37.アルバイトな日々と新女子
お互いが別々に暮らすようになってから一カ月くらいが経とうとしている。ゆりなお母さんの監視が開始されたのか、ゆかりなさんは俺の前に姿を現わすことがほぼなくなった。
おかげで運動無能者から運動微妙者へとレベルアップしつつあった。
それに加えてイベントバイトにも登録をしたので、親父と同様に俺自身も家にこもることが無くなった。学校に行ってる間は家で真面目に勉強をしつつ、土日なんかはイベントバイトで割と忙しかった。
「葛城くん、後ろのテントから補充よろ」
「ういっす!」
現在の俺はいわゆる、ゆかりなさん離れを実施中だ。大好きな子の傍にいることでも成長は出来る。だけどやはり、それでは駄目なんだとバイトを始めてみて気付いた。
これも全ては俺の大いなる野望と計画を実行するための準備であり、全ては彼女を奪うためにあった。どうやら貧弱な俺でも汗を流していると光って見えるらしく、一緒に動いている女性たちから何故か声がかかるという謎モテ期が発生中だ。
「葛城くんって、彼女いるの?」
「いますね」
「だと思った。羨ましいね、その彼女」
なんてことを言われているが、ゆかりなさん本人は彼氏が俺だと知られたら嫌なんじゃなかろうか。なんせ遊園地でコースター系に乗ろうものなら、記憶がどこかに飛ぶ奴だからだ。
「えっ!? 葛城くん、な、何で泣いてるの?」
「ははっ、嫌だなぁ。目から汗が出てるだけですよ」
「そ、そっか。暑いもんね」
「ソウデスネ」
「私は向こう側でサンプリングしてくるから、葛城くんはここで渡してあげてね。ほら、あの子とか可愛いし、笑顔で渡せば向こうも笑顔を返してくれるかもよ」
可愛い子限定ですか? しかも笑顔か……自信ないな。だがこれもバイトだ。やるしかない。
「どうぞー朝から夜まで継続しちゃう制汗パウダーいかがですか! どうすか、そこの超絶可愛い……あ」
「あ、はい……ありが――た、たかくん!?」
「気のせいですよー」
「……ふざけんな、待てこら!」
「ゆかりん、どしたの? 誰に絡んでるの」
すぐ近くにゆりなさんがいる模様。これは危険だ。
「人違いですね、それではこれで」
「あっ、待てや、こらー!」
「待ちませんよー」
お母さんと来ているおかげか、彼女は追って来なかった。
「くそーあいつ、どこ行ったんだよっ! むかつくー」
やはりお母さんといる時は言葉遣いがソフトらしい。なんにしてもバイトをしているのも知られたくないし、会いたくも無い。
「むむむむ……」
「葛城くん。さっきから何をさぼってんの?」
「うおっ!?」
「おー! 驚いた? さっきの可愛い子が彼女なのかな? で、近くにいるお母さんが邪魔とか」
「イエス!」
「おっけ、じゃあ私がお母さんにサンプル爆弾を投入するから、彼女ちゃんを連れて行きなよ!」
「おぉ! あ、ありがとうございます! 名も無きお姉さま! じゃ、じゃあ行ってきます!」
「……名前最初に言ったんだけどな。高久くん、わたしのことは覚えてないかな? まぁ、そのうち会えるよね。同年でおなクラだし……」
名も無きお姉さまにヘルプをしたら、意外にもめっちゃいい人だった。イベントバイトということもあって、メイクがバッチリなせいか素顔は分からない。
恐らく素顔も可愛いに違いない。あの手の彼女は多分人気者だ。
「おっ! ゆかりなさ――」
いやいや、落ち着け俺! まずは作戦をきちんと練ってから声をかけないと。
「おい!」
とりあえず俺の家に……何をしようというのかね。
「おい、こら、シカトすんな!」
「何だよさっきからうるせーな! 誰だよ? 俺は脳内会議で忙し……」
上目使いで覗き込むのやめろ! いや違うか? これって、「ガン付けてんじゃねえぞこら!」だったかな? 確か俺の愛読書ではそうだった気がする。
「ゆかりな」
「あ? シカトした挙句に呼び捨てですか? 高久のくせに生意気だ!」
「とりあえず、このサンプルをカバンにしまえ! 全てやるから!」
「は? てか、何? 盗みなの? バカなの? あ、バカか」
「あーうるせー! お前の為に持ってきたんだよ。盗んでねーよ」
やはり以前よりも俺への態度がやや柔らかい気がしないでもない。これはやはりそうなのか?
「ゆかりな、来い! てか、お前をこれからさらうから。いいよな? 駄目って言っても連れて行く」
「うん、連れてって」
素直なゆかりなさんはいいが、どうしよう……どこへ行くというんだ。




