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キラキラ、ギラギラ。シャンデリアの反射光が露になっている左目に突き刺さって、アリアドネはぎゅっと目を閉じた。
地下とは思えないほどに光に溢れたパーティー会場は百人は余裕で収容できるくらいの広さがあり、かなり派手な造りとなっていた。
天井には金箔で彩られた竜と乙女の姿が描かれ、薔薇の花が埋め尽くしている。みっちりと隙間のないくらいに描かれたそれらはクリスタル製のシャンデリアの光を必要以上に反射して、真珠の粉が混ぜられているのか仄かに白く光る壁もまた、その役目に一足買っているようだった。
その下には贅を尽くした食事が所狭しと並べられ、参加者たちが和やかに会話しては舌鼓を打っていた。
ウィンプソン公爵家にも、このようなパーティーを行うためのダンスホールは存在する。
豪奢でありながらも品がよく、整然としていて美しい部屋だった。こんなにキンキンギラギラしていない。
(なんて趣味の悪い)
無骨な鉄の檻の中、アリアドネは溜息を吐いた。
趣味が悪いのは部屋の造りだけではない。このパーティー自体が悪趣味――下劣極まるものだった。
会場を囲う壁には、大小様々な絵画が飾られている。壁沿いには彫刻や騎士の鎧などの大型の芸術品が並んでいた。会場内には点々とガラス張りの展示ケースが置かれ、中には拳大の宝石があしらわれたティアラや、大粒のダイヤモンドだけが連なる首飾りなど、高位貴族であっても中々手にできないような宝石類が飾られている。
そのほとんどが盗品であり、正規のルートには出せないような品々ばかりである。
その代表とも言うべきものが今回のパーティーのメインらしく、会場の四隅と中央に天井から吊り下げられていた。
真っ白な巨大な鳥籠だ。
しかもただの鳥籠ではない。人間が閉じ込められた鳥籠である。
中央の赤いリボンの巻かれた鳥籠は無人だったが、四隅の桃色、青、黄色、緑のリボンが巻かれた鳥籠には一人ないし二人の少女たちが閉じ込められていた。年の頃は10代、まだ幼い少女も女性に移り変わる頃の少女もいる。
それぞれ違った美しい顔立ちの少女たちは、リボンと同じ髪色、もしくは瞳の色をしている。だからこそのリボンの色なのだろう。それと同じ色のシンプルなドレスを身に纏い、うつろな瞳で俯いていた。
桃色の少女には見覚えがあった。ピンクゴールドの巻き毛を二つに結んだ、城下町でも市民に評判のパン屋の娘だ。情報を得るために表に裏に歩き回っている時に知り合った。パンの焼ける匂いにつられて足を止めたはいいが金を持っておらず、じっと見つめていたら声をかけてくれたのだ。
同じ無印奴隷のマルタと同じくらいの年頃で、明るい笑顔と威勢のいい掛け声が人の足を止めるような看板娘。化粧っ気はないが整った顔立ちで、若い男の視線を集めてなお気取らない人気者だった。
その明るさは見る影もない。淀んだ目は半分閉じられて、無理やり作ったような歪んだ笑みを唇に乗せている。薄桃色のドレスがまくり上がるのも構わずに白い脚を投げ出して、白い鳥籠に寄りかかっていた。下から参加者たちにむき出しの脚を撫でられても、一切の反応はない。
尻を触る客には容赦ないことで有名な彼女が、なぜ。
「薬を盛られているな。明らかに正気ではない」
耳元でバルドゥールが小さく呟いた。息が当たってくすぐったい。
アリアドネは身動ぎしたが、狭い檻の中に二人押し込められているせいで思うように距離が取れず、うごうごと揺れるだけに終わった。止めろとばかりにわき腹を抓られる。
「薬ですか」
諦めて小さく返すと、頷きで返された。後ろから抱き込まれている形で檻の中に丸まっているので、頭頂部に顎が当たる。
騙されたふりをして部屋に押し込められた際にいた子供たちは皆、同じような檻の中に一人ずつ押し込められて床に転がっていた。二人が同じ檻の中なのは、バルドゥールが全力でやり切った妹思いの兄の演技の賜物だ。
あちこちに転がる小さな檻は参加者たちの気まぐれで蹴られたり酒をかけられたりするので、その度に押し殺した悲鳴が聞こえる。
「俺たちも薬を嗅がされただろう。彼女らが与えられたものがどういう代物かは知らんが、間違いなく合法のものではないだろうな」
バルドゥールとアリアドネが目的としていた、無認可の奴隷売買商人の捕縛。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、と孤児に扮して商人の懐へ潜り込んでから現在、敵が関わっていたのはどうやら強制的に奴隷にした子供の売買だけではなかったらしい。
「拉致監禁に奴隷売買、おまけに窃盗と麻薬取引の疑いあり。間違いなく全員、貴族籍剥奪だな」
バルドゥールは悪辣な笑みを浮かべた。見えないが、きっとそうだろう。
なぜって、やたら背筋が寒かったのだ。
アリアドネはぐるりとパーティー会場を見回した。
参加者たちは思い思いに酒を飲み、歓談し、ゲームに興じている。それだけを見たら普通の貴族の社交パーティーと相違ない。
しかし、参加者たちが総じて顔半分――目元から鼻にかけてを覆う仮面をつけていることで、このパーティーがただの社交の場ではないことを示していた。
その仮面のデザインは全て異なる。動物を模している物、道化師のような化粧に似せている物、まちまちである。共通しているのは、誰しもが宝石や金糸を存分に使用してそれを作っていることくらいか。
顔の下半分は露出しているし、声も変えていないし、髪の色も、仮面に空いた穴からは瞳の色も分かってしまう。
広いようで狭い社交界だ。外の知り合いがこの会場にいたとしたら、仮面の意味なくすぐに誰が誰だか分かってしまうことだろう。
仮面は顔を隠すための物ではない。
ここで見たもの、聞いたこと、知った全てを表では秘密にする。誰か分かっても口外しない。
その誓いのための仮面だ。
パーティーの目的が分かっていてもなお質の悪いことだ。
「早く逃がしてあげましょう」
「シッ」
少女たちのいく末を思って眉を寄せたアリアドネだったが、重ねようとした言葉はバルドゥールによって塞がれた。
パーティーに動きがあった。
思い思いに動き、話していた参加者たちが口を噤み、視線が一か所へと集中していく。会場の上座には、一人の男の姿があった。でっぷりした体を紫紺のフロックコートに身を包んだ、蝶をモチーフにした仮面をつけた男。
男は黒服の侍従からグラスを受け取り、シャンデリアの光に翳す様に持ち上げた。
「――美しいものは良い」
(何言ってんだコイツ)
アリアドネは顔を歪めた。
「宝石、絵画、彫刻。美しいものをより美しく、そして、美しいものは最も美しいままで留め置くこと――それこそ至上」
ダービー男爵だ。バルドゥールが耳元で囁いた。
先代の類稀なる商才によって男爵に成り上がった、ダービー商会当主にして当代男爵。そしてパーティーの主催者であり、アナスタシアの婚約者となる男だ。幸いだったのはまだ正式に婚約を結ぶ前だったこと。もし正式に婚約してしまった後だったなら、婚約者となったアナスタシアもまた、少なくない被害を被っていたことだろう。
ダービー男爵は掲げたグラスに注がれたシャンパンを揺らしながら歩を進める。
「それは人とて同じこと」
照明が徐々に暗くなる。参加者たちがどよめいた。
絞られていく照明は、会場の四隅と中央を残して全てが落ちる。スポットライトが当たるかのように、鳥籠に囚われた彼女たちが照らし出され、造り物じみた美しさが際立った。
「笑顔、泣き顔、もしくは怒り顔。それぞれの美しさがあり、それぞれの良さがある」
ぼんやりとした笑みを浮かべる桃色の少女。絶えず涙を流す青色の少女。眠ったように瞳を閉じたままの緑の少女。無表情に虚空を見つめる黄色の少女。
「凛々しく戦う女騎士にも」
参加者たちの視線が、無人の鳥籠に集まった。さざ波のように密やかな笑い声が広がっていく。
鳥籠に巻かれたリボンの色は赤。
(――あの野郎!!)
「馬鹿、落ち着け」
怒りに目の前が染まったアリアドネを押しとどめたのはバルドゥールの腕だった。
「今、俺の子飼いの者どもがこちらに向かっているはずだ。もう少し待て」
「……っ、はい」
アリアドネの脳裏に浮かぶ、敬愛する師の姿。短めの赤髪を風に揺らし、穏やかに微笑む美しい女騎士。
あの豚は、アナスタシアが正式に婚約者となった暁にはあの場所に閉じ込めるつもりだったのだ。薬で意志を、自由を、尊厳を奪って、鑑賞するためのあの場所に。
自分で楽しむのか、人に売るのか。分かりたくもない。
「その美しさは我々の目を楽しませ、心を潤してくれることでしょう。どうぞ、この宴をお楽しみください」
乾杯。
男の音頭と共に唱和され、パーティーが始まった。
商品の前に人が集まり、鑑賞しているのが見える。近くに必ず一人は黒服の男が立っており、商品の説明や商談はその者が行うのだろう。指をさしては何かを問いかけ、心得たとばかりに頷いていた。
ダービー男爵は会場内を歩き回りながら、その様子を眺めていた。自分たちが用意した最高級の芸術品たちが高値でやり取りされている様は、さぞかし気分がいいだろう。脂下がった、恍惚としただらしない顔だった。
「素晴らしいですね」
「おお、君か」
参加者の一人に声をかけられ、男爵はアリアドネ達が押し込められている檻の近くで歩を止めた。近くにいた他の参加者達も心なしか距離を詰め、二人の会話に耳を傾けている。
男はひとしきりこのパーティーがどれ程素晴らしく、商品の数々が――特に時を止めたように見える少女たちが――どれ程美しいかを熱弁すると、ふと足元に転がる鉄の檻に目をやった。
「っ!」
ガツン、と蹴られて檻が倒れる。
いきなりの衝撃に対応できなかった体がアリアドネの上に倒れ込む。バルドゥールの腕が顔面を打って、アリアドネは咄嗟に顔を抑えた。痛みを示さないのも、傷を作るのもまずい。まだバルドゥールの許可が下りていない。しかし毎回顔面を打ち付けている。本当にいい加減にしてほしい。
「この塵たちは一体なんです? この美しい空間に不釣り合いだ」
「ああこれは、余興にどうかと思いましてね」
笑いながら男爵がグラスを傾けると、並々とグラスを満たしていたシャンパンが覆いかぶさっていたバルドゥールに降り注いだ。
「表と同じように戦わせるもよし、見世物として裸に剥いて芸をさせるもよし……。各々お楽しみいただければ、と」
その声は会場中に行き渡った。
わぁ、と盛り上がりを見せ、檻を蹴りつけるもの、中の子供を引きずり出して殴り始めるものが出始める。子供の悲鳴があちこちから上がり、それをかき消すような哄笑が聞こえる。その場は下劣を極めた。
「これは兄妹らしい。兄が必死に妹を守る様もまた面白いだろうと、同じ箱に入れたのですよ。どちらから楽しむかもご自由に」
「おお、それはいいですな!」
男爵に支持された黒服が、ガチャガチャと性急な仕草で檻の鍵を開ける。
押しのけるようにして前に出た参加者の男が、楽し気な顔で檻の中に手を伸ばし、バルドゥールの襟首をつかみ上げた。
バルドゥールはむっすりとした顔のまま男の仮面を睨みつけた。恐怖も反抗も、男が期待していた反応の一切はなく、ただただ静かに睨みつける。
「……下種が」
ぷ、と吐き出した唾は男のむき出しの頬に当たり、顎を伝った。
何をされたのか分からなかったのか、男はすぐには反応しなかった。しかしすぐに形相を変えると、拳を固く握りしめた。振りかぶる。
「このっ、糞餓鬼があぁっ!」
殴られる。
「アリアドネ」
「はい」
バルドゥールの頬を打ち抜くかと思われた拳は、アリアドネの手のひらによって止められた。
そのまま拳を握り込み、体を跳ね上げて足を男の首に巻き付ける。がちりとそこで足を組み固めると、下半身に力を籠めて自分の体を旋回させ、男の体ごと空中に飛び――背中から叩きつけた。
轟音。
会場中の視線が集まった。
ぴくりとも動かなくなった男の上からどき、アリアドネは自身の顔半分に巻き付けていた包帯をむしり取った。もういいだろう。
右目の金が露わになる。
「鱗公爵の狗……!!」
悲鳴が上がった。
3年前のシェヘラザードの洗礼道中の際に暴走した馬車を止めた子供の半人奴隷の噂は、センセーショナルな話題として国中を駆け巡った。
他と比べても明らかに能力の高い半人の、この国では唯一王族もしくはそれに準ずる身分の者しか持たないとされている金色の目を持つ子供。王都の守護を司る、鱗の紋を持つウィンプソン家の忠実なる狗。
アリアドネは自身が思う以上に、世に名を知らしめていた。
「おい、誰が取っていいって言った」
「だって邪魔なんですもの」
「……まぁいい」
のんきなやり取りをしている間に、参加者たちは我先に唯一の出入口へと走っている。逃げるつもりなのだろう。しかしもう遅い。
バルドゥールが動いた。
すなわち、この場を収めるための人員が到着したということ。
もう演技も何も必要ない。
「制圧しろ」
「畏まりました」
アリアドネの両目が金に輝く。
まずは目の前で、粗相しながら転がる豚から片づけることにしようか。




