38.お約束的な何か
「……トントントントントン――」
「あ、いや、あのその……」
「ドンドンドンドンドン……!」
「いやーはは……リズム感がいいですよね」
さっきから目の前のゆかりなさんは、俺の家のテーブルをリズミカルに指で連打し、先程から握りこぶしで叩き始めている。原因はもちろん、俺の優柔不断な態度である。
彼女のカバンにごそっとサンプル品を入れてしまったがために、まるでまき餌の様にボトボトと道行く人に拾われ、結局家に着くまでに一つも手元には残らなかった。もちろん、彼女が怒っているのはそれが原因じゃない。
「何をするのか聞いていい? それによっては通報しますけど?」
「いやいやいやいやいやー! ここはあの、一緒に住んでた家ですよね? いくら何でもそれはないぜー!」
「あ、もしもし……わたし、誘拐……」
「わーわーわー!!」
「もごもごもご(通話ボタン押してないんだけど?)」
「おおう! そいつは良かった!」
おふざけはここまでにしてマジでやばい奴、それは俺。お母さんの目を逸らしておいて娘を連れて来るとか、それはあかん。
ということで、俺は料理人のパパさんに電話をしていた。
「パパさんにお願いがあります。辻褄合わせをお願いしたいです。その代わり、俺はいずれパパさんの元で……」
「分かった。高久君は気に入ってるんだ。なぁに、俺が何とかするよ。だから、娘を頼むぜ! あ、ちなみにキス以上のことをしたらぶっころ……衣を揚げる修行を開始するのでよろしくー」
あれが本性か。婿にはならんけど、料理はもっと覚えたいのは確かだ。問題は彼女をどう料理……ではなく、どうやって心を開かせるべきか。
俺が夏休みに失恋し、なおかつ仮妹であった華乃ちゃんの技を使わせてもらおう。
「高久くん、わたしどうすればいいの? ママは?」
「ゆかりな……俺、頭がかゆい。掻いてくれないかな」
「は? 自分で掻けや! ボケ」
「じゃなくて、お前の顔を近くで見たい。なんせ久しぶりだから」
「い、いいけど」
よしこーい! あと少し……ほんの少しだ。
「なに? その広げた両手。何か変なことしようとしてるだろ? さっきから何か気配がおかしいと思ってたけど、わたしをどうにかしようとして家に連れてきた。そういうことなんだろ? 何とか言え、高久!」
――ぎゅうっ!
「!?!?」
何やらぶち切れそうだったゆかりなを、無理やり引き寄せて胸元に顔をうずめさせた。これは所謂思いきり抱きしめてる図である。
「ゆかりな、お前……俺が好きだろ? 俺もお前のことが好きだ。だから――」
「たか――く……んんんっ! んーんーんー!!」
「ゆかりなっ! 好きだ、俺、お前がっ!」
「んんんんーーーー!! 殺す気か!」
いわゆる両手で彼女を羽交い絞め? じゃないが、思いきり抱きしめながらキスをしちまったが、危うく窒息させるところだった。
「わ、悪い……でも、俺の気持ちはマジで……だから、今すぐじゃないけど俺はお前を――むぐぐぐ」
おいおいおい、今度は俺を窒息させる気か!? ゆかりなの小さな手が俺の口を塞いでくれやがりましたよ?
「ん、約束ってことで! その言葉、記憶から消すなよ? わたし記憶力いいんだかんな! 高久が忘れてもわたしは忘れてないから、もし何かの衝撃で忘れたら殴ってでも思い出させるし」
「わ、分かった。でも冗談ですよね?」
「マジ」
「ひっ……と、とりあえず今日は泊まっていくよな? いや、妹としてですよ?」
「……うん、お兄ちゃん! 泊まっていくね」
とりあえず、想いは伝わっていたようだ。やはりまだ彼女的には足りていないってことは理解した。
だからもう少し、こんな連れ去りじゃないやり方で何とかして見せる。少なくともキスは真剣にしたい。
「んふふー……ゆかりんー」
「なぁに、ダーリン?」
「そこに見える可哀相な……じゃなくて、何かの可愛いキャラのワッフルを食べさせて欲しいなぁ」
「いいけど、わたしの方が可愛いよね? ねぇ……わたし、可愛い?」
「あたぼうよ! お前以外に可愛い奴なんていないっつうの!」
「じゃあ、たくさん味わえよ? ……口を開けてね、ダーリン」
「どんと来-い! もがっぐがっ……んぐぐぐぐぐ、も、もう、む、無理……」
「えー? 可愛いんでしょ? わたしの……を、味わってイイんだよ? んっ……く、くすぐったいけど」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! も、もうやめてー頼むよ、ゆかりん!」
ハッと目が覚め、夢を気づく。それにしてもリアルな味わいだった。
「……ねぇ、いつもわたしってダーリンの夢に出て来るの?」
これは夢じゃないようだ。自分の部屋のベッドで寝ている俺には、耳に囁かれている甘い声がはっきりクッキリと聞こえている。ん? 耳に……!? こ、これはもしや妹イベント発生!?
こうなれば存分に堪能せねばならない。目を閉じたままで、妹の可愛い声をそのまま聞き続けてやる。そして質問にはちゃんと答えてあげる。これでお兄ちゃんスキスキーゲージがギュンギュン上がるはずだ。
「ああ、いつも出て来るよ。マイハニー」
「へー? それがダーリンの夢ってことなんだね。わたしだけが夢に出演して、他は誰も出て来れない。それって、わたしのママも出て来られないのかなぁ?」
「出るわけがない! 出たらさすがに寝ていられませんよ? せっかくのハニーが台無しになるじゃないか! 俺とハニーの世界には邪魔者は必要ないんだ」
「へぇ……台無しに。そして邪魔者、ね。なるほど……それが高久君の本音ってわけね。了解しました。でもね、キミもゆかりんもまだ子供なの。そう、まだそうさせるわけにはいかない……」
おや? 何やらゆかりなさんの可愛い声がいつの間にか大人でハスキーな声に変化してるぞ。この声は一体誰の……はっ!? あっあぁぁぁぁぁ!
「ゆかりんは指を綺麗に洗ってから家に帰りなさい。私は彼とお話してから帰るから」
「う、うん。高久くん、またね」
うああ……やはりそうだ。パパさんは止められなかったのか? というか考えてみれば合鍵持ってるんだよな。そもそも親父とお母さんは完全に別れた訳じゃないし、くっなんてことだ。
「高久君、起きなさい。本当は目を覚ましているのでしょう?」
「お、おはようございます、お母さん」
「それで、キミはあの子をどうしたいのかな? 妹じゃ嫌ってことなんでしょ?」
「俺はゆかりなが好きです。妹としても彼女としても……だから、俺はお母さんには負けるつもりはないです。お母さんは俺と彼女のことを認めていたじゃないですか! 何でこんなことするんですか」
「兄妹関係としての好きなら認めてあげるけど、そうじゃなくて本気になっちゃったのなら……それは意味が違って来るんですよ?」
「く……で、でも俺は」
「卒業するまでに決めてね。あなたとあの子が卒業した時には、兄と妹としてまた一緒に暮らすことになるのだから。そうそう、パパ……タカキさんとは仲は悪くないからね? だから、高久君がどうなりたいかよく考えなさい。それじゃあ、朝食を作っておいたから食べてね。今日は大人しく勉強しなさい」
本気になっちゃったもんは仕方ないだろ。絶対ゆかりなさんを俺の所に奪ってやる!




