15.誤解と勝負と大いなる勘違い
「俺、分かったことがあってさ、俺はゆかりなさんが――」
「ん? わたしが何……」
「おっ? そこにいるのは花城? こんな何にもない公園で何してんだ」
もう少しで俺の何かが変わろうとしていたのに誰だ、俺の邪魔をした奴は!
俺たちの背後から声をかけて来た空気の読めない奴……それは、スポーツ万能イケメン。
「お前確か高久だっけか? 花城とヨリ戻したってやつ? それにしたって公園でだべってるとか、あり得なくね?」
確かこのイケメンはジャンプサーブで飛びまくって、女子の視線を一斉に浴びまくってた爽やか系な奴だったはず。それなのに、何故嫌な奴のセリフ吐き男に成り下がっているのだろうか。
「そういうキミは梓ちゃんの双子の弟くん?」
「はぁ!? 双子って何だよ? 梓は俺だけだし。ちゃん付けマジでやめてくれる?」
「悪いね」
「何だコイツ……花城って、こんなんがいいのか? コイツってスポーツ無能って聞いたけど、他にいい所なんてあんの?」
「何? 何で声をかけてきたの?」
「花城と俺って別れてないじゃん? だから誘いに来た」
「付き合ってもないじゃん。本気でもなかったし、もしかして本気にしてたわけ? 帰る時わたしもう最後って言ったよね? あの時聞こえなかったんなら、今ここでもう一度言うけど」
「俺も遊び半分だったけど、本気で好きになった。マジで付き合わねえ?」
話が見えませぬぞ? 彼氏のふりをする代わりがマジで本気になったのか? 大事なことだから二度ほど。
「なん――」
「それは違うぞ、梓とやら。俺はゆかりなと想いがテレパシー! じゃなくてシンパシー……そうではなくて、とにかく色々とアレなんだ! 俺は確かにスポーツ無能。しかし勉強は万能!」
「へぇ……? スポーツ無能な奴と勝負なんて成立しないから仕方ないけど、勉強も俺は上位だし、勝負するか? 俺が勝ったら花城を……」
「断る!」
「は? 逃げんの?」
「勉強をそんな邪な気持ちでやる奴とは勝負しない。それに俺には、すでに勝負する相手が決まっているのだよ。こう見えて真面目なんで、優先順位は守る!」
「へぇ? ソイツとも勝負してんのか。何の勝負?」
思わずらしくなさすぎる行動に出てしまったが、後には引けないなと思った俺は、ゆかりなさんの肩に手を置いて口走っていた。
「コイツだよ。俺はコイツのことが好きだ! ゆかりなも俺のことが好きなんだが、どっちの好きが強いか勝負してるところだ!」
「た、高久くん?」
とうとう言ってしまった。果たしてこれで万能イケメンは諦めてくれるだろうか。しかしこれはあくまでも勝負。そこに俺自身の感情はまだ膨らんではいない。
後で妹の誤解を解こう。俺自身の好きという気持ちは、まだきっとゆかりなさんが理想とする彼氏像に追い付いていないはずであり、その理想に近付くまではまだその資格がないのだから。
「はぁ!? コイツのことが好きって……いや、だって花城お前は」
「す、好きなの……わたしが好きなのは高久くん。だから、ごめん。勝負とかしてもわたしの答えって、とっくの昔に出てるの。だから……」
「は、ははは……そ、そうだと思ってたよ。そ、それなら仕方ないかな。それなら花城も俺との約束を守れよ? じゃあまたな」
「うん、ばいばい」
ほう? つまりはそういうことだったわけか。ゆかりなさんとイケメン梓は俺に仕掛けたいがために、何かの取引をしたわけか。だけど、偽の付き合いがマジになってしまった。それほどまでにゆかりなさんに惚れちまった、そういうわけか。
「――くん」
しかし、アレですよ? 俺の告白はもしかしてゆかりなさんには、恐ろしく誤解を生ませてしまったんじゃないですかね?
「おいっ!! 高久くんってば!」
「あっ……ど、どうした?」
「キミって前もそうだったけど、わたしを意図的にシカトするのが趣味な人なの? それとも好きだからいじめたいの? わたし、そういう趣味の人は――」
や、やばいぞ。せっかく好きだと告白をしてゆかりなさんも何となく、心を開いている感じなのに早くも嫌われそうだぞ。どうする? どうしよう。
「いやっ、ゆかりなさんが嫌ならやめるから! だから、あの……」
「許してあげる。だって、わたしのことが大好きなんだもんね?」
好きから大好きにグレードアップしてますよ? いやいや、ちょっと待ってくれ。
「えーと、じ、実は……告白のことなんだけど」
「あっ、もう暗いじゃん! 家に帰ろ? だから、手を出して?」
手? ま、まさか、俺の手を利用して頬をぶつつもりか!? なんて自虐! Mじゃないよ?
「は、はい」
「えへへ……手を繋いで帰ろうね」
「あ……う、うん」
やばいぞ。とてつもなく可愛い。あんな告白は俺自身は認めてないのに……何てことでしょう。
「ただいまー! お母さん、わたし高久くんにプロポーズされちゃった」
ホワット!? ちょ、ちょっと、ゆかりなさん? 待て、チョイ待て。好きからどうしてそこに飛んで行った? そりゃあいくら何でも宇宙に飛び過ぎですってば!
「良かったじゃん! 叶ったね! ゆかりん」
「うんっ! これで彼の全てを……」
は? 何だその恐怖なセリフは。まさか、あの時のアドリブが生きてる感じ? 嘘だろ、おい。
「高久。これから家族会議すっから、お前とゆかりなちゃんと一緒にそこに座れ」
「お、親父……いや、あの――」
「座れ」
「ハイ」
「高久、座れ……いや、その前にちと、こっちへ来い」
「あ、はい」
「高樹さん、どちらへ……?」
「え、えっとですね……息子へ説教をしに行くんですよ。少しばかりお待ち頂いてよろしいでしょうか、ゆりなさん」
「……早く戻って来て下さいね?」
「は、はいっ!」
おぉ……さすがゆかりなさんのお母さん。迫力が本物だ。親父がまるで小鹿のようだ。
「で、なんすか?」
「お前、本気なの? ゆかりなちゃんのことがマジで好きなの?」
やはりあの場では一応父親としての態度を出していたようだ。普段はほぼダチみたいな感じで話をしているから、さっきは少しだけ驚いた。
「好きなのは事実。だけど、何ていうかね……」
「大体わかった。ハッタリとその場しのぎと、誤魔化しで誤解されたんだろ?」
イケメンがいたことと、その対応についてをさくっと話したらすぐに理解したようだ。もしや経験者なのか? それともお母さんもかつては小悪魔で、それにやられてしまったとか?
「高久。俺と一緒にリビングに戻ったら、頭を床に擦り付けながら進め。そしていっさい、二人の顔を見るな。そしたら目いっぱいの土下座をしろ。理解したか?」
「分かった」
そして戦慄のリビングが幕を開けた。
「タカキさん……」
「高久くん」
「ははー……」
「は、はい」
何故自分の家で俺と親父は、ハイグレードな土下座をしているのだろうか。
「高久君はゆかりなをどうしたい? もし中途半端な気持ちで告白したのなら……」
「い、いいえ……滅相もございません。ゆかりなさんといつかは一緒になろうと思っておりまして」
「いつかは? 高久君、今はそうじゃないの?」
「さ、さようでございまして」
これを言えば気付いてくれると確信したのに――
「ゆかりなは今がいいよね?」
「うん。だって、想いが通じあったし」
オゥ……無理か。もう正直に言うしかないな。きっと制裁を与えられようとも、半端な気持ちを宿していては目の前の二人、特にお母さんには一生逆らえなくなりそうだ。逆らう気は無いが、親父を見ていて理解した。
「ゆかりなさん、実はあの告白は――」
「ゆかりんが大事?」
「そ、それはもう」
「じゃあ、その言葉は胸にしまいこんでいなさいね。私からゆかりんに言っておくから、高久君は部屋で勉強でもしていなさい」
「あっ、はい」
「お母さん? え、話は?」
「後で教えるから、ゆかりんも自分の部屋に戻ってなさいね。大丈夫、悪いことなんかじゃないから」
「うん」
どうやら夜叉のようなお母さんには全て分かられていたようだ。俺もゆかりなさんも、大人しく部屋で過ごすしかなかった。
そして、親父は別件で何かを言われ、しばらく俺とゆかりなさんの前に現れることがなかった。
お母さんの何かの言葉で、ゆかりなさんのハイテンションはおさまっていたようだ。ただ翌週の学校から、俺たちは少しずつ変わるような、そんな予感がしていた。




