48.平穏と冷静と妹
今何と……? よく聞こえなかったんだがもう一度聞くか。信じたくないけど。
「あのね、お母さんから条件を出されたの」
「な、なんて?」
「兄妹生活に戻す代わりに恋人関係は解消しろって」
「は? な、何だよそれ……お前、ゆかりなはそれでいいのかよ!?」
「いいわけない……だって大好きだもん。でも、多分高久くん、今は駄目になってる気がするの。兄妹関係はいいけれど、恋人関係になってからわたしのことしか考えなくなった。それって、今日の遅刻が証拠だよ。成績だって、夏休み前よりも落ちてるし……きっとわたしのせい」
「ちげーし! それは俺が勉強よりも運動に力を注ぐようになったからであって、お前のせいじゃない! 何だよお前、お母さんの言いなりなのかよ。ふざけんな」
「違うもん! わたしはわたしの意思で動く。ママに言われた通りに動いてるわけじゃ無いし!」
「じゃあ、兄妹関係をしなければ恋人関係は続くってことでいいんだろ?」
「良くない」
「何だよそれ……」
絶対言いなりじゃないか。俺たちの関係は結局、お母さんの手のひらに乗ったまま転がり放題だ。成績のこととかそれこそ言われたくない。いつも真面目にやってきたんだ。それを家から出てった親に言われたくない。
「お兄ちゃんは昨日言ったよね? わたしの言うことは何でも聞いてくれるって。だから、今は兄妹関係で思い出が欲しいの。恋人関係は、兄妹の関係じゃなくなってからいつも、いつだって続くもん……だから」
「ふっざけんなよ、ゆかりな!」
「え、ど、どこに行くの? もうすぐ授業が始ま――」
初めて俺は感情を全面的に出した。お母さんの事だけじゃない、俺の、俺自身に怒りをぶつけたくなった。そしたらもう、抑えがきかなくなった。
「――っ!?」
階段の踊り場には授業開始間際で人がいない。そこに彼女を引っ張って来た。痛くするつもりなんてもちろんなくて、それでも彼女を壁際に追いやってしまう形になっていた。
俺の意外過ぎる行動に意表を突かれたのか、思わず目をつぶり、無防備な立ち姿を見せるゆかりなさん。
「……ゃ……ん――んんっ……」
目を瞑ったまま、彼女はビクリとして俺の口付けに応えていた。観念したのか、彼女も俺に腕を回して、俺にしがみついていた。小さくやわらかい身体が隙間が無いほど密着する。
学校の中なのに、授業も始まっているのに……俺はゆかりなの柔らかな唇を奪っていた。こうしていつまでも口付けをしていたかった。でも、それは許されないことなんだ。
「……ど、どうしてこんなこと――」
「俺は謝らない。お前だって抵抗しなかっただろ」
「わ、わたし――」
彼女は俺から離れて、教室じゃないどこかに走って行った。ゆかりなとの兄妹関係と引き換えに、恋人関係を解消するなんてことは嫌だった。
しばらくしてから教室に戻ると、俺はこっぴどく怒られ、肝心の彼女は教室にいなかった。どうやら早退をしたらしい。
後悔なんてしていない。俺は、俺は……妹萌えの偉大なる高久だからだ!
「高久、お前妹プレイ中なんだろ? それはいいけど、お前にシリアスは似合わないから彼女に謝っとけよ!」
「サトル、おま……どこまで知っているのかね」
「最初から知ってる。お前が教えてくれただろうが! そんな記憶も料理で消えたのか?」
「そ、そうか。いや、悪い。サンキュー」
「ダチだから、気にすんな」
いい奴ダナー。そうか、そうだな。何だか勢いでやってしまった感が溢れてるけど、いいじゃないか。
思い出の兄妹関係。そこで思い出を積み重ねて、将来に話せばいい。
「すっ、すみません、俺早退します!」
呆気にとられた先生を尻目に、俺は妹であり彼女でもあるゆかりなさんを追いかけるために早退をすることにした。以前までの自分ならたぶん、ここまで彼女のことを気に掛けることは無かった。
全ては俺の暴走が招いた結果であり、下手にシリアスぶってキスまでしちゃったことは大いに反省すべきなのである。いや、本当にどうかしちゃっている……それが今の俺。
ゆかりなさんが早退をした原因はもちろん俺。そして彼女が帰った先は、恐らく俺の家……なわけがなく、俺の天敵でもあるゆりなお母さんの所に行ったに違いない。実のところ、お母さんがどこにいて何の仕事をしているかなんて気にしたことも無ければ、関わろうともしなかった。だけど今回は事情が違う。
「おっ? 高久君じゃないか。って、学校はどうした? も、もしや、決心がついたのか?」
「い、いや、あの……ここにゆかりなは来てないんですか?」
「ん? 授業中だろ? 来てないぞ」
「そうですか、すみません! あ、ついでにゆりなさんは今どこに?」
「仕事のはずだが……どうした? 何か……」
「いえいえ、何でもないです。失礼しましたー」
パパさんの方にはいなかった。お母さんもどうやら仕事のようだな。ということは、俺の家に戻っているのか!? その設定は生きているんだな。それならば俺もキミの兄として迎えに行こうではないか。
「た、ただいま……」
返事が無い……ただの部屋のようだ。そういえば玄関に靴はあっただろうか?
油断していたら、俺の部屋のドアがスーっと開いた。こ、これは、何かいる!? これは素直に怖いぞ。
「ひっ……だ、誰かいるのかな?」
「部屋に入れよ、バカ兄貴……」
「は、入らせて頂きます。俺の部屋ですけど」
「うるさい!」
あぁ、彼女の罵声は健在だ。何となく安心を覚えた。Mじゃないですよ? ベッドと勉強机と……その他どうでもいいものしかない自分の部屋に、彼女はちょこんと座っている。可愛すぎか!
「な、何で早退を?」
「言わせたいわけ?」
「いや、でも……聞きたい。だから、聞かせてくれないかな? ゆかりなさんの気持ちを」
「嫌です」
むぅ、これは完全に拗ねておられる。ど、どうすればいいんだ。こういう時に恋愛スキルが低いのが俺の欠点であり、正確には失恋スキルだけが高いのが俺の問題でもあるわけだが。
こういう時は温かい目で見つめるのがいいと、どこかのキャラが教えてくれた。俺もそれに従おう。
「こっち見んな!」
「いやっ、せめて優しい気持ちで見守ろうかなと……」
「キモイからやめろ!」
「ハイ……」
八方ふさがり! 何で俺はこんなにも緊張しまくっているのだろうか。階段の踊り場であんな強引で大胆過ぎることをしたのに。
「そんなに好きなの? わたしのこと」
「す、好きだ。妹としてもそうだし、彼女としても大好きだ!」
「そ、そうなんだ……ふ、ふぅん」
む? この反応はどっちなのかい? し、しかし、どうにも進まないぞ。どうすれば平穏と日常と冷静を取り戻せるのだろう。
考えろ俺! こんな時こそ真面目ぶって勉強しまくった成果を出さなくてどうするよ。




