26.とある姉妹さんと妹さんと
「えーと、サトル君だっけ、それ、口に合うかな?」
「ん……おー美味いな! いつものパンとは一味違う。こんな美味しいのを高久は食ってんのか」
「高久は食べてないし。調理実習で食べさせるのは、君が初だし」
「え? あー……そ、そうか。やはり俺のことは覚えてないのか。それはともかく、あいつに申し訳なくなるな。ってか、あいつには食べさせないの?」
「させないけど、どうして?」
「嫌いになった?」
「……さぁ」
くっ……今度は第一の友人に近付きおって! 何なんだ。そんなにイケメン男子に褒められたいのか? それとも、やはり俺が他の女子と話が出来ないってことを分かってる上で見せつけてんのか?
「葛城くん、た、食べてみる?」
おっ? ついに俺にもお恵みが!? ありがとう、名も無き女子。
「ありがとう、美味しいよ」
「うん、気にしなくていいよ。それ、失敗作だから」
「へ?」
「捨てるのも勿体無いから食べてもらって助かったよ。ありがとね」
「あ、はい……お役に立てて何よりデス」
所詮、俺ってそんなもんですよ。名も無き女子からの優しさなんてそんなものなんだ。
ゆかりなさんが言う他の女子とも話をしてみれば? という俺への挑発は的を得ているのだ。悔しいがその通りなのである。
俺は負けない。俺からゆかりなさんに近付くしかないのだ。俺が行動を起こすと、俺のパン仲間たちは遠慮がちにそそくさとその場から離れてくれる。それが俺と奴等の関係でもある。
「……で? 食べたいの?」
「食べたい。俺はお前の……ゆかりなさんの作ったモンが食べたい」
「し、仕方ないな。じゃあ、はい」
「あれ? あーん……は?」
「バカなの? ここ、学校なんですけど?」
「いや、関係ないだろ? 今までも……」
「やらない。そういうこと言うならあげない」
「――じゃあ、いらね。俺、戻るわ。サトル、ゆかりなさんの料理をよく味わえよ?」
「あ、あぁ……お前、高久だよな? どこかの誰かが乗り移ってないよな?」
「俺は元から俺。じゃあ、そういうことだから」
「~~~! ムカつく! 高久のくせに!」
ふ、ふふふ……はははー! してやったり! どうよ、俺の演技力。どうやら今のゆかりなさんは、俺への挑発にばかり気を取られているせいか、俺の下手過ぎる演技力にすら簡単に引っかかってくれる。
俺から近付いてあえて離す。これならば必ず、彼女が挑発に乗っかって来る。そして俺だけを気にするようになる。伊達に賢くないぜ! 勉強しかして来なかった俺の策に引っかかるがいい。
今まではどちらかというと、ゆかりなさんが主導で俺は彼女に引っ付いていただけの存在だった。だけど俺が近づくとツンツンな態度を取るらしく、俺はそれをあえて利用することにした。
してやった! 小悪魔属性のゆかりなさんなら、自分が思い描いていた展開にならないとそこを悔しがって、どうにかしてやりたいという反撃をする。俺はそれを利用し、見事に成功を遂げた。
「こんにちは、高久さん。楽しそうですね」
「こ、こんにちは。えと……?」
「忘れてしまいましたか? わたし、華乃ですよ。姉がお世話になりました」
「ホワット? シスターズ?」
「はい。カフェで告白したんですよね? 姉に」
「うわああああ!? しーしー! こ、こっちに来て下さい」
「わっ!? ご、強引ですね。それもポイント高いですけど」
まさかの行動に出てしまった。それもゆかりなさん以外の女子に。俺の黒歴史を誰かに知られているのも嫌なのに、さらにそれを聞かれるのも嫌だった俺は、廊下から踊り場に向かって華乃を引っ張っていた。
「ふーふーはーはー……だ、ダメっす! それ、反則過ぎですよ! というか、どうしてそれを……姉ってやっぱり?」
「私は一応、妹なので全て聞いてるんですよ。カフェに通いまくって、告白して、そこから来なくなったという悲しい流れを聞いてます」
「キャーーーーやーめーてー!!」
「寂しがってましたよ? 確かに中学生に告白されたら反応に困るって言ってましたけど、今は高校生になって随分と格好良くなったとも話してましたし」
「そりゃあ、成長しますよ。男の子も男になりますからね」
「ふふっ、ですよね」
何なんだ、この子。確か俺と学力の競い合いを望んでいたんじゃなかったか?
「わたし、高久さんと競いたいって言いましたけど、学力テストとは一言も言ってませんよ?」
「ほへ?」
「あなたと競いたいんですよ。全てを」
「おおう? それはえっと、ナニを?」
「好きな気持ち……好きという感情、心……誰かを想う気持ちです。全部です」
何か目が怖いぞ。好きな何だって? 俺のことが好きとか? いやいやそんな、まさか。
「あ、好きですよ? 高久さんのこと」
「心でも読めるんですか?」
「はい」
マジか!? じゃあ、今から言うことも分かってらっしゃる? 今日はパンを食べますが、一緒に食べますか?
「嘘です」
「デスヨネー」
「一緒にお昼を食べませんか?」
「うわお!? 本当に心の中を読めませんよね?」
「ええ、読めませんけど、顔に書いてるのでバレバレでしたよ。高久さんって面白いですね。その辺、好きです」
「ほっほーーーう!? す、好き? そ、それは何と言いますか」
「奇声はやめてくれませんか? それは嫌いです」
「スミマセンデシタ」
な、何か知らんが、ゆかりなさんとは反応も話し方もまるで違う。違うからこそ、もっとその反応を見てみたいって気になる。俺にもようやく話せる女子が来たのか? これでゆかりなさんを見返せるのか?
「高久さん、わたしと付き合いませんか?」
「はひ!? そ、それは……どういう意味で」
「そのままです」
これはさすがにゆかりなさんに相談を……いや、華乃さんのことは話すべきではないのかもしれない。なんせカフェ店員さんの妹さんなのだから。
付き合う? 誰と誰が!? あれ? 俺って確かゆかりなさんと恋人じゃなかったっけ? それなのに付き合っていいのだろうか。確か以前に成長の為には俺も誰かと付き合うべきだとか言ってた気がしないでもない。
「し、しかしですね、俺にはすでにヨメが……じゃなくて彼女がいまして」
「花城ゆかりなさんのことですよね? それなら平気なのでは?」
「ど、どうしてそんなことが言えるんです?」
「だってまだ結婚したわけでもないですし、その約束もしてませんよね。彼女と言いますけど、ここ最近の彼女の様子を見る限りでは、高久さんの事は何とも思っていないのでは?」
むむむむむ……そう言われればそうだけど、何か何とも言えない気持ちになる。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
「……って、ど、どこに? あ、あの、すごい力ですねぇ」
何やらとてつもない戦闘力を秘めていらっしゃる。ミサキ妹さまは俺をすごい力でどこかへ引っ張り始めた。もの凄く嫌な予感しかしない。
「なっ!? いやっ、ここはあの、俺のクラスなんすけど……」
「そうですよ。一緒に腕を組んだままで行きますね」
ま、まさかこの格好であの子の所に行くというのか!? 怖い怖い怖すぎるぞ。
「こんにちは、花城さん」
「は? だ、誰? ってか、高久? な、なに、何で?」
ひっ!? 何でこの子は堂々と来れるんだ? 何を言うつもりなんだ。俺と腕組みしてる時点でその予感しかしないが。
「初めまして。わたし、三咲華乃って言います。花城さんに宣戦布告しに来ました」
「は?」
おいおいおい……三咲の妹さんには首を傾げて可愛い仕草をしているくせに、俺をバッチリと睨んでいやがるじゃありませんか。
「葛城高久さんと付き合うことにしましたので、よろしくお願いしますね」
「や、わたしと付き合ってるって聞いてます?」
「はい。聞いてますし、知ってます。でも、付き合いますので挨拶したかったんです」
ガクガクブルブル……俺は空気だ。俺はここにはいないんだ。何も見えないし何も聞こえていませんよ。
「――高久くん、そういう意味?」
やはり見えてますよね。ですよね。ええ、答えましょう。もうやけくそだ!
「せ、成長を望んでいるって、ゆかりなさんはおっしゃっていた。だから俺は俺のやり方で頑張ろうかなと思いまして」
「男としてまだまだ駄目な奴だから協力して欲しいって頼まれました。暇してたので、付き合おうかなと」
「ちょっ、え? そんなこと一言も――ひっ!?」
「言いましたよね? そうですよね?」
「ハイ」
ただ者じゃない。気配がゆかりなさんのお母さんのように恐ろしく感じた。これは素直になるしかなさそうだ。
「そ、そうなんだ。好きにしたら? わたしも今、成長期だし?」
「え、どこが成長を……」
「あ?」
「ハイ、成長中デスヨネ」
何を考えているのか全くもって分からない。またしても俺は教室の中で目立つ奴になってしまった。平和はどこへ行ったというのか?
平和にパンを食べていた頃が遠い昔のように思えた。そして何とも言えない雰囲気のまま放課後に突入だ。ミサキ妹さんは教室に迎えに来て、そのまま俺を連行してくれた。しかし――
恐らく傍から見れば、俺の両手には可憐な花がくっついていると勝手に思われていることだろう。全く見知らぬ男たちからは「あいつ何なんだ? どんな手を使ったんだこの野郎!」などと思われているに違いない。
いえいえ、むしろ両手に火花ですよ? バチバチと目にも見えないし音も聞こえないけど、俺だけにはそう見えるし聞こえるくらいにやばいですよ。決してモテモテではないことを誰かに訴えたい。
「いや、あの~……何故でしょう?」
「どうかしたのですか、高久さん」
「いやっ、ゆかりなさんの方がですね……何と言いますか」
「あ、気にしないでいいよ。わたし、ただの付き添いだから」
付き添いと言えば、かつてゆかりなさんが部活のセンパイとデートをした時に、俺が付き添ったことがあるが、まさかそれを再現してますか? しかしその時はここまでじゃなかったはず。少なくとも腕まで組んでなかった。
「付き添いなら問題ないと思いますよ。なので、どこ行きます?」
「そ、そうですね……じゃ、じゃあ暑いので水族館にでも――」
「えー? 定番すぎてつまんなーい! わたし、高い所がいいと思う」
「え、えっと……」
「どこでもいいですよ(ニコッ)」
それが一番困る答えだ! そしてさりげない笑顔が恐ろしい。付き添いの彼女の意見に賛同すべきか、あるいは俺自身の意思を尊重しまくって押し通すか。
「じゃあパン屋に……」
「あ?」
「は? 何ですかそれ、バカにしてます?」
「デスヨネー」
パン屋だってスィーツはあるし、美味しい紅茶もコーヒーもあるんだが……駄目ですかそうですか。
「あ! じゃあカフェに行きません? 涼しいですよ!」
「そ、そこはまさか……!?」
「ご想像通りです。会いたいですよね?」
会いたくないとは言えない。でも妹と姉と付き添いの妹の図が世にも恐ろしい気がしますよ。
「いらっしゃいま……あれ? 華乃ちゃん? 高久君もいるんだねー。あ、妹さんも」
「あ、あはは……ど、どうもです」
「ちっ……」
「ちょ、ゆかりなさん。それは態度良くないですわよ?」
「キモイ!」
舌打ちって! 敵地に乗り込んでいきなり舌打ちはひどいぞ。しかも付き添いだから余計にタチが悪い。
「華乃は紅茶だよね。高久君はコーヒーで、妹さんはケーキかな?」
「たぶん、それです」
「うん、ありがと姉さん」
「いらなーい! わたし、ダイエット中なので。ケーキとかあり得ないんですけど?」
「え、でも、今は成長期なんじゃ?」
「は? しばくぞ?」
「ゴメンナサイ」
あぁ、どんどんとゆかりなさんが昔のヤンキーになって来ている気がするぞ。でも可愛いんだよな。くそう。デレてはいないが、ツンツンすぎるのも好きになって来ているとは、もしや俺はMなのか?




