18.新たな恋の幕開け
これは妄想なのか? あるいは俺がVRゴーグルで密かに楽しもうとしている、仮想部屋の中で俺のことを最初から好きだと言ってくれる、俺だけの美少女?
「競う……とは?」
「そのままですよ。好きですよね? 勉強」
「好きっていうか、それだけしか頑張って来てないから」
自分で言ってて悲しいが、スポーツ無能なのは事実だ。
「それです。それのことを言いました。それだったら私と競えますよね? 高久さん」
「それそれそれ? というか、どうして俺のことを? えと、かのさん」
「かの……呼び捨てでいいですよ。知ってますよ。あなたのことは全て……」
おぉぉ……寒気が走ったぞ。これはオカン? 悪寒? それとも、恋か何かの奴なのか。この場にゆかりなさんがいないのは良かったとも言うべきか。
「君は隣のクラスの人?」
「高久さんが私に勝ったら教えますよ。だから、勝負しましょ?」
勝負と言えば、ゆかりなさんとのどっちが好きなの勝負! それの決着がついていないはず。だけど決着以前に恋人ではないから、フリーになるのか?
一応俺の仮称ヨメは、ゆかりなさん。果たして勝手に勝負を挑まれていいのか?
「申し出は正直嬉しいけど、俺、付き合ってる子がいて、だから……」
「花城さんのことですよね。それって本当にそうなんですか? ただ一緒に暮らしているからそんな感情が生まれただけなのでは? あ、それと私は高久さんにそういう感情はないですよ。安心しましたか?」
な、何!? 俺とゆかりなさんが一緒に暮らしていることを知ってる奴は学校にはいないはず……俺のことをどこまで調べているんだ。それに恋感情じゃない?
「あ、そろそろ時間ですね。勝負のことは花城さんには秘密にしてくださいね? そうしないと、全て奪いますんで! それじゃあ、詳しくは送信しときますので見て下さい」
「お、おいっ! 送信?」
あれ? 知らぬ間に俺はどこかの組織に狙われている感じ? ゆかりなさんに内緒にしろとかって、それってやっぱり恋に関係してんじゃないのかな。送信って、端末のことか。
学校の連中以外が出来るものなのか? 俺はどこで無防備になってしまったのか。
「――ねえ」
「うおっ!?」
「わっ! な、なに、どうしたの? もうすぐ次の授業だよ。高久くん、教室戻らないの?」
「いや、戻るよ。迎えに来てくれたんだな。サンキュウ、ゆかりな」
「う、うん。じゃあ、行こ」
何も知らない、もしくは今来たばかりの反応だ。かの……恋愛にならないとはいえ、どうしてこんなにも気になるんだ。
どうして俺たちのことを知っているのか、まずはそこから探っていくしかない。俺の確実な気持ちはまだだけど、好きと言ってくれているゆかりなの為にも守るしかないようだ。
「ねえ、高久くんは浴衣が好き? それとも、いつものわたしがいい?」
ぬ……これはもしや、フェチテストでありますか? それとも何かのフラグを立てようとしている!?
「い、いやあ、いつものゆかりなさんもいいけど、浴衣姿に興味ありますよ? そ、それがどうかした?」
そういや、たかくん呼びは止めてくれたんだな。そんなに俺に叱られたのが効いたのだろうか。お母さんもアレ以来俺には何も言わなくなった。その代わりに親父の姿を見かけなくなったが関連は不明だ。
「そ、そうなんだ。えっとね、高久くんと夏祭りに行きたいって思ってて……それで聞きたかったの」
おぉ!? 夏祭り! 憧れのイベント誘いキター! とは言え、油断は禁物な。以前、プールに誘われた時には水着ナニソレ? って状態だったわけだし。もしかしたら、浴衣と見せかけて……いや、考えるのは止そう。
「あ、あのね……ママはついてこないから、だからその時はふたりだけで楽しもうね?」
「お、おう。任せとけ」
何を任せられるというのだろう。まさか、財布係か? この際彼女の為に全財産無くしても構わないだろう。心の中で泣けばいいんだ。
「くっくっくっ……」
「え、何? どうしたの? 何かおかしなもの食べたの?」
「ごめん、何でもない」
「そ、それならいいけど」
誘いのことはともかくとしていつもの帰りの下校途中、ゆかりなさんはラテを飲みたいと言い出した。これはつまり、カフェに行きたいから一緒に行って欲しいというお願いなのだと一瞬で悟った。
「あのさ、高久くんって一回も行ったことないの?」
「うん? どこに?」
「カフェ」
「いや、あるよ。何で?」
「誰と行ったの? 一人で行かないよね。だって、高久くんって真面目じゃん? 勉強するんなら図書館とか行くタイプだし……」
「いやぁ……それ、ゆかりなさんの先入観だよ。俺のこと、すげー誤解してるけど、生まれた時から真面目だったわけじゃないからね? それに、カフェくらい誰とだって行くでしょ」
行くことは可能なのだが、俺的に気分が乗っていなかったというのもあって、早く家に帰ろうと駄々をこねてしまった。
「うーん、俺は家に帰りたいよ。ゆかりなさんも家でくつろぐ方がいいでしょ?」
「つまんなーい! 何でそんなに真面目なの? 学校でも真面目だし、たまにイケメン仲間と話してる所は見るけど、基本ぼっちだよね」
「そう言われてもね。カフェとか、俺よく分かんないし」
嘘である。今はあんまり行かなくなっただけで通ってた時期はあった。そしてそれはまさに学校の通り道にあるカフェのことである。
分かりやすく言えば、そこの店員さんが可愛かったからであって、コーヒー好きではない。
だけど行ったとかそういう話をすると、彼女のことだから深い所を突いて来ると予想した。そしてそれは的中し、今に至る。
「それっていつの話なの? 女子?」
正確には誰とでも行ったでは無く、そこに可愛い女子店員が以下略である。
「女子……かな」
「ふぅん……? じゃあわたしとも行くよね?」
「いや、それはどんな理屈になるのでしょう? 今は行かなくても、もう少し落ち着いてからでいいんじゃないかな?」
当時の店員さんはさすがに辞めていると思うけど、それでも行きづらい気がして首を縦に振れない理由があった。中学時の俺はマセていて、何を間違ったかその可愛い女子店員に告白を実行してしまったという黒い歴史が存在している。
ゆかりなさんはそのお店に行こうと提案している所が、非常にまずいのだ。
「落ち着くってなに?」
「えーと、もう少し大人になってからとか、出来ればわたくしの財政状況が回復してからとか……」
「そ……」
「そ?」
「そんなこと言われてもわかりませんよーだ! ふんっ! キミはわたしの彼氏じゃん? だから行く権利があるんです! オーケー?」
「オ、オーケ……」
あれ、正式な彼氏だったのか!? そうだったのか……そうか。
「おっしゃ! じゃあ、行こ? もちろん、キミの奢り」
「ホワット!?」
行く行かないの駄々をこねまくっていた俺の運命は覆らなかった。しかし、何というか久しぶりにゆかりなさんの本来のわがままっぷりが戻って来た気がする。まだまだ小悪魔復活にはなっていないが、今はまだこんなものだろう。
俺からの告白とお母さんの謎な助言で、妹は俺の求めていた彼女ではなくなっていた。だけどカフェというキーワードが、ゆかりなさんをらしくさせたと考えれば、財政状況がどうとか言ってられないかもしれない。
それにしても、結局行くことになったカフェに、当時可愛かった店員さんがいないことを祈るばかりだ。




