51.花城のご令嬢
そう言えばゆかりなさんの誕生日の時には、俺を弟扱いして「姉とお呼び!」となっていた彼女だったが、三日後の俺の誕生日には何にも起きなかった気がしないでもない。
こんなことを今さら言うと、「は? ガキなの? ってか、いつでも兄なのにさらに何を求めるわけ?」などと説教をされるのがオチだ。
「は? 誕生日がなに?」
あーですよね。今さらなことを言ってごめんなさい。まして、今は兄妹生活中なのにそんなことを言うとか俺は本当にお子ちゃまですよね、すんませんしたー!
「あー! そう言えばそうだね。いいよ、結構時間経ってるけれど、年を越したわけでもないし祝おうよ! ううん、今なら祝いたいな。だって……今は、わたしのお兄ちゃんだもん」
ひょぉぉぉぉぉぉ!? 何たる意外や意外ですよ? やはりあの時……といっても大して時間が流れた訳でもないんですよ? それなのにこの妹さんの変わりようは素晴らしい! 俺の地道な努力と愛が報われる時が来たというのね!
「それじゃあ、今夜はわたしがあなたを迎えてあげるね」
そう言うと満面の笑みで両手を広げ、て俺を迎えて下さるポーズを見せている。
「ほ? 迎え? えっと、どこにでございますか?」
そこはゆかりなさんのお胸ではございませんか? ま、まさか、わたしをあげるからサインしてね? なんてことになるのか!? 嬉しいけどそれはまだ早いと何度も言っているではないか。
「わたしの――」
「そこはあかーん! それはまだ早すぎると思いますよ~?」
「は? 嬉しくない……の? 今年だからこそ使えるんだよ? 来年になればきっと、間違いなく出入りできなくなるはずだし」
使える? 出入り? 何のことでしょう。キミの禁断の場所じゃないのかい?
「どこでしょう?」
「わたしのママのお店……つまり、スカイラウンジレストランのことだけど? 嫌なの?」
「滅相もございません! 喜んで!」
そ、そういや、聞き流したけどゆかりなさんのママさん。つまりは、ゆりなお母さんが何だって? 何かの権力者かスパイくらいの力があると勝手に思ってたけど、ママの店!? レストラン?
「初めて知るけど、お母さんってナニシテル?」
「知らなかったっけ? ママはホテルの総支配人なんだよ。だからほとんど家に帰って来られないんだよね。ってか、わたしの名字で分かってるもんだとばかり思ってたけど、知らなかったんだね」
まてまて、花城? ま、まさか……花城グループ!? 俺の住む街では結構有名だが……も、もしや、ゆかりなさんって、本物のお嬢様ってやつ!?
「ん? どうかした? ははぁ、びびってるんだ? わたしと何度もキスしたあなたなら、全てを許してあげるよ。だから、行こうよ。服はホテルで着替えてね?」
「ハ、ハイ」
『こちらでございます。ゆかりなさまは、こちらへ。高久さまは手前にお座り下さいませ』
「は、い、いえ……お、お構いなく」
「あはっ、緊張しまくりだね。高久くん、おかしい~」
「そうですとも! わたくし、こんなゴージャスな場所なんて来たことが無いのでございますことよ?」
「でも、よく似合ってるよ? その……うふふっ、だ、ダメ、おかしすぎる」
「馬子にも衣裳ってやつか? あぁ、そうですよ! 俺は庶民ですよ? どう見たってアウェーですが、何か?」
眉唾もんかと思ってたがマジでした。そういう意味をたどれば、彼女と俺が初めて出会ったあの日に「ゆかりなさん」って呼んでね? なんてことを言われたのもそういうことかと納得できる。
「すごいのはママであって、わたしはただの子供だから。お嬢様とかってもっと違うし」
「い、いやしかし……それにしては慣れすぎだ」
「嫌いになった……? わたし、キミしか好きじゃないのに」
うわああああ!! その目を、その目をやめてくれーーー! 虜になってしまうじゃないか! なんすか、俺を見つめてこの世からいなくさせてくれるんですか? 破壊力ありすぎだ! 上目遣い最強説。
「そ、そ、そんなことがあるわけがないよ」
「ホント? ホントに本当?」
ぐわおおおお! か、可愛すぎて悶絶するじゃないか! どうしてくれる! し、しかしここはアウェーだ。それを出来ないことくらい理解している。
「勿論です」
「証明して?」
「ふぁっ!? ナ、ナニで?」
「キミからして欲しいなぁ……ダメ?」
そんなことをこんなゴージャスな所で、しかも俺らを監視? しているウェイターも怖いし、他の客もみんな敵に見える。何より一番怖いのが、ピアノを弾いてる綺麗すぎる女性だ。アレはどう見てもお母さんにしか見えない。なんすか、最強のお母さんですか?
「ダ……(くっ、していいんですか? いや、したら連行される)」
「残念、料理がきちゃった。どうぞ召し上がってね。これ、全部高久くんの為だから」
「ホ、ホホホ……」
「どこの財界の御姉様なの?」
「ほ、ホントに、俺だけの料理でございますか?」
「だよ。食べて、食べて? これ、パパの部下の人が作ってる奴だから、保証するよ」
パパといえば、料理人のパパさんだが……なるほど。本物過ぎた。どうして別れたんだろうな……などと思うことはやめて、俺は食いきれない料理を美味しくいただいた。
「タッパーで持ち帰れないのが残念だよねぇ」
「ゆ、ゆかりなさんを庶民に落とさせてごめんなさい……」
「んー? 何でキミが謝ってるのか分からないけど、葛城のパパさん直伝だし。でも、美味しいんだもん。持ち帰って後ででも食べたいよね」
あの野郎。あのチャラい親父ってば、何を教えてくれやがってんの? お嬢様を庶民にするとか、許すまじ。それはともかく、美味しすぎる料理を口にしながら俺は、涙が止まらなかった。
「喜んでくれて良かったなぁ。でもね、普通に家でもどこででも高久くんと食事出来ればそれだけでいいんだ。ママは別に、いいの……ホントだよ」
「あうあうあうあう……うぅっ――(言葉にならない)」
そんなこんなで俺の誕生日は、ゆかりなさまによる豪勢で豪華な時間を頂戴して幕を閉じた。あの場における俺のアイデンティティなんぞ、何の意味も持たないのであった。
「高久、ちっとこっち来いよ」
「はいっ、行かせて頂きます!」
ちなみに今日は普通に登校していますよ。そして何の前触れも無く、階段の踊り場に呼び出されましたよ、ええ。もしやこの前、ここで俺がオイタしちゃったことを怒っておられる?
そう思っていたが、階段を上がるゆかりなさんは俺を途中で止めた。そして、彼女だけが階段の一番上で俺を見下ろしている。すみません、スカート……目のやり場がアレです。
「高久! お前はわたしに言ったよな?」
「何が?」
「わたしにお前の全てを捧げます! って」
「はて? それは確かお芝居のアドリブのセリフですね? それをまさか信じておられるのでございますか?」
「だって、ゆったじゃん! アレは本音だったって」
思い出せ、俺! 本人に言ったか? 確か夢の中では言ったような言わないような? そもそもなぜ今、それを持ち出してくれてんの。しかも上から目線……確かに俺を見下せる位置で言っておられる。
「それがマジだとして、ゆかりなは俺に何をしてくれる? というか、さっきからご褒美を頂いておりますが、続ける?」
「は? ご褒美……ばっ、バカッ!!」
そう、これは段差が生んだご褒美であり、俺が狙ったわけじゃ無い。つまり、これには何のエロスも無いのである。妹(現時点で)のスカートの中身なんぞを見ることが出来ても、ちっとも萌えませんよ?
「わたしに昨日の続きの答えを言ってよ」
昨日の答えというと、嫌いじゃないよ。その証明を見せてよ……だったかな。あれ、妹さん。ここも決してそれをしていい場所でもないんですよ? そして今は兄妹関係継続中なんですよ?
「家で言う。学校では言わない」
「今言え! わ、わたしの命令が聞けないの? 高久のくせに」
「聞けないな。俺は兄だし! 兄なんですよ? 妹さん」
「ムカつく! ムカつくムカつくムカつく!! そこを動くなよ?」
おお? どうやら上から俺を目がけて、蹴りを繰り出す為に飛んで来るらしい。これは見ものだ。そうか、その為の上から目線で上からの見下しだったわけですね、分かりました。ちっさいからじゃなかったんだ。
展開は嫁過ぎて……じゃなくて読めまくりすぎる。上から蹴りを入れようとするも、途中で失速し俺に抱きつく形で落ちて来る。そのまま雰囲気がいい感じになって、証明してあげちゃう。たぶん、それ。
「そこ、動くなよ! バカ久!」
「いいですとも! 受け止めますよ、妹の愛を」
「……ばか」
これはこのままお芝居に出来そうな勢い。まずは彼女を受け止めてあげよう。
はて……俺は今どこにいるんだっけ? どこかに横たわって寝ているのは確かなんだけどな。後頭部というか、首を何か柔らかでプニプニしたもので絞められているのは間違いないけど。
「バカ兄貴! 参ったか! 参ったって言え! 言わないと、わたしの腕の中で永遠に眠ることになるかもなんだぞ? このっ、このぉ~! 早く言えってば!」
おや? これは愛しのゆかりなさんの声ですね。声だけはかろうじて聞こえて来るものの、全く持って闇空間なんですよ? 何かの力で目を押さえつけられてて開けられませんね。
察するにゆかりなさんの柔肌な腕ですね、分かります。感触は分かったけど、完全にヘッドロックですか、そうですか。傍から見ると羨ましいと言われ続けているに違いない。
「たった6文字の言葉と、証をわたしにしてくれるだけで許すって言ってるのに、分からずや!」
6文字……あぁ、「ごめんなさい」かな? そして証というとアレですか。そんなことを今現在、どことも分からない場所でやるとか度胸の無い俺にはムリゲーでございますよ? しかし、まずは今の状況を作り出した原因を思い出してみることにする。
妹(仮)のゆかりなさんは階段のてっぺんから、俺を見おろしながら見くだしていた。まぁ、それはよしとしようじゃないか。普段は俺を下から上目遣いするくらいしか出来ない彼女だ。たまにはいいでしょう。
「そこでじっとしてろ! た、高久、わたしをちゃんと受け止めろよ!」
「へいへい」
彼女はカンフー映画の見過ぎで、あろうことか階段のてっぺんから中段の踊り場にいる俺めがけて、ジャンピングキックを披露して下さるらしい。つまり、どこかの格ゲーにいたキックが得意なキャラになりすまして俺を攻撃したいらしい。「これはセミナーだよ、高久くん」とでも言いたげな感じで。
そして彼女は跳んだ。この際スカートのことは話題から外すとして、彼女は見事に俺の腹周辺にキックを当てながら、そのまま俺の上に立っていた。この時すでに俺の意識はどこかにいなくなっていたものと思われる。
しかし、彼女は笑顔を浮かべる俺にムカついて、ヘッドロックをしながら可愛らしく返事を待っているという状態らしい。意識を落としていても笑顔を浮かべるだなんて、俺はある意味スゴイ奴。
「う~腕が疲れて来たし! 早く言え、早く早く! 誰かが呼びに来る前にわたしにキスしてってば~」
ほおぅ……もはやデレモードに切り替わっているじゃないか。しかし俺はもうすぐどこかの夢世界へ旅立ってしまうんですよ? せめて、その決めまくった絞め技を解除してくれませんか。
「ギ、ギブ……」
「違うし! そうじゃなくて、ごめんなさいって言うだけなの! 許してあげるのに~!」
いやいや、無理ですよ? 完全に堕ちますよ? あかん……意識がぁぁ。
「ねえ、そこで何してんの? って、高久!? ちょ、花城ちゃん、それやばいって!!」
おぉ……その声は茜かな。救世主キター! 後は任せた……ぐふっ。
「何って、バカ兄貴を……あ」
「兄貴? え、何? どういう意味……」




