43.幻の女の子
「あのー、何故急にそんな俺得なことをおっしゃるのでございますかね?」
「だってびしょ濡れじゃん? 服を乾かしたいわけさ~」
「黙ってその辺を歩くだけでも乾きますよ?」
「……たかくんはわたしを抱きたくないの? わたし抱かれたいのに」
「まてぇい! その言い方は誤解をもの凄く招く! 抱っこと言いなさい!」
「同じじゃん。とーにーかーく、メリーゴーランドに早く行こうよ! わたし、あの白い馬に乗りたい」
ふぁっ? 俺が抱っこしながらメリーゴーランド? ゆかりなさんの体が浮いた状態になる……水が地面に落ちる、乾きが早い……それですか!? いやいやいや、それはいくら何でも。
「わ、分かったよ。だけど、ゆかりな……あんなとこやそんなとこに触れるけどいいんだな?」
「いいよ? たかがお姫様抱っこだし。その代わり、抱っこの高さは維持してね? しなかったらひどいよ?」
「はひっ! ガンバリマス」
まさにこの日の為に鍛えていたと言っても過言じゃないかもしれない。いくら華奢でも、可愛い女子一人を抱っこするのだって、結構な腕の力が必要なのだ。特に俺の様な運動凡能な初心者は。
そんなわけで、ゆかりなさんの背中と膝裏に手を回し、持ち上げた。
「わっ……上がったー」
「そ、そりゃそうだろ」
「た、たかくんが近い……」
そんなことを耳元で言われるとくすぐったすぎるじゃないか。しかしここはマジで集中だ。人前だし、馬がそもそも動いてるし。抱き上げたゆかりなさんは落ちないように身を寄せてくる。
俺の腕の中で、ゆかりなさんはドギマギしているようだ。自分で言っておいて、実際にやってみると結構照れくさかったようだった。
ゆかりなさんを俺の胸元に向かせて、抱きしめた状態で乗るという俺得な状態だ。
「た、たかくん、揺らすなよ?」
俺だけに掴まった状態で乗ると、捕まる部分が俺という不安定な生き物しかいないので、ゆかりなさんは俺にしがみつく。俺は彼女を抱っこした状態で、馬の首をしっかり掴んだ。メリーゴーランドが動き出すと、緩やかに回りながら上下に揺れる。
「ひゃぁっ、これって想像よりも結構こわっ!」
ギュッと腕に力を込めるゆかりなさん。
「そうか?」
俺は白馬の首を掴む手の力を緩めてみた。すると俺の揺れが不安定になり、不安が上回ったのか、言葉遣いが以前のように戻っていた。
「やだっ!! 高久! 落ち、落ちるぞ、この野郎!」
俺はまたしっかりと白馬に掴まって彼女をしっかりと支えることにした。
「スリルあったろ?」
「ふ……ざけんなよ! マジで! たかくんのいじわる……このサド野郎!」
彼女は涙目になりながら俺に罵倒を繰り返していた。でも、ずっと俺から離れることなくしっかりとしがみついていた。そんなこともありながら、いつの間にか服が乾いていた。俺式、ゆかりな乾燥機である。
どうやら俺以上に、言った本人が一番恥ずかしくなっていたらしく、白馬の回転が終わって出口から出ようとすると、彼女は途端に素に戻って猛ダッシュでいなくなった。
「わ、わ、わたし、頭冷やして来るーー!!」
「えっ? お、おい? ゆかりなさん!?」
まさにポカーン……とその場に残された俺。俺たちの一連のソレを眺めていた人たちは、恐らく「やはり逃げられたな」とか、「無理やり感があったしな」などと思っているはずだ。いつだって俺は悪者だ。
それでも公衆に罪は無し。そして俺が彼女をお姫様抱っこしたことにも何の罪悪も持たない!
「ゆ、ゆかりなさーん!! どこかなー?」
それこそ人がたくさんいる場所で叫ぶのは、羞恥心がやばいぞ。かと言って迷子になったのは彼女であって、俺じゃない。ここは迷子センターにお願いを……?
「迷子のお知らせです。お兄ちゃんである高久君が待っています。ゆかりなちゃん、お兄ちゃんを泣かせないように早く迎えに来てあげてね」
いかーん! そんなのはいかんぞ! どう考えても俺が迷子じゃないか! 駄目だ、自力で探そう。
「おにいちゃん……こっち」
ん? 声が下から聞こえて来る。というか、足元に何かいる。
「こっちだよ。ついてきて」
「あ、教えてくれるのかな? ありがとうね。キミはどこの子なのかな?」
「あっち」
「どっち!?」
うむむむ……実を言うと小さな子……特に女の子はどう接すればいいのか分からない。それが脆弱すぎる俺、高久の欠点でもあるのだ。
どういうわけか、俺をゆかりなさんの所に連れて行ってくれようとしてくれている。しかも迷いが一切ないぞ。もしかしなくても俺が迷子でこの子はナビゲーターか何かなのか?
「ついたよおにいちゃん。ここにおねえちゃん、いるよ」
「う、うん。ありがとね。ところでキミのお名前は?」
「……わたしのおなまえは、おにいちゃんがきめてね。バイバイ……」
「へ?」
って思ってたらどこかにいなくなってた。何だったんだ……それにしても、ゆかりなさんに若干似ていた気がしないでもない。も、もしや、俺だけに見えていた子か!?
なんてありもしないことを考えながら歩いていると、前方のフードコートにポツンと彼女が座っていた。
「あっ! た、高久くん。迎えに来てくれたの?」
「お、おぅ。ゆかりなに聞くけど、妹とかいないよね? 小さくて小さい女の子」
「は? 高久くん、まさか誘拐したんじゃないよね?」
「い、嫌だなぁ。はは……」
あの子はきっと迷子ナビゲーターだったんだ。そうに違いない、うんうん。そうだと言ってくれ。不思議と怖い感じも無かったからそれが幸いでもあったんだけど。
「それはともかく、俺から離れてどこかへ行くなよ。ゆかりながいなくなって、俺はマジで泣きそうになったぞ」
「ごめんね。ここで落ち着くまで座ってたの。迷子センターに言いに行こうとしてたんだけど、そしたら高久くんが来たから、行かなくて済んだけど。迷子にさせてごめんなさい。泣かないでね、もうそんなことしないから、ね?」
なんか気付いたら俺は泣いてた。探していたのは俺だったのに、ゆかりなさんを見つけて姿を見ただけなのに、俺だけがすごく涙を流してた。俺ってゆかりなさんがいないと駄目な奴なんだ。




