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ゆかりなさんと。  作者: 遥風 かずら
第三章:成長戦略的なヤツ
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35.Yのママさんリターンズ

 

 怒りで我を忘れた俺は長い眠りから覚めた。隣にはもちろん誰も居ない。寂しさを感じながらすぐに退院完了である。今思えば言い過ぎたし、俺も諦めずに彼女をきちんと起こしていればこんなことにはならなかったのだと、一人とぼとぼと家に帰るまでずっと考えていた。


 思えば俺からあんなに怒りをぶつけることはなかった。だからかもしれないが、物凄く後悔をしている最中だ。このまま家に帰っても、壁に八つ当たりをして穴を開けてしまいかねない。


 とりあえず、気を鎮める目的と喉の渇きを潤すために、コンビニで炭酸やらジュースやらを数本購入。そのまま外を歩きながら全て飲み干した。そこまでは良かった。

 良かったけど、近くにトイレがなく近くには怒りで帰らせた、ゆかりなさんの料理人パパの店がそびえ立っていた。


「ご、ごめごめごめ……ごめんくださーーーい! もれもれもれ……」

「いらっしゃいま……高久君? ど、どうした? 真っ青な顔をしてるぞ」

「ト、トトトトト……トイレを貸してくださいっっ!」

「お、おぉ、いいけど……そこ入って、突き当りを――」

「すんません!! 借りますっっ!」

「左は女子の……あ――」

「わわわっ!?」

「へ?」


 ドーン!!

 衝撃を感じるくらいに誰かとぶつかってしまった。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、後できちんと謝りますからすみませんっ!」

「うぅ……痛いし。てか、誰?」


 九死に一生を得るとはまさにこのことだ。トイレを借りられて俺は幸せだ。

 トイレから出ると、安心と嬉しさのせいかゆかりなさんの顔が目の前に見える。それも何だか戸惑いながら怒ってらっしゃる。


「キミ、な、何でここにいるの?」

「えっ? ト、トイレを借りました」

「はぁ!? 自分ちのトイレに行けよ! 何でパパのお店でトイレ借りるわけ? 何様なの?」

「俺は高久ですよ? それ以上でも異常でも以下でもない」

「ふぅーーーん? ウチのトイレを借りたいくらい異常だったんだ。わたしを無理やり追い出しといて高久はすぐにウチに来ちゃうんだ? それもわたしには謝りもしないでさ」


 何故そんなに怒っているというのか。それともツンツンしつつ、デレに移行しようとしている!? 

 いくらお客さんがいないとはいえ、パパの目の前でまた言ったりやったりするのはさすがにキツイ。


「……あ、トイレご馳走様でした。じゃなくて、ありがとうございました。ボクはそろそろ帰ります」

「あ、あぁ。その前に娘に謝っといた方が」

「おい、待てこら……」


 ガシっと肩に手を置かれ、体重を乗せられた俺は身動きが取れずにいる。これは非常にまずいぞ。言葉遣いのよろしくないゆかりなさんは、非常によろしくない行動に出ている。

 俺は迷わずその場を離れようと、反動をつけるふりをして、ゆかりなさんの方に向きを変えた。


「た、たかくん――!? え、あ……」


 やはり本拠地にいる奴は態度も力も強いということを実感した。俺は今まさに、ゆかりなさんの強さを主に肩の部分で感じている。トイレを借りに来ただけなのに、なぜこうも怒られなければならないのだろうか。


「待てよ、こら! 黙って帰すとでも思ったのか? 何とか言いなよ高久!」


 ゆかりなさんは以前よりも言葉遣いが旧世紀。もしやこれは、今ここにいる料理人パパの昔の言葉か?

 一見するとイイ人そうだが、パパさんにだけは目を付けられてはいけないと本能が知らせてくれている。


「い、いやっ、ホントにトイレありがとーでした! ボクは帰りますから、はーなーしーてー!!」


 ぐっ、何て重力。ちっさくて可愛い小悪魔に、どんな力が備わっているというのか。それならばあえて利用させてもらおう。

 彼女の右手は俺の肩に重くのしかかっている。前に進むのを抑えつけられているのだから、反動で体を反転させれば驚くこと必至だ。意表を突かれた彼女は手を離し、俺は店を出ることに成功するはずだ。


「うおおおおおお!」

「ふふん、無駄だし。逃げようたってそうは――えっ!?」

「よ、よぉ……」

「た、たかくん、顔、顔が近いってば……ど、どうして急にそんな、そんなにわたしとキスしたかったの?」

「え? い、いや、そうではなくてですね」


 反動で反転させたのは良かった。しかし予想よりも彼女の顔が間近に迫っていて、逆に俺の手が彼女の両肩に手を置いている状態になり、気付けばキス寸前である。

 重りを外した勢いが余りすぎたせいで、思いの外制御出来ず、慌てた俺の両手の所在は彼女の肩に行ってしまったということだ。


「え、えーと……」


 何がやばいかっていうと、とにかく間近である。彼女の吐息が感じられるくらい近い。それとは別に、少し離れたカウンター側からはパパさんの戸惑いと殺気が入り混じった視線が届きまくっている。


「たか……くん――」


 こんだけ間近過ぎればキスを迫っていると思いますよね。こ、こうなれば後は野となれ山となれ的に、レッツキス! なんて目を閉じかけた時だった。

 な、何だか悪寒がする。ゆかりなさんの背後にはオカンが……いや、お母さんが仁王立ちしているように見えるんだが、久々過ぎてちょい忘れていた感覚が徐々に甦って来ている気がする。


 ふと、パパさんを見ると首を小刻みに動かしながら、手で目を覆って「しまった!」といった姿を見せていた。いやいや、それは俺のセリフですよ。


「――あれー? たかくん? まだ……?」

「あ、あはは……数秒ほどそのまま目を閉じて待っててな」

「ん、待ってる」


 キスを待つ甘えのゆかりなさんはこの際放置しとくとして、彼女の後ろの仁王像いや、ゆりなお母さんをどうするべきか。

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