39.SNな関係!?
全く気にしていなかった学期の移り変わり。
夏から秋へ向かって行くということで先生の気分が変わり、俺を一番前から後ろの席へ移動させてあげると言い出した。
確かに目は悪く無いし、別に前じゃなくても勉強する姿勢は変わらない。
「またあいつかよ」「パン仲間が旅立っていくのか」「また病院に送ってやろうか」などと、男連中は勝手に妄想を膨らませている(誰だ病院に送った奴は!)のだが、先生は俺以外の人だけを自由希望制にしてくれやがりました。
そして俺の指名席は廊下側の一番後ろで右側は壁である。
「葛城君、よろ~!」
「高久くんって呼ぶんでよろしくね!」
「じー……」
何と不思議なことでしょう! 俺の席は女子オンリーで包囲されておりますよ? いつからこうなったんですかい?
勘違いしている男(パン仲間含む)どもよ、よく聞け! こんなんでモテていると勘違いしてはならない。
「高久君って、頭いいんでしょ? 期末近くなったら教えてね」
「葛城君って、パン専用なの? そうじゃなかったら、一緒にご飯食べよ?」
「じーーーーーー……」
先生は俺に何の試練をお与えに?
さすがのゆかりなさんも近寄って来ないではないか。
休み時間になると、まるで転校したての……いや、違う。まるで天然記念物を見るかのように撮影されまくってるんですが、俺が同じフレームに入ったって映えませんよ?
「ねえねえ、この前サンプル配ってたでしょ?」
「まぁ、そうだけど。それが?」
「ウチもそこにいたんだよ? 覚えてる? 覚えてないかな?」
「はて……一緒にいたのはメイクばっちりなお姉さまくらいしか思い浮かばんぞ。まさかこいつ、お姉さまか? まるで色気が――」
「キミはかなり失礼な奴だね。まぁ、そこがかえって面白いんだけど」
「(むー!! ムカつく! 何でこんな席になってんの? 高久くんに近付けないし! 特にあの女!)」
まさかの席替えで、まさかの包囲網。これには俺もゆかりなさんも、同じ教室にいながら簡単に近付くことも出来なければ、話すこともままならない。
「ところで疑似お姉さんの名前は?」
「ウチ? 出会ってすぐに紹介したんだけどなぁ……ウチは、茜。堀川茜だよ。呼び捨てでよろー」
「嫌です」
「え、嫌なの? ショックなんだけど……」
そうじゃないだろ! 俺が「嫌です」なんて言ったら、彼女はきっと「あ?」なんてドスの聞いた可愛い声で凄んでくるはずなんだ。違う違う、そうじゃ、そうじゃなぁいー!
「あー仕方ない。茜の話は後で聞く。今は俺、大事な用があるからまた後にしてもらっていいか?」
「いいよ。大事なんでしょ? 花城さんのこと」
「そうです」
「おー即答だ! おけおけ、いっといで」
俺に気があるのですかい? だが、無駄無駄ぁ! そして女子たちの壁を無理やりにでも通り抜け、俺はゆかりなさんの前に姿を現わす。
「な、なに? どうしたの……って――」
「何も言わずに、こっちな!」
「ちょっ、高久くん!?」
ズンズンズンと容赦なく廊下を進みながら、ゆかりなさんの手をしっかりと握ってまずはどこへ行こう? この際、次の授業なぞ知った事か! なんて、嘘ですよ? いつの間にかお昼になっているんですよ?
「離せ、バカ!」
「離しませんよ」
「……言いつけるけど?」
「ごめんなさい、今すぐに開放しますから!」
「――で?」
お母さんを技として使うとは恐ろしい子。しかし現状は平伏すのみ。何も逆らってはならぬのだ。まずは現状維持しつつ、ゆかりなさんの心を俺に……。
「何で俺の席に来ないの? お前、休み時間にはいつも来てただろ」
「それはわたしのセリフなんだけど? 高久くんに来て欲しいのに! なのに、何なのアレ! ふざけんな、マジで!」
これは思ったよりもいい反応だ。俺に来て欲しい。行くのは簡単だが、今はその想いを募らせることを優先させて頂く。
「何か知らんけど、俺の席替えは先生の指名だ。でも、他の女子とかお前もそうだろうけど自由じゃないか。何で猛ダッシュで俺の席近に来なかった?」
「そ、それは、だって……あんな風に女子が行くなんてこれっぽっちも思ってなかったし……わたしだけが行くのかと思ってたから、だから」
「ゆかりな。お前は俺が近くにいないとお前もぼっちじゃないか。だから、女子たちをすり抜けて俺の席に来いよ。俺、待ってるから!」
さすがにこんな胡散臭いセリフには「あ?」とか、「しばくぞ?」とか言いそうだ。
「う、うん。い、行くから。わたしから会いに行くから、だから待ってて」
「あぁ、待ってる」
「じゃ、じゃあこのまま教室に戻って学食に行こ? たかくんと食べたいもん」
か、可愛い……あぁ、いかんいかん。
「(キリッ……)」
「きっとだよ」
「おう」
うおおおお! 俺の強引な策は実った! まずは第一ミッションクリアだ! そして、次は学食だ!
「い、いやー……あの、嬉しいっちゃ嬉しいんですよ? だけど、もう少し離れようか?」
「イヤ!」
「し、しかしですね、ここは学校でしかも学食なんですよ? いくら彼女だからってこんなに密着されては困るよ。また病院に行くことになったら嫌だぞ」
「だって、わたしSだもん! だから離れられないし」
「ホワット!?」
え、S!? エスと言うと凄みのエス……サディスティックなエス……制服サイズがエス……あぁ、どれも当てはまるではないか! てことは、俺はMですか? 真面目のエム、マゾイえむ? マンネリなエム?
「見たら分かる、分かるけどゆかりなはSSじゃないの?」
「は? バカにしてんのか?」
「ち、違うって。すごく素晴らしいってイミダヨ」
「高久くんはもちろん、Nだからね? だから付かず離れずじゃなきゃ駄目だもん」
「エヌ!? エムじゃなくて? いや、Mじゃないですよ」
な、何だ? 何なんだ? ゆかりなさんがSで、俺はN? なんのこっちゃ。しかしそれが分からないと、周りの野郎連中の見る目がおかしなことになりそうだ。
「ねえ、わたしのこと、好き……?」
何で今それをここで聞くんですかー? もしやライバルらしき女子が現れたから、彼女の中で何かが限界突破でもしたのか?
「い、今は言えないな。俺はTPOを守れる男ですから」
「何でそんなこと言うの? どうしてわたしに反発するの? ねえ?」
「そ、そんなこと言われましても」
反発!? SとN……磁石か! そうかそうか……だからどうしたというのかね。分かった所で景品も出ないし、くっついたまま離れてくれないぞ。誰も居ない所ならともかくとしても、学食で前科がこれ以上増えるのはさすがに。
ということで、これは大いなる賭けであり、もしかしたら彼女は悲鳴を上げて俺をボコボコにするかもしれない。
実は密かに氷水だけを飲んでいた俺は、小さな氷を手の平に隠してそれが融けるまで握り続けていた。そして、近すぎる彼女の首すじにその手をスッと触れさせてみた。
「ひゃぁぁぁっ!?」
「ど、どうかね、暑い夏にはこれが効くぜ!」
「バ、バカ野郎ーーーー!! サイテー! バカッ!」
「ハイ……おっしゃるとおりでございますことよ」
「で、でも、そういうことは部屋でやってよね」
「ハ?」
「わ、わたし戻る! チャイムが鳴る前に高久くんも戻れよ! じゃ、じゃあ行くし」
「ア、ハイ」
あのまま俺をボコボコにしてくるかと思っていたのに、部屋でやってもいいよ宣言!? うーむこれは喜んでいい事なんだろうが、その代わり学食内の女子からひんやり過ぎるほどの視線が来てますよ。
ゆかりなさんと俺とで想い方に変化が出てきたってことなのか? それとも普段会えないからなのだろうか。




