52.引き換えに失った何か
「兄貴? え、花城ちゃんって高久の……?」
「そうだけど? それがあなたに関係ある? 茜さんだっけ」
「うっわ、マジだったんだ。花城ちゃんってやっぱりすごい! そっか、高久をね~」
「は? え? 何が何?」
「や、だから、高久に妹設定されてんでしょ? そういう付き合い方してるとかマジだったんだ。花城ちゃん、小さいし可愛いからそうなっても仕方ないよね。で、高久のことは兄って呼んであげてるんだね~」
「あー……そ、そうなんだよね。は、はは……」
「で、今は何? お仕置きタイム? てか、オチてるけどやばくない?」
「ウソ……た、高久くん!? お、起きて! ちょっ、ちょっと!!」
うーむむむ……何やら揺れている。たぶん、頭を揺らされている気がする。それも一人じゃなくて複数の手が俺の頭に触れている。そうか、俺はとうとう地獄に落とされたんだ。さっさと彼女に言わないばかりにこんなことになるとは、後悔でしかない。
「――んむっ!?」
こ、これは……今まで何度か彼女とキスをしてきた俺だが、これは違い過ぎる。驚愕するほど柔らかすぎる唇の感触なのだが、もしや人口呼吸でもされているのか? オトした本人がご褒美を!?
「って、あれ?」
「あ、起きた? 高久マジでやばかったよ」
「茜……? ゆかりなさんは?」
「タオルを冷やしに行ってるよ。あ、ここにいるのが彼女じゃなくてごめんね。言ってくれれば、ウチも高久の妹になるのに~」
「ホワイ!?」
「だって、花城ちゃんにそういう設定してんでしょ? 兄貴って呼ばせてたからそうなのかなって」
俺が堕ちてる間にどうしてそうなった? というか、さっきのキスはコイツか?
「あっ、花城ちゃんが戻ってきた。花城ちゃん、高久が戻って来た――って、ちょっ!」
「ふがががが! い、息が出来ませんよ、ゆかりなさ……」
「うるさい! その汚れた口を綺麗にしてあげてんだから、文句言うな! 高久のくせに、ムカつく」
ゆかりなさんは激しくキレながら、俺の顔……主に唇に濡れタオルを押し付けて、息をさせないくらいにゴシゴシと拭きまくっている。もしかしなくても目撃していたか? 現場を見られてしまった感が強いぞ。
「うぅっ、ムカつく! 何でそんなことされてんの? 好きでもないくせに!」
「んー? あぁ~! 好きだからしたけど? 駄目なの? 花城ちゃん的に」
はい? 茜さん。それを今本人に言うのかい? 俺が好きなのはゆかりなさんだけであって、キスされても嬉しくなんかないんですよ?
どうにも上手く行かなくなっている。まして今は兄妹関係中だ。でもそれは、もうオレ的には関係ないことなはず。
「高久が好きなのはわたしだけであって、どうでもいい茜さんがキスしたところでどうにもならないんですけど?」
「それを決めるのは高久だけだし。どうでもよくなくない?」
これは修羅場というヤツですか。どうしよう、もう一度意識を落とすか? いや、こうなったら見せつけて諦めてもらうしかないか。階段の踊り場なんかでこんな言い争いしてたら、めちゃくちゃやばいし。
そう思い立った俺は、勢いよく起き上がってゆかりなさんに接近した。
「ゆかりな!」
「――え? わっ!?」
俺とゆかりなさんの関係はクラスの連中全てが知っているかと思えばそうでもなく、付き合っているという認識程度だった。だからなのか、茜を含めた他の女子連中は本当にゆかりなさんと付き合っているとは思っていないらしく、その結果俺は女子たちからちょっかいを出されている。
「よぉし、茜に証拠を見せてやろうじゃないか! 見せつけてやるから俺のことは諦めて下さい」
「んん?」
「ゆかりな! 手を入れるぞ~!」
「え? わわっ!? な、なに? なにするつもりなの……」
俺のプランは、茜に諦めてもらう! ということで、彼女の目の前で本気で好きだということを見せつける。その手段は、ゆかりなさんをお姫様抱っこしてそのまま彼女が求めていた証を付ける……はずだった。
直前に俺はゆかりなさんに飛び蹴りを食らっていて、倒れた反動で頭を打った上にヘッドロックで落とされたばかりだった。そのことを予想していなかった俺が悪いのだが、お姫様抱っこするはずが……。
「高い高ーいの抱っこってやつかな? そ、それはマニアックなプレイだね。花城ちゃん小さいから気持ちは分からないでもないけど、それはさすがにないわー……ってか、教室戻っとくから後はヨロシク~」
「ち、ちがーう! そ、そんなつもりはなくてですね」
「おい……」
「は、はい」
お姫様抱っこをするには彼女の背中と膝裏に手を回す必要があるのだが、思ったような力が入らなかった。その結果、ゆかりなさんのわきの下にだけ手が入り、これがほんとの娘抱っこをしている図になってしまった。
「お、下ろせよ、バカっ!」
ですよねぇ。言葉はとても怒っているように聞こえるが、背中越しからでも彼女の真っ赤な耳とかが見えるので、相当恥ずかしいことをされていると思っているようだ。
俺の抱っこはゆかりなさんではなく、茜を想像以上に引かせたらしい。そんなプレイをした覚えはないのになんてことですか。彼女を下に下ろしたはいいが、俺に背を向けたまま無言を貫いている。
「ゆ、ゆかりな……さん? もしもーし?」
「こっち見んな! ボケ!」
「デスヨネー」
あぁ、どうすればいいんだ。もしかしてもしかしなくても、泣かせてしまったんじゃないだろうか。ゆかりなさんを泣かせてしまった時点で、俺の人生は終了のようなものなのにどうすればいいのだろうか。
ええい、もう泣いてるかもだけど強引に振り向かせるしかないよな。そこでグレイトな土下座をしよう、そうしよう。




