45.保健室とゆかりなさん
朝になり教室に入ると、何やらいつもよりもガヤガヤしている気がしていた。俺とゆかりなさんは当然のように一緒に登校してきている。
席も遠くないのでそこまで一緒に歩いて行くのだが、彼女だけは普通に席に着き、俺はパン仲間に囲まれてちやほやされた。
「おっす! 高久、お前スゲーな!」
「ん? 何が?」
「またまたぁ~さすが漢だな! 救ったらしいじゃんか、花城を。しかも体を張って!」
「ほ? それはどこ情報だ?」
「あぁ、それはもちろんSだ!」
サトル! 実は見張っていたのか!? それとも弟が心配だったとかか。
「おはよう、サトル様。ご機嫌如何ほど?」
「おす。何だ? 高久のこといい感じに広めたけど、嫌だったか?」
「いや、それはいいけど……お前、昨日実は壁際にステルスしてたとかじゃないよな?」
「それは無理だ。だけど、目の届く範囲で見守ってた。もしお前が空良をボコボコにしたら抱えて帰ろうかなと思ってたしな」
「冗談キツイなあ。俺は平和主義者ですよ? むしろサトルが何者だよ!」
「兄貴。そんだけだよ。まぁまぁ、これからもよきパン仲間でよろしくな!」
パン仲間にして、もはや頭の上がらない友人サトル。深入りするとやばそうだ。味方をしてくれているってだけでもありがたいし、つっこむのはやめとこう。
ふと前の席から視線を感じたので目で追って見ると、何とも照れ笑いなゆかりなさんが、俺に微笑んでいるではありませんか。なんだよ、可愛いなぁ。
しかし俺としてはあまり目立ちたくない。だからサトルが広めてくれた俺の英雄伝も、決して俺にとってはプラスになるとは限らない。
「今日はバレーボールすっぞー! 英雄の高久、お前、兵器な!」
「ホワット!? 兵器? なんすか、人間兵器? 凡能なのに!?」
何故か体育の先生にまで英雄伝が広まってるんだが……というか、兵器ってなんざんすか?
「ほい、ボールな。で、そこから助走して飛べ! お前なら出来る!」
「んん? あー……前に梓とかいうヤツがやってたアレか! ならやってみようじゃないか」
俺は跳んだ。思いきり助走して、ボールに手を当てることだけを考えて見事に当てた。しかし……。
「いったぁぁぁぁい!!」
「げげっ!? な、何でそこを歩いていたのかな」
「ふっざけんなーーーこら!! た、高久ーーー」
俺の放ったジャンプサーブなボールはどういうわけか、後ろを歩いていたゆかりなさんの後頭部にヒットしていた。彼女を救った俺は、急転して悪い奴に成り下がった。
「後で保健室連れてけ! バカ野郎!!」
「ひぃぃっ!? は、はいっ、もちろんでございます」
花城と変なコトするなよ? などと、野郎連中に肩を強く叩かれながら、俺とゆかりなさんは目的地の保健室に向かって歩き出した。
「……はー」
「えーと……」
「ウソつき! ウソつきウソつきウソつきーーー!!」
「え? ええ?」
「守ってくれるってゆったじゃん!! なのに、逆にわたしを傷つけるとか、何だよ!! 高久くんはウソつきだーー! ムカつくムカつくムカつくーー!!」
「い、いや、あれってわざとじゃないんですよ? あのボールには俺の意識なんて、全然入ってなんかいないんですよ? アレを俺の攻撃と言われるとさすがにへこむなぁ……」
意図しない所からのボールは、見事に彼女の後頭部をヒットした。もちろん彼女的にはそんなに大ダメージを負うほどでは無かった。無かったけど、打ったのが俺でなおさら驚き、大声で叫んでいた。
「そ、そんなに痛かった? ご、ごめん」
「違うし! 違くて、どうしてキミってわたしに当てちゃうの? わたし、ただ歩いてただけなのに! そんなにわたしを追いたいの?」
「へ?」
「何でボールで当たって来るかなぁ……当たりたいなら、君自身が当たって来いよ!」
「ほえ? えーと、それはつまり……?」
ここまで元気なら保健室に行かなくてもいいんじゃないだろうか。それでも彼女の足取りは何故か軽すぎるくらいに、保健室へ向かっている。
「高久、入れ!」
「はいっ! 入らせて頂きます」
当たったボールは確かに痛かったから叫んでしまったようだが、単に保健室に来たかったのかな?
「先生いないしこっち、ここに座りなよ!」
「えーと、そこはどう見てもベッドですが? そこはまずいのでは?」
二人きり。俺としてもゆかりなさんと保健室という空間でいちゃつけるチャンスなのは十分すぎるほど分かる。
「気持ちは分かるけど、俺はこう見えて真面目だからね? 外ではアレだけど、そんでもってゆかりなのことは好きだよ。ボール当てたのもごめん! でも、そこは抑えようか?」
「むーー……」
保健室のゆかりなさんが手招きしているゾーンに向かうことなく、背を向けた。
「こ、この野郎! 逃げるなって言ってんだろー!!」
「むっ!?」
仕方なく体を正面に向けてみた。気付いたら彼女が俺めがけて体当たりという名の突進をしてきた。丁度俺の腹に彼女の顔が突っ込んできた感じである
痛みは無く、むしろもの凄く間近に彼女の頭と顔がある状態だ。
「た、たっ、高久……くん」
おや? 顔が真っ赤になっておられる。俺の顔が間近過ぎて途端に恥ずかしがるとか、どんな可愛い生き物なんだ。こんなに近すぎると俺も妙に緊張してしまうじゃないか!
ドクンドクンと心臓がやばいんだが、どうすればいいのでしょう。キ、キス……いや、それはあかん。
「……何してるのかな? キミ達は」
そんな時、俺の背中から養護教諭らしき声が聞こえて来た。これはやばいぞ。下手なこと言ったら親を呼ばれる! 何か考えよう、俺。やればできる俺!
恐らく、ゆかりなさんは保健室というか二人きりになれるところにいたかったのであって、そこに野郎どもが考えるような意図は無かったのだと断言できる。
そうじゃなければ先生が来た時に、あんなに冷静に返しが出来るはずがない。
「え、えーと……」
「あ、先生。すみません、わたしさっきの体育でこの人にボールを頭にぶつけられちゃったんです。だから、消毒とか適当に探してもらってましたー」
「あら、そうなんだ。キミは?」
「……花城の同じクラスの葛城です。すぐ出て行くんで、すみません」
案外冷静だった。俺だけが妙に緊張してただけで、ゆかりなさんはきちんとした女子だったようだ。そう思いながら保健室を出て行こうとする俺に、彼女は引き留めをして来た。
「ごめんなさい、葛城君は最後まで残っててもらっていいですか?」
「え? いや、俺はさすがに教室に戻るよ」
「残っててくれないと報告するけど? いい?」
報告……? 誰に? パパさんか!? それともお母さんか? ど、どっちにしても俺だけがピンチじゃないか! くっ……弱み握られすぎるぞ俺。
「ぐぐ……残りますよ? 残りますとも!」
「それじゃあ、葛城君は花城さんの後頭部を優しく撫でながら抑えてて。少しだけ腫れてるのが見えるし、薬を塗っとくから。痛みが引くまで付いててあげてね。私は事務的なコトをしないとだから、離れないとなの。少しでも責任感じてるなら、花城さんの傍にいてあげて下さいね」
「はい、分かりました」
そうか、やはりというか少しは腫れていたんだな。何だよ、そういうの言わないで俺に体当たりとかするなんて、コイツ……。
「くそっ、ゆかりな――」
「んー? 何ですか? カツラギくん」
「ムカつく! お前、可愛すぎてムカつくぞ、マジで!」
「なっ!? た、高久……それ、そんなこと今言うとか、卑怯すぎ!」
「ホントは怪我してたんじゃねえかよ……それをお前、言えよ。何で冷静ぶってんのか、訳わかんねえよ」
「高久くんに責任とか負わせたくないっていうか。だから、気にすんなよ!」
「故意じゃなくてもボールぶつけたのは俺だし、そういうことならゆかりなの頭をずっと撫で続けたっていいし、遠慮すんなっての!」
「ほほぉぉー!」
「ん?」
「高久くんが成長してるなーって思って、わたしは素直に嬉しいなと思ってますよ?」
「んん?」
「そんなわけだから、高久くんはわたしに頭を出しなよ!」
「あ、あぁ……」
「よしよし……高久くん、いい感じだよ。成長してるなぁって思ったら逆に冷静になれたわけさー」
俺からなでなでするつもりが、撫でられていた。ボールをぶつけたことを密かに負い目を感じていたものの、こうして彼女から慰められているとか、俺はゆかりなさんには敵わないのかもしれない。




