28.キス
「ゆかりん、俺……」
「あっ、そろそろ帰る?」
「何で俺から逃げんの? 最近お前、俺が何か言おうとすると逃げるよな? 何でだ? それもお母さんからの指示か?」
おおう? これは誰だ? もちろん俺です。なんでこんなことになっているかというと、境内の夏祭りは何とか楽しく終えたわけです。食べまくりの飲みまくりの散財しまくりの……主に俺のが。
色々ともやもやするものがあって、確かめたくなり……俺も好きって気持ちがハッキリしちゃったわけだ。華乃さんやら柴乃さんやらはともかくとして、俺自身がゆかりなさんともっと何と言えばいいのやら。
「何でママが出て来るの? 関係ないし……」
「いやある。お前、俺からの気持ちに答えてねー。それに、本当に俺のことが好きって気持ちがお前の中にはあるのかよ? それって全部お母さん……ゆりなさんからの言葉じゃねえの?」
「違うし! 何なの? 高久ってそんなにわたしのことを信じられないの? ってか、どうすればいいの? 何度もゆってんじゃん! わたしは好きだよって。何なのマジで! せっかく楽しかったのにふざけんな! 帰る!」
「だから、途中で帰るなっつってんだろ! あぁ、もうめんどくせえ!」
「はぁっ!? 腕掴まないでよ! バカ久のくせに――っ!?」
「……ゆかりな」
「――や」
いやー俺は覚醒でもしたのかな? それともオスの本能が目覚めた? 妹でもあるゆかりなさんにキスしちまったよ。これでコイツがどう思ってるか。
「やめろ、バカーーー!」
「ひぃっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
はい、ヘタレです。拒否られるとかこれはもうアレですね。俺だけが好きだったって奴ですね。
「らしくないことすんな、バカ。それ、高久からは初めてのくせに。何で急にやるかなぁ……バカ」
「悪い。でもお前はどう思ってるかよりも、俺は好きだから。だから、お母さんとか関係ねえし。これからはもう我慢しない」
「な……何言ってんの、マジで。キモイキモイうざい!」
「だから俺は、お前を振り向かせるために成長する。だから……他の女子とも仲良くする。いいよな、それで」
「勝手にすれば?」
もう後戻り出来ない。あのお母さんと戦うことになりそうだ。
「そうさせてもらう」
「ホント、バカ」
× × ×
「高久君、しっかり責任とって……じゃなくて、持って送迎頼むわね」
「お任せください! 大事な子に無理とかさせられませんからね」
「期待してますよ、高久君……」
怖い……お母さんが怖い。わざわざ言葉を言い間違いするくらい怖いぞ。だが後悔はしない!
「え、えと、玄関までおぶるか?」
「歩ける! てか、そこまで頼りたくない。いい気になるなよ?」
「めっそうも無い。でも俺の責任でもあるわけだし、しばらくはそうさせてもらう」
「……うん」
玄関から外に出た俺は、ゆかりなさんを抱っこ……させてくれるはずもないので、肩を貸しながら本当はよろしくないけど、自転車の後ろに座ってもらった。
「進むぞ? しっかり掴まっとけよ?」
「早く行け!」
「いだだだだだだ!? それは掴まってるんじゃなくて、つねってますよ? た、頼むよマジで……」
「うるさい!」
自転車の二人乗り。良くないことです、ええ。しかし特例を頂きましたとも。裏の力で……もとい、お母さんのお力添えで許可が下りた。本当は車で送迎出来れば良かったけど、それは無理でござる。
夏祭り後、無理やりキスをした俺の行動に、予想以上の動揺をしたゆかりなさんは、家の玄関の段差の前で派手に転んでしまった。
直後にお母さんが帰って来た時には、命を狙われるくらいの目つきで俺もやばかった。
「……高久」
「な、何かな?」
「別に気にしてないから」
「えーと、それはわたくしめのキスのことですか?」
「違くて、わたしが勝手に転んだだけだから。ママが言ったこと気にしなくていいから。だから嫌いにならないで」
ママこと、ゆりなお母さんは俺にすごく怒った。もうあんなことやそんなことまで、心がやられそうなくらいに。
過保護過ぎるお母さんは俺を責めた。言葉攻めというご褒美などではなく、激しすぎる叱責だった。
とうとう本格的に敵認定された。当初は、俺とゆかりなさんが付き合うことには賛成とかしてたくらいに、いいお母さんだったはずなのに。
どうやら料理人のパパと接触を図ったのがよろしくなかったようだ。
それはともかく、自転車に乗せて妹……ゆかりなさんを送迎とか、これはもう将来の立場が決定しちゃってるやつ。それはそれでいい!
「ちょっ、きちんと前を見てよ」
「なら、俺の腰にきちんと掴まっとけよ。つまむなよ」
「……バカ久のくせに生意気。でも少し見直した」
「ん? なに?」
「うるさい! 早くこげ!」
「ですよねー」
いよいよこれでラブの王道フラグ立った! でも何かを忘れている気がしないでもない。
「あいつ運動無能なのに大丈夫か?」
「花城さんの分まで頑張るんじゃねえの? 彼氏だろ、一応」
「なら俺らは走りきったあいつに限定なパンを食べさせるとするか」
「だな。大切なパン仲間だしな」
などとあいつらは言っているに違いない。もはや思考力も体力も低下し、下手をすると一生足腰がやられたままの人生を送りかねない。俺は同じクラスの連中はもちろん、隣クラスの連中にまで有名な男だ。
これほどまでに運動神経が無能な奴は俺しかいない。勉強ばかり真面目にやってきた能力を、体力とか運動の方に振り分けして来なかったのが失敗の始まりである。
「高久、お前……彼女の分まで走るとか、いい男すぎるぞ! 見直した! だが、走る周は減らさん」
「それは鬼ですわー」
本来女子が走るはずの校庭マラソン分を加算され、50周ほど走ることになったのである。絶対次の日から入院コースですね。
「高久ー! 死ねー! じゃなくて、死ぬ気でがんばれー!」
「その言い間違いはやばいぞ。お前の為に頑張るから、どうか殺さないで下さい」
彼女の声が聞こえたのを最後に……気付いたら保健室で寝てましたとも! 弱すぎた俺。でも許されたくらい、弱者認定。
「高久は、わたしを守れそうにないね。どうするの? 強い男と対決することになったら」
「へ? それはキミを巡っての対決ですか? それは厳しいっす! でも、うーん……」
「わたしが守るよ。高久って弱いし。でしょ?」
あれ、これはどこの異世界? もしやゆかりなさんが勇者で俺は雑魚な奴? こんなセリフを言う子じゃなかったはず。
それともあまりに弱すぎて保護対象になった? どっちにしても喜んでいいものか。
「わたしの分まで走るとか、どうしてそこまで好きなの? ねえ、何で?」
「可愛いから」
「そ、そうなんだ。と、とにかくまだ寝てなよ。わたし、ここにいるから」
「あ、あぁ……」
あれ? これは夢幻? こんないい子だっただろうか。俺の知るゆかりなさんは少なくとも、小悪魔でわがままで、俺の事は半ば見下していて……彼氏扱いするような子じゃなかったぞ。嘘だよな?
「ゆかりなさん……これは夢だよね?」
「うん、夢だよ」
「デスヨネーじゃあ、もう一度別の夢を見てきます。オヤスミー」
「うそ……最初から好きなんだけどね、キミのことは。少しは成長して来たっぽいから、わたしもそうすることにしただけだし。後は……もっと自信持てよ、高久」




