
「お前……やっぱ、自覚無いんだな。家に鏡は無いのか? 学校のトイレにもあるけど、見たことは?」
「なんだとぉぅ!? 鏡くらいあるわっ! そして俺はトイレに入る度にナルシストにはならん!」
「駄目だコイツ……まるで分かってねえ。ってことで、花城~! こっち来てくれる?」
くっ、サトルめ。フラれたという割には、ゆかりなさんを自由自在に呼び出しできるではないか。俺なんて、オレなんて……恥ずかしくて呼べないのに!
「なに? 何か用? あ、高久くん、やっほ!」
「ヤ、ヤホー」
何でこうこの子は自然と挨拶して来れるんだ。可愛いじゃないか! あぁ、触れたい! 構いたい! だから斜め下からの上目遣いヤメテー!
「花城、手鏡持ってるだろ? ちと、貸して」
「は? 何に使うわけ?」
「もちろん、高久に使う」
「はい、どうぞ」
なんとまぁ、あっさりと貸してくれよって! 俺はずっと意識しまくって声をかけられなくなっているというのに。妹さんから彼女さんに戻っただけなのに、決して第二形態になったわけでもないのにどうしてですか。
「ほれ、花城の手鏡をその手で持って自分の顔を眺めてみろ」
「ホワイ!? 何故好き好んで自分の顔を見なければならんの?」
「見つめ直せ! 高久は自分を自覚しろ! 証拠がすぐ近くに立っているんだぞ?」
確かにゆかりなさんは近くに立って、俺を見つめまくってますが? 俺も見つめ返していいんですか?
「じーーーーー」
「……や、今はわたしじゃなくて鏡を見なよ」
「ハイ……俺です。俺が映ってますが何か?」
「高久が分かるまで、花城は手鏡を貸しといてくれる?」
「うん、いいけど。でも、わたしは分かってるよ? それじゃあ駄目なの? それとも、キミが高久くんを成長させようとしてる?」
「そういうことな。ってことだから、高久は自覚しろ! 間違っても花城から答えを聞くなよ? それと、手鏡を持ったまま学校中を歩けよ? そうすればたぶん、分かる」
なん……だと? まるでM養成講座じゃないか。俺はNなんだぞ? 本物のMになれというのか? 訴え空しく、手鏡の持ち主であるゆかりなさんとサトルは、不敵な笑みを浮かべながら席へ戻って行った……。
くっ……前代未聞だぞ。手鏡を常備しながら学校の中を彷徨う俺って……それなのにどうしたことでしょう? なんかゾロゾロと女子たちが付いて来てますよ。俺は何かしたのか? そして何故かその中には、ゆかりなさんもいますけど、何でですか?
ゆかりなさんいわく、ナルに目覚めた俺に気付いた女子は、大いに興味関心があるらしい。
「葛城くん、ようやく気付いたの?」
「高久~~あんた、やればできるじゃん?」
「梓よりもワイルド系だからいいかも」
「じーー」
何が? 鏡を手にしながら言われた通り、自分の顔にうっとりしてるだけですよ? いや、うっとりなんかしてないけどね! 何だか懐かしい嫌味イケメンの名前が聞こえたぞ。思えばあの時から覚醒したんだった。
ゆかりなさんへの真の愛に目覚めた俺のビクトリーロードが……始まったのか?
「お前はやればできる子だ! なんせ、俺のライバルだぞ?」
「ほぅ! サトルのライバルだったのか。それは知らなかった……何のライバル?」
「自分の胸に聞け!」
「もしもし? 俺は何のライバル? ……返事が無い。ただの胸のようだ」
「わざとか? それもお前の個性だけどよ」
わざとやってるわけがないだろうが! 俺は元からこんな奴。キザでも無ければMでもない。こんな俺でも好きと言ってくれるあの子がいるんだから、いいじゃないか。
屋上に逃亡してそこで昼のパンをもそもそしようとしているのに、彼女含む女子たちは俺を取り囲んでいた。なんすか? いじめですか?
「高久マジでイケてる! ウチとデートよろ」
「茜ばかりズルくない? 葛城君は自分らのモノじゃん!」
「じーー」
これが噂のモテ期ですか。ようやく理解出来た。ナルに目覚めたら何でもいいから、お近づきに……んなわけあるかーーー! これは俺の妄想だ。そして妄想の中でも、ゆかりなさんだけはちゃっかりといるわけですよ。そうか、これは俺の妄想世界なんだ。
「いや、キミらは勘違いしてるよ? 俺はNじゃなくて、Mなんですよ? それに俺はこの子しか好きじゃない。だから俺に近付いても無駄さ! ふっ……」
近くで俺をじっと見つめていたゆかりなさんの肩を引き寄せながら、キザなセリフを放ってみた。するとどうでしょう。囲んでキャッキャッしてた女子たちは冷めた目つきで、俺を蔑んでいるではないですか。
「は? Mで、花城に叩かれるのが好き? 何だコイツ、あり得ないんだけど?」
「高久、それでもウチはいいよ? それを望むならね」
ちょ、まてぇい! 妄想のMですよ? 誰が叩かれるのが好きって言った! そして、茜……お前は駄目だ。危険な女子だ……そう思っていたら、一斉に俺から女子たちは離れて屋上からいなくなっていた。
「ふ、やはり夢落ちじゃないか」
「バチーーーン!!」
「ふぉっ!? 痛いですよ? ゆかりなさん」
「まだ気付かないの? キミは黙っていてもモテるし、ナルく決めていても顔だけはいい人なんだよ? まぁ、それだけじゃないってことはわたしだけが知ってるから……だから、好きなだけ叩いてあげるし」
「何か微妙に傷つくのは気のせいかな? そして俺はMでは無いですので、叩かれたくないです」
「じゃあ、よしよし……これならどう?」
「はふぅん~~キュゥウン!! あぁ、好きだ。好きすぎる……ゆかりな。お前だけは俺から離れないでくれると喜びます」
「うん、離さないし。束縛るから安心しなよ」
「えっ……」
「キミのアドリブはわたしの中に残ってるんだよ? もう忘れたかな? ってことで、教室戻るし」
「え、ちょっ!?」
結局、ゆかりなさんから答えを聞けた俺。俺はどうやら顔だけはイケメンクラス。しかし痛い子だ。それでもいいのが彼女だ。そして、寒気がおさまらないセリフを放ってこの場から去っていった彼女。
喜んでいいのですか? 束縛る? いや、あの……嫌ですよ俺。好きだけどそれはさすがに。そして今まで散々妄想してた世界は現実だった。それを気付かせたのは、魔性の笑みを浮かべたゆかりなさんである。
それと同時に茜以外の女子は、俺に近付いてくることは無くなったのだった。




