17.ゆかりんは俺のヨメ?
「たかくーん! がんばれ~」
ゆかりなさんからの可愛すぎる声援が俺をますます窮地に立たせているのは、気のせいじゃない。この後悔は今から遡ること数分前のことが原因である。
俺とゆかりなさんが付き合っているという非公式な事実は、同じクラスの奴なら誰もが知っていることだった。それなのにゆかりなさんの態度やら言い方が明らかに変わってしまったせいで、無関心だった彼ら彼女らも、俺たちの関係性に興味を持ってしまうきっかけを作ってしまったのである。
「たかくんって呼ばせてるのか。あの花城に……信じられねえ」
「鬼畜! 高久って真面目そうに見えてそっちだったの?」
そっちでもあっちでもないのに……俺への風当たりがレベルアップ。体育で俺とチームを組む奴がいなくなり、結果として運動も参加出来なくさせた。
「パン仲間として頑張れとしか……」などと、パン仲間は同情しかしてくれない。
一見するといじめのように思われるが、俺にとっては大助かりだった。何故なら俺は運動無能者だから! これは俺にとって最高の贈り物だ。
「くくく……座って見学など最高ではないか」
いつも心の中で呟いていることを言葉に出してしまった。これは初の失敗である。
「お前って体弱かったっけ?」
「いいえ、普通ですけど……それがどうかしたんですか、先生」
「じゃあ、右手を出してくれ」
「へ? あぁ、はい」
「よし、立ち上がったな。怪我もないし、健康状態もいい。高久は良好だ」
「は?」
「おい、みんな高久は元気が有り余ってるぞ。ガキみたいなことしてないで、チームに入れてやれ」
「いやいや、俺は体育とか出来なくてもいいし、チームとか入らなくても何にも問題ないんですよ?」
「それは知ってるけど、お前の保護者にお願いされたんだよ。だから先生はそれに従うしかないんだ。すまんな」
くそう卑怯な。手を差し出して引っ張り上げるとか、どこのお仲間だよ。それに、俺の保護者……だと!? ま、まさかお母さんか?
「え、それって……花城の?」
「それな! 花城、お前の嫁なんだろ? それを聞かされたらお前をずっと座らせるわけにはいかんだろ」
「俺のヨメ? 嫁って、何かのゲームのことじゃないですよね? 花城も俺もまだ高2っすよ? 先生がそれ言ったら駄目ですよ」
コートの中には石像のような俺がいる。石像に向けた可愛い声援が俺に来ているのが何とも言えない。
「たかくーん! ボール来てるよ~ガンバレー!」
応援が痛い。味方が敵になるとは思わなんだ。これは素敵な妹ライフ改め、試練過ぎるライフの始まりなのか!? それでも、やっぱりゆかりなさんが可愛すぎる。
体育の時間の敵はまだマシだった。敵は家の中にも存在していたのだ。しかもクラスの連中よりも格段に上だ。突き刺さる視線ほど凶悪なものはない。
「あ、あの~……ゆかりなさん」
「ゆかりん!」
「ゆかりん……その、そうやってジッと見つめられると集中出来ないのですが、わたしはどうすればいいのかね?」
「あっ……ご、ごめんね? わたし、思いきりたかくんの勉強を邪魔してるかな……グスッ」
「いやいやいやいやいや! 全っ然! そんなことあるわけがないじゃないですか」
うわあああ! 全然勉強出来ないぞ。しかもすぐ泣こうとするし、それは新手のいじめか? それとも策略なのか!? ここにゆかりなさんだけがいるならともかく、どういうわけかお母さんも座って見ている。なんすか、俺を監視する機能がついたんですか?
「高久君。私の事は気にしなくていいのよ? ゆかりんを泣かせたからといって、あなたをどうにかするわけじゃないんだし。安心して?」
出来るわけがないだろうが! などと心の中ですら思えなくなった。夜叉なのかどの鬼なのか分からないが、お母さんは俺にとって天敵となった。俺のゆかりなさんへの偽告白から俺の全てを奪いに来たらしい。
「分かりました。ではお母さん。申し訳ないのですが勉強の邪魔です。部屋から出て行ってもらえませんか? ゆかりなと二人だけで集中したいのです」
「た、たかくん?」
「お願いします。出て行ってください」
「……そうね。さすがに学生の勉強、しかもテスト勉強の時にまで緊張させるのは良くないわね。ごめんなさいね。それじゃあ、私はタカキさんの所に行ってくるわ」
「ありがとうございます」
命がけの演技が効いたようだ。いくら部屋に出入り出来るようになって、なおかつ娘が心配なのは分かるが過保護過ぎんだろ。
「それとゆかりな。俺は勉強をする時は一人でやる。お前のことは好きだけど、そこは理解しろ。いいな?」
「は、はい。高久くんがそう言うなら従うね。ごめんね」
「ああ、好きだぞ。ゆかりな」
「う、うんっ! わたしも大好き!」
だから、お前は誰だ? どんなにカッコいいことを言っても、所詮は高久なんだぞ? 気付け、俺。
「た、高久……は、入るぞ」
「親父? ど、どうした? 闇討ちか!?」
「お前、ゆりなさんに何を言ったんだ? お前が勉強のことで神経質なのは知っているが、頼むから彼女を怒らせないでくれ……た、頼む」
「お、おお……わ、分かった。死ぬなよ?」
俺の知らない所で、親父はお母さんの愛の拳を受け止めているらしい。ゆりなさんは昔、何かの選手だったと聞かされたが何だったか忘れてしまった。ゆかりなさんを好きになり、告白をして上手く行くのはいい。
そして閉めだしによる効果のおかげで、俺は前回よりは成績が上がった。そしてそのことで再び、波乱を起こすことになりそうだった。
翌朝、廊下を歩いていた俺は波乱の幕開けから声をかけられた。
「あなたが高久さん? 私と競いません?」
「う?」
「私、華乃って言います。これからよろしくお願いしますね!」




