42.パン仲間と疑惑な俺たち
俺が知らないだけで、どうやらゆかりなさんは色んな部活に顔を出すくらいの人気者らしい。そのことを教えてくれたのは、パン仲間のサトルだ。パン以外に実は情報通なのだろうか?
「もしかしてサトルは花城のことが……?」
「……まさか。お前の彼女だし、ウワサのパパもいるだろうし、俺とは違う女子すぎてお話にならねえよ」
「それにしては情報の入手精度が高いぞ? 新作パンの情報だけじゃないのか? ちなみにパパは本物だからな。間違っても危ないパパじゃないぞ」
「ほぅ? てことは高久はパパと接触したわけか。とりま、おめでとう!」
「よく分からんが、ありがとう?」
パン仲間にして第一の友人でもあるサトル。なんだかんだでいい奴だ。実はぼっちだった俺を、ぼっち集合体に誘ってくれた奴でもある。
つまりは、パンへの愛が認められたということを意味している。
「で、そんな花城だが、後輩人気がやばいんだよな。先輩は諦めてるみたいだが……彼氏としては心配になる情報だろ?」
「心配は心配だ」
「でもまぁ、花城は告白にはきちんと返事をしてるし、ハッキリ言う性格だ。それこそお前の心配がいらないくらいに。タチの悪い後輩もいないし平気じゃね? まぁ、厄介な奴も中にはいないこともないが……あいつくらいか」
「あいつ?」
「あぁ……まぁ、お前なら問題ない。気にするな」
ゆかりなさんもだが、コイツもか! 肝心な事は言わないなんてどういうことだよ。
「高久は、花城には偉そうにしてるのか?」
「ん? い、いやいつも通りの俺ですよ?」
「おかしいな。ウワサじゃ、花城って上からの奴に弱いって聞くけど、そうじゃないのか?」
「上からの? それって身長とかじゃなくて態度とかか?」
「それな」
バ、バカな……俺はそんな天下を取ろうとする態度で彼女を弱くしてるつもりは……あ。天下取ろうとしてた。お母さんには負けない! 絶対奪うぜ! な態度が自然になってたのか? ナンテコトダ。
「そ、それって嫌な奴に見えるのかな? どうかな、サトルくぅん」
「キモイからやめろ! 嫌な奴じゃないけどキモイ。高久は大事な仲間だ! パンのな!」
キモイと嫌な奴は同義じゃないのかね?
「――ちょっと、葛城くん。廊下に来いよ」
「ハイッ! 行きます」
「どう見ても逆だなアレは。高久、頑張れよ」
同じクラス連中の見方は明らかだ。俺よりもゆかりなさんの方が上からの態度であるということを。
「高久くん、あ、あのね……わたし、ウワサとかあるみたいだけど、そんなことないから。だから信じてね。部活だって別に入ってるとかじゃなくて、お手伝いだから。告白とかされても断わってるし。だ、だから……」
そしてこのギャップが萌え萌えである。俺と二人きりでは明らかに違うのである。
「悪い、聞こえてたよな。俺もウワサなんて気にしてないぜ? ゆかりなは俺のモノだし、渡さねえし」
何て言いながら彼女の頬に手を当てて、上から(身長的な意味で)彼女に微笑む俺。
「ん、うん。わたしは、たかくんの……だから」
ウワサはともかくとして、土曜日になった。お母さんの言いつけを完璧に守らなければいけないのは、俺から会いに行ってはいけないこと。じゃあ、ゆかりなさんが俺に会いに行くのはセーフなのかと言われれば、それは微妙らしい。
幸いなことにゆかりなさんは、部活なんかもそうだが俺と違ってアクティブな女子である。土日もどこかの誰かと、何かの活動をしていることがあるということで、お母さんはその相手まではさすがに突き止めない。
「あはっ、高久くんに会うとか言わなければだいじょぶだよっ!」
「(萌え死にさせるつもりがあるのかい?)デスヨネー。てか、それはゆかりな的には大丈夫なの?」
「わたし、こう見えて――」
「小さいですから?」
「しばくぞ? あ?」
「ナンデモナイデスヨー」
最近の俺の反省すべき点。俺のせいで変なウワサが広まるどころか、態度が上からの奴に弱いだなんて拡散されたとなれば、確かに彼女をよく知らない後輩は狙ってくることは間違いない。
そんなわけで、まだ俺と付き合う前の小生意気で小悪魔な、ゆかりなさんを取り戻す計画を実行中だ。あえて、挑発的なことを言ったり怒らせたりして彼女の本質を引き出すのが狙いだ。もちろん、俺はMじゃない。
しかし俺に強気な態度や毒を吐いていたのは本当に初期の頃であって、俺がゆかりなのことを「好きだ」なんて言い出した辺りから、彼女は俺を別な角度から見るようになったのは否めない。
「んー……ねえたかくん。水は好き?」
「水着に期待はしませんが、好きですよ? それが何かな?」
「じゃあ、濡れに行こっか! 好きってことだからわたしも安心出来るし」
な……!? ぬ、濡れに? いやいや待て待て、これは恐らくアレだ! 遊園地のアレに違いない。
「ちなみに聞くけど、遊園地かな?」
「何で分かったの!? そ、そうだよ。暑いし、キミもわたしも水に濡れたいじゃん?」
断言ですか? 当たりですね……ってことは、そのヒラヒラなフリルとかいうヤツを着ながら、バッシャーンするというので? いやいやそれは周りの野郎どもの目が光るぞ?
さてここで、俺流のキュートすぎるゆかりなさんの外見を明かしていくとしよう。自分の彼女……ゆかりなさんのことは、妹の時からずっと観察記録を続けて来た。これすなわち、余すところなく見て来たわけである。
全体的に華奢でちっさい女子である。髪はショートで真っ黒。非常に撫で甲斐のある丸みを帯びた頭であり、髪の毛なんかはいつもいい香りがしそうで近くにいつも立っていたい。
首も手足も細くて、肌も白く……そして小悪魔!
「え、なに? な、何でそんなに見つめてるの? 何かおかしいかな?」
「いや、ゆかりなって何かの香りがするなーと」
「え? 変態だと思ってたけどずっと嗅いでた? それとも汗がやばいとか?」
「いや、平気だぞ。じゃあ、ゆかりな。何から行く?」
「もち、うぉーたぁコースター!」
「デスヨネー……(くっ、落ち着け俺。もう気絶はしないはずだ)」
俺は運動無能者から微妙者となり、現在は運動凡能……つまり、ようやく人並みになった。第一回目の遊園地デートでは見事に気絶し、観覧車の上空で自分を取り戻したという黒歴史がある。
「そ、その……怖かったら手を握って来てもいいからな?」
「や、それは、たかくんの方な!」
「ハイ……」
「っていうか、い、今から握ってちゃ駄目……かな? じー……」
はい、来ました。伝家の宝刀、上目遣いですよ? 駄目なわけがないじゃないか! 握っててやるぜ!
「ほら」
「ん、ありがと」
考えてみればこういう時でもない限り、ゆかりなさんと手を繋いだりすることがほとんど無くなっている。学校では俺による禁止を発令中だし、家の近くや登下校でやろうもんならどこからか吹き矢が飛んでくるかもしれない。だからデートとかがチャンスでもあり、いちゃつける時間でもあったりする。
俺が手を出すと、彼女はそのか細い指を絡ませてきて、いわゆる恋人繋ぎをしてきた。指同士が密着している面積が広いし、そう簡単には離れない繋ぎ方だ。心の中じゃ、ひゃっほーい! 俺得俺得していますよ。
「んーー! 楽しみだねっ! めっちゃ怖い思いをして、ずぶ濡れになりたいな。てか、それ希望!」
「……ゆ、ゆかりな。もし怖すぎたら俺をずっと見てていいぞ?」
「それって――早々に気絶するからどんな顔してたかを記憶に刻んでおけって意味? ウケる―!」
「お、お前なぁ……」
「うそうそ、それは無理だよ。だって、たかくん見てたらドキドキしすぎて緊張して、楽しめなくなるもん……で、でも、わたしのことは見てていいからね?」
「あぁ、見ててやる」
そして俺たちの番となった。ゆかりなさんは俺を見ながら、絡ませた指をさらにギュッと強く繋いだままだ。
「キャーーーーーーーーーーー!! 気持ちいいねーー!」
「お、おぉぉ……も、もちろんでございますよ」
コースターはあっという間に急降下。メインでもある、深々と満たされた水の中に突っ込んだ。
「つめたーーい!! でも、気持ちいいーー!」
「おぉぉ! た、確かにこれは効くぜ!」
俺もゆかりなも見事にずぶ濡れである。そして彼女のヒラヒラは水を吸いまくっていて、視線に困る。
「どこ見てんの?」
「いや、えと……」
「嘘。たかくんにずっと手を握ってもらってたし、見つめてもらってたからすごく嬉しかったよ!」
「お、俺も、ゆかりなに見てもらってたから安心したせいか、気絶しなかった。ありがとな」
そんな自然な会話の流れで、なでなでしようと試みるも、頭も濡れていたのでさすがに却下された。
「歩いてればすぐ乾くけど、どうしよっか?」
「ふむ……これだけ暑ければ確かにそうだな」
「あっ! そうだ、たかくん。わたしをお姫様抱っこしたいでしょ? していいよ、許す!」
はひ!? お、お姫様抱っこ!? 公衆の面前で? お、俺がですかい。なぜそうなった……?




