29.ゆかりなさんの上から目線な日常
ほんの少しの差でも人は下か上かで態度も変わる。これは俺とゆかりなさんだけの問題ではないはず。 ほんの数日の差であっても、すぐに追い付き追い越すものなのだが……これもある意味で、彼女のせめてもの抵抗なのかもしれない。
「高久! わたしあなたの姉。オーケー?」
「な、何を言うかと思えば、たかが数日で変わるわけが……というか、ゆかりなさんっていつも呼んでるだろ? だから特に何が変わった訳じゃ――」
「おい、高久! ジュース買って来い」
「それはただのパシり……」
「何か言ったか? 年下の高久くん」
はぅあ!? なんだこの可愛い生き物。たかだか誕生日が三日ほど早い。それだけのことなのに、彼女の態度は俺を萌え死にさせるおつもりらしい。
「高久、お前……花城さんの舎弟になったのか? それともすでに尻に敷かれ……」
「そんなんじゃないし、ヨメじゃねーよ……まだ」
「じゃあなんだ? あの男を弄ぶ系の変わりようは! しかもあの態度はお前限定じゃねえかよ。羨ましい奴め」
「ふ……まぁな。どうせ三日の辛抱だ。それまで彼女には、俺を弄ばせてあげているに過ぎん! くっくっくっ」
「それは学校の中だけのことか?」
「何だね、サトルくん。羨ましいのかね? 無論、学校と外だけだ。家の中はとある事情でお互いに大人しくしなければならんからな。つまり三日経った後は、俺がここでゆかりなさんに命令を下すことが出来るというわけだ。ふっ……」
「お前、三日後は……あ、いや。まぁ、分かってるはずだから言わないでおくよ。じゃあまた後でな」
「うむ」
学校の、しかも教室の中と学食と通学ルートという家以外の場所で、ゆかりなさんはああいう態度を俺にだけ見せている。もっとも同じクラス連中は慣れているせいか、特に何も言ってこない。
「高久。学食のご飯買って来い! 早く!」
「あ、あのー、出来れば丁寧にお願い頂けないでしょうか。せっかく年上になられたのですから、大人なゆかりなさんで俺に接して頂けると……」
「……高久。今すぐお昼をわたしの所へ持って来なさい! これは命令よ」
「イエス!」
どうやらゆかりなさん的に年上というイメージは、怪しげな世界のお姉さまで構成されているらしい。 だがこれでいい! こんなくだらなくもふざけまくった行動で、彼女の魅力が高まればそれはそれで俺得!
数日の辛抱だ。その後は真の年上にして、兄としての威厳を見せつけてやろうじゃないか。
思えば彼女が劇的に変わり出したのは、毒の様な味付けから人並以上の腕前になった時からだ。望んだはずなのにそれを少しだけ後悔しているのも事実。なぜなら、ゆかりなさんの手料理はもはや至高品となってしまったのである。
「あ、あのぉ……何故に俺がゆかりなさんのお口に運ばねばならんのでしょう?」
「口答え禁止。はい、次」
「あーん……してくださいませ。ゆかりなさま」
「んー! うまっ! じゃなくて、美味しいわ。さすがわたし!」
どうみても公開処刑。何と言ってもここは学食のど真ん中。さすがに注目を浴びまくっている。何故俺が、彼女の作った手料理を食べさせねばならないのかな。
彼女の母親曰く、俺がこの手でゆかりなさんを転ばせた。その罪を償うには、完治するまで奉仕すべきとまで言われてしまった。
学校で奉仕とか勘弁してくださいと思いながら彼女を見つめていると――
「そんなに見つめて、またキスしたいの?」
「えっ?」
「でもしてあげない」
どうにかしてやりたい! なんて思っても何もできないヘタレである。
「というかだな、元々はお前の料理とお前を食べるために楽しみにしていたのであって、こんな風に独占させるつもりなんて……」
「い、今何て?」
「お前の料理とお前を食べる……」
「うわ……キモ……変態がいる。高久って、そういうこと言う奴なんだ」
んん? 俺なんて言った? まさか妄想の声が漏れていた!?
「ちちちち、違いますよ!? それはRな指定の言葉であって決してそういう意味で言った言葉ではないのでございますことよ? ほ、ほら、俺って日本語があまり上手くないし。心の叫びが漏れていただけなんですよ?」
「なるほどねぇ~まぁ、仕方ないかな。わたし、可愛いもんね? ねえ?」
「さようでございます! ゆかりなさんは可愛い! 俺の中じゃベストオブベスト!」
「や、やめてよマジで。こんなとこでそういうこと言うのはキモいんだけど!」
「はい、スミマセン」
「んーお腹いっぱい。高久は、残りを食べなさい」
残り物を平らげた俺を見ながら彼女は自由自在に席を立ち、俺を見下ろしながら無言で手を差し出してきた。これはエスコートをしろということかな?
「歩けない。手を貸して! 早く!」
「ははー!」
もはや妹さんの言いなりである。
恥ずかしかった学食の時間はさておき、妹さんの姉ぶりは三日目を迎えた。上から見下すゆかりなさんは家では普通に妹さんだった。そこがどうにも納得出来ない。
「ママ、今日は高久くんとご飯を食べたよ」
「そうなのね。彼はきちんと食べさせてくれた?」
「うん!」
残り物は俺が全て平らげましたよ? だからその目はやめてください。お母さんの鋭すぎる眼光も痛いし、ゆかりなさんの堂々とした嘘も潔すぎて何も言えない。
上から俺を見下ろしたいのであればもっと上からの景色を見て頂こう! そんなアホみたいな野望を二日目の夜に思い立った。
ちっさくて、軽くて、その辺の女子よりも遥かにフワフワな感じの彼女に触れてしまえば、きっとどこかの世界に昇天してしまうだろうという恐れは常にもっていた。
そんなことが俺の頭の中では何度も何度も繰り返されている。きっとこれは俺の走馬燈。そうに違いない。そして三日目の学校で実行に移す時が来た。
「――な、なに? 気でも狂った?」
俺は俺よりもちっさいゆかりなさんを「高い高ーい」とする野望を持ち、まさにそれをやろうとしていた。まずは彼女の手を掴んで引っ張り、俺の胸元に引き寄せた。
「狂ってない。俺はゆかりなさんに下々の様子を見させてやりたい」
「は? しも……なに、何が?」
「うおおおおおおお!? 軽い、軽すぎるぞ! ゆかりなさん、軽すぎる!」
「ちょ、やめろバカ野郎! 勝手に触れるな。降ろせバカ、おいっ! 高久」
「あ、暴れないでくれ。俺はお前に触れたくて、抱っこがしたかっただけなんだ」
「た、高久……死ね!」
彼女が理想とするお姫様抱っこではなく、お父さんが自分の娘を抱え上げて抱っこする図になってしまったことが原因ではあるが、暴れまくる彼女の足が俺の顔に丁度よくヒット。一瞬闇が訪れ、彼女を抱っこしたままで床に倒れてしまった。
「高久、バカ野郎! 蹴られただけで倒れるとか、弱すぎでしょうが! ってか、早く起きろ! おいっ、高久! バカ兄、バカ久……お兄ちゃんってば。早くしないと、わたしと会えなくなるよ?」
「んーんふふふ……むにゃにゃ」
「あーイッてる、コイツ。どっかの世界に逝ったっぽいな。頭どっかにぶつけたんじゃないのか? 大丈夫か、花城」
「わたしは平気。久しぶり、梓」
「お前コイツと結婚するってマジ?」
「あーまぁ。夏休み中に分かるけど、向こう次第かな」
「へー。まぁ俺には関係ないけど、少しは鍛えてあげればいんじゃね?」
「うん……だね。明日言うし」
「そっか、じゃあな」
直後に何が起こったのかは後でパン仲間に聞くとして、明らかに俺はフワフワな感触に包まれている気がした。もしやこれは王道の、気付いたら好きな子の体のどこかにぶつかっているという美味しい展開!?
「起きろバカ久! てか、マジで生きてる? 感謝しとけよ。わたしの膝の上を貸すのはわたしがお前の姉だからなんだぞ。それも今日までだけど」
「おっおぉ? これは何のご褒美? 抱っこが効果あったのか!? まさか天下人からのなでなでを頂けるとは……これは幻か!?」
「高久。明日の午前が最後だよ。午後からは夏休み。それは分かってる?」
「夏休み? へっ? ……あぁぁ! 俺の真の天下取りは消え失せたのか。なんてことだ」
「姉として言うから良く聞きなさい。高久は、夏休み後にわたしと――」
むむむ!? 最後が良く聞こえなかったな。明日聞けばいいよな。いつでも会える妹だしな。




