19.初恋のお姉さんが
「そこのカフェ、一度行ってみたかったんだよね~」
一度だけでいいならそこじゃなくてもいいのでは? なんて店を目の前にしときながら言えねえ。頼む、俺の黒歴史の人物がいませんように。
「そ、そ、そうだね。ははは……」
「んー? 高久くん、何かすごい汗だけどカフェアレルギーなの?」
どんなアレルギー反応だよ!
俺が通っていたカフェでこれから入ろうとするカフェは、いわゆるチェーン店ではなく、洒落てるけど隠れた名店のような雰囲気で行きやすかった。だからこその黒歴史が作られたのである。
「いらっしゃいませ」
おぉ? 全然違う人だ……というか少なくともお姉さんでは無い。
「高久くん、ケーキも食べたい」
「任せろ! 好きなだけ食べなさい。はははっ!」
こうは言ってもゆかりなさんはそこまで大量に食べないことを俺は知っている。小柄な上に、普段から自分を徹底的に管理している女子だ。家に帰れば夕飯が待っているだけに、ケーキ一個だけでも苦しくなるだろう。
「じゃあ、ソレとアレと、あ、そっちのもいいですか?」
「はい、以上ですね。お待ちくださいね」
「ちょっと、ゆかりなさん? それ、食べ過ぎですよ? これから夕飯があるのですよ? いくら何でもお母さんに失礼なのでは……」
「大丈夫だよ! ママは今日は出かけるみたいだから」
「は!? え、いつ? 俺、聞いてないよ?」
「だって今朝言われたから。パパと二人だけで飲みに行くとからしいよ。本当に仲がいいよね」
親父がパパ……だと? 寒気がしたぞ。仲がいいとか、ゆかりなさんにはあの光景がそう見えているのか? それとも純粋すぎるだけか。
親父は俺から見ても相当チャラいが、体育会系だから強い。
それなのに、お母さんにはボコボコにやられているんだぞ? 仲がいいとかそういうことじゃないはずだ。
「そ、そうだね……」
ゆかりなさんとカフェに来てもいちゃラブな恋人関係でもないので、ただ単に可愛い女子にケーキその他を奢って、楽し気に話をしている図になっているだけだった。
「こちらのケーキで以上ですね。他にはいいですよね? って、あれ……? キミは」
「あっ……ど、どうもです」
いつの間にか店員が変わってた。マジすか!? 一気に若返りかよ!
「彼女かな? 可愛いね」
「いや、えと……彼女ってほどの関係じゃないです。あの、あの時はすみませでした」
「うん、それは気にしてないから平気。あ、そういう意味じゃなくて、中学生のコに言われたのがびっくりしただけで、嫌いとか興味ないとか悪い意味じゃないよ」
「そ、そうですか」
告白した当時から変わらない……いや、色気のあるお姉さん。ショートボブな髪をふわっとさせながら、すっぴんではないだろうけど透き通りすぎる肌。極めつけは、桃色に光り輝くリップと笑顔が眩しいたれ目女子!
「――誰?」
ケーキに夢中になっているはずのゆかりなさんをすっかりと忘れていた。
「えと、この人はここの店員さんでミサキさん。でしたよね?」
「ですよ。あ、でも正確には柴乃が名前。キミは高久くんだったよね」
「へぇ……? どういうこと?」
「い、いや……はは。柴乃さんが名前なんですね。ミサキは名字ですか?」
「三咲柴乃です。改めてよろしくね」
通っていた時は教えてくれなかったというか、名前だと思っていたのに名字だったとは。それよりもゆかりなさんが明らかにぶち切れそうでやばい。
「そうなんだー。そっかそっか、妹さんだけど彼女でもあるんだね」
「はは……そ、そんな感じです」
「高久くんは、妹が好みなのかな?」
「そういうわけじゃないですよ。姉とか妹とか、そんなのは気にしないです。好きになれば別にそれは……」
「へー……そういうこと言うんだ? 妹を前にしてるくせに」
「いや、ゆかりなさんのこと言ってるわけじゃないからね?」
「あっそ!」
「う、ごめん」
「ミサキさん、今は大学生ですよね? それでその……」
俺はミサキさんに対してずっと顔を赤くしている。初恋相手兼恥ずかしさもあった。だとしても、ゆかりなさんを前にしながらするべき態度では無かった。
「そういうミサキさんは妹なわけですか?」
「ううん、私は姉の方ですよ。妹は可愛いんですよ、あなたのようにね」
ゆかりなさんをチラッと見る柴乃さんに対して、ゆかりなさんは睨み返してすぐに反論してしまった。
「そういうお世辞とか社交辞令とか、いらないんで」
「あ、気に障ってしまったかな。ごめんね」
「別に気にしてないんで」
ものすごく気にされておいでだ。妹がいるとか、妹が好みなの? とか、それを聞いて来る時点で怪しまれている。
年上のお姉さんに騙されているとでも思っているに違いない。
「高久くん、そろそろ時間も時間だし帰ろ?」
「あ、そうだよね。じゃ、じゃあ、あの……ミサキさん。会えて良かったです。今は通うとか出来ないし、カフェ自体俺はあまり行けないのでもう会えないですけど、仕事頑張ってください」
「仕事っていってもバイトだからその辺は気にしなくていいよ。それに、カフェに来なくてもそのうち会えるかもね? 寂しい事言わないでくれるとお姉さん、嬉しいな」
「あっはい。じゃ、じゃあこれで……」
「はい、ありがとうございましたー」
そのうち会えるかも? それは何かの予告かな。
「……どうしてわたしの邪魔をしてくるの」
「えっ? 何か言った?」
「こっち見んな! 早く歩け! バカッ」
「イ、イエス!」
やはり怒りで我を忘れ……ではなく、入るべきでは無かった。妹の心は中々に捉えられないようだ。




