14.妹への告白。
バイト中だったのに妹のゆかりなを追いかけることになった俺は、あいつが何を考えているのか分からなかった。
「おい、待てってば!」
「来んな! バカ野郎」
ああっくそ! 何で俺、こんなに必死なんだ? どういう気持ちでゆかりなを追いかけているんだ?
「なあ、何でそんなに怒ってるんだよ?」
「そんなの、自分の心に聞け!」
自分の心に聞いてみたが返事は帰って来なかった……我ながらアホな行動である。
「何でゆかりなが怒ってるのか分からなかったぞ?」
「……呼び捨てするな。高久のくせに」
「オレが分からないのに、誰が分かるっていうんだよ?」
「付いてくるな!」
「俺も同じ家にいるんだから仕方ないだろ!」
「ただいま! ってか、近付くな! バカひさの分際で」
「バカはやめろって! 俺はこれでも……」
「これでも秀才です……って、自分で言うとか寒すぎるんだけど?」
「まだ何も言ってない!」
「高久のことだから言いかけただろ!」
「そんなの言わなくても、ゆかりななら分かるくせに」
そんな感じでやり取りしていたら、親父はおろおろしていた。でも、お母さんはクスクス笑ってた。
「だいぶ深まって来たんじゃない?」
「え? 息子のあんな姿見たことないけど、本当に大丈夫ですか?」
「子供のじゃれあいですよ。あの子たちは気付かないだけで、本当はもっと、ああいう関係を望んでいるんですよ」
「は、はぁ……」
何であんなに生意気なんだ。すぐに部屋に逃げるとかズルすぎる! どうにかしてゆかりなの部屋の中で説教したい。
「ゆかりな……ゆかりなさん、お母さんが呼んでますよ?」
「なんて?」
なんて言うべきか。やはり高級なパンで釣るか。
「ほら、えと……近くのパン屋で、お高いパンを買って来たから食べなさいって言ってるよ。いい子だからドアを開けておくれ」
「やだ」
「くっ……」
「何で高久が悔しがるの? そんなにわたしの部屋に入りたいのかな?」
入りたいに決まっているだろうが!
「わたしがそんなに好きなんだ?」
「そんなの当たりま――」
「当たり?」
「違う!」
「嫌いなんだ……そうなんだ。じゃあ、家から追い出す?」
「じゃなくて、そうじゃなくて……それはだな」
今ここで、そんな甘え声と泣き声を出しおって。
「はい、時間切れ! 高久くんはまだわたしの部屋には入れません。もっと格好よくならないと無理です」
むむむ……格好よくとか、それは一生無理な話じゃないか。だが諦めん! 俺はゆかりなさんともっと――心の中の訴えが効いたのか、お母さんから救いの声が届けられた。
「高久君、こっち来てくれる?」
「あっ、はい」
「悪いんだけどさ、お使いしてもらえるかな? お父さんも買って来て欲しい物があるってさっき、言ってたし」
「いや、そんなこと言った覚えは……がふっ! あ、ありますとも」
なんか、肘打ち入ってたな。親父はお母さんに弱いのか。
「えと、なんですか?」
「ゆかりなと一緒に、美味しそうなパンを買って来て欲しいのよ。頼める?」
「パンですか? それってお高い系の……」
「え? あーうん、まぁそんなとこ」
嘘が真実になったようだ。いや……俺の言葉を信じないのにどうやって部屋から出せるとでもいうのか。今は何を言っても部屋から出て来ないはずだ。
「大丈夫。私から呼びに行くから、高久君は玄関であの子を待っててね」
「わ、分かりました」
「高久。頑張れよ?」
「親父もな」
何故か知らないけど、俺はお母さんに騙されたらしい。玄関で彼女を待っていた俺の元に、ゆかりなが頬を膨らませながら姿を見せた。
「いっとくけど、お母さんに頼まれたからであって、高久くんの為じゃないんだからね?」
呼び方が平常に戻っていたのと、妙に俺のことをチラチラと見ていた。何を言っておびき出したのだろうか。まさかと思うが、俺が泣いて頼んだなどと嘘をついたのではないだろうな。マジで勘弁してください。
「それで、どこに行くつもり?」
「へ?」
「高久くんがお母さんに泣きついたんでしょ? わたしと仲直りのデートがしたいって。違うの?」
「あっ……はい! 違いませんとも! 俺が頼んだんですよ、ええ。その為の軍資金も頂きましたので、行きましょうか」
「言葉! それやめてって言ったよね? わたしと一緒にどっか行くんなら、普通にしてよね」
「……分かった。じゃあ、行くか」
「うん!」
本当に一体どういう言葉のマジックを使ったんですか? あんなに聞き訳の無い妹が、こんなにも素直で可愛い……前よりも可愛くなったように感じるのは気のせいなのか。
「デートってどこに行けばいい?」
「は? それマジで言ってる?」
「いやっ、マジじゃないから冗談だから!」
うわ、あぶねー。一瞬で仁王像みたくなりそうだった。てっきり高級なパンを買いに行くだけだとばかり思っていたのに、何てことだ!
「え、えーっと……と、とりあえず、歩くからついて来いよ?」
「う、うん」
何の行き先も目的も、目標も何にも決まってないが、どこかに歩けば何かが見つかるだろう。そう思って前に進もうとするものの、何故か分からないけど何か見えない力で引っ張られている感じがして、なかなか前に進めない。
恐る恐る後ろを見ると、視線を外したゆかりなさんが俺の服を掴んでいるではありませんか。なんすか、そのいじらしさは! あんた、そんなキャラじゃなかったでしょ? それにしても服を引っ張りすぎて伸びまくってるんだが……何て言えばいいのやら。
「ゆ、ゆかりな。何?」
「さん!」
「あ、あぁ、ゆかりなさん。その手は何を意味してるか聞いても?」
「掴んでいるだけですけど? 文句ある?」
「ないです」
気にしないことにする。きっと俺の服の触り心地が抜群なのだろう。そうに違いない。
「はぁ……その辺が残念すぎるよ。高久くん」
「何か言った?」
「うるさい! こっち見んな!」
よく分からないままゆかりなさんは歩いている間はずっと、俺の服を掴んでいた。それには何かの意味があったのかさえ、俺にはさっぱりだった。そんな俺を見ながら、何度も首を横に振りまくるゆかりなさんだった。
「いつまで歩くわけ? どこかお店に連れて行ってくれないの?」
「よ、よし、えと……パンの――」
「うざ……高久はパンしか知らないのか!! サイアクすぎる。もっとさぁーわたしのためにいい感じになってよ、もう!」
しかしマジでデートとかの場所を知らないわけだが、どうすれば俺は成長できるのだろうか。彼女とかじゃなくていいから、女子の友達がいれば……。
「高久、こっち!」
「っと、お、おい。どこに行くんだよ?」
「いいからついて来る!」
今度は俺が手を掴まれた。ゆかりなと手を繋ぐとか、もしかして初めてなのかもしれない。そう思うと緊張して何も言葉が思い浮かばなかった。
それを分かっているのか、ゆかりなも何も言わずに俺の手を掴んだまま、とにかくどこかに向かって進みだした。
「はい、到着!」
「ん……公園? な、なにかあるの?」
「何も無いけど? その辺に座って話をするだけ。もうそれでいい。どのみちもうすぐ夕飯だし」
「でも、それだけだよね」
「わっかんないかなぁ? 高久くんと一緒にいるだけでいいの! それだけでいいんだってば!」
「わ、分かったよ。俺もゆかりなさんといるだけで落ち着くし。それでいいよ」
「はぁぁぁ……仕方ないか。キミ、真面目くんなんだもんね。チャラくないし、分からないよね。育て甲斐がありすぎて参るなぁ」
まだ俺を育成する気満々らしい。確かに実のところ俺は、今までぼっちすぎたというのもある。誰かとどこかへ遊びに行くといったことをしたことが無かっただけに、デートと言われてもまるで分からなかった。
俺の方がガキなんだ。世間的には妹だけど、ゆかりなさんは俺の理想の彼女として、俺を成長させてくれる子ってことなんだ。
「ゆかりなさん」
「んー?」
「オレ……ゆかりなさんが――」




