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復讐のアリアドネ  作者: 岡出 千
幼少期:8歳
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 入り組んだ地下道をどんどん進んでいく。

 何度角を曲がったか、どこをどう進んだのか。もう分からない。


 王都には多くの地下道が走っている。それは蟻の巣のように無数に枝分かれし、広く、深く広がっていた。元々は十数年前上下水道が整備される以前に使われていたとされる水路で、今はもう使われていないものだった。

 貴族や軍の目の届かない地下道は裏の世界に生きる者たちの格好のたまり場で、使わないと打ち捨てられた今もなお、密かに拡張され続けている。全ての地下道を正確に把握している者はいないだろう。

 地崩れの起きないよう、要所要所に術式が刻み込まれて地盤が強化されている。スポンジのように穴だらけの地下では、王都の活気に耐えられないからだ。見る限りでは非常に複雑な高度の術式で、けして裏の世界の者だけが地下の拡大に係わっているのではないのだろうと予想された。


 どれだけ深く潜ったのだろう。

 上の喧騒はかなり遠く、アリアドネの耳をもってしても時たまわずかに歓声が届くのみとなっていた。恐らく、御前試合で決着がついたのだろう。

 今のは何組目だろうか。ヒュンケルとアナスタシアの試合は最後に行われるので、さっさと終わらせて観に行きたい気持ちは山々だが、果たしてそううまくいくだろうか。


 契約竜の参戦を許可された竜騎士同士の御前試合は、おおよそ数十年ぶりに行われるらしい。それもあって、対戦表が公開されてからかなりの盛り上がりを見せていた。

 片や公爵家の次男であり竜騎士団副長の美青年、片やその副官である美しい女騎士。元婚約者だという事実も市井の隅々にまで行き渡り、話題は尽きない。

 シェヘラザードは二人の昔の話を聞いてからかなり気を揉んだらしく、馬車に乗り込む際も不安げだった。争いを好まない優しい少女だ。今もどんな気持ちで御前試合を観ているのだろう。


(ああ、早くお傍に戻りたい――)


 大根役者なりに『怯える妹』役を演じながらアリアドネは思う。

 こんなじめじめした地下でむさくるしい男たちや不愛想な少年といるより、どんなに遠くからでもいいからシェヘラザードのまあるい後頭部を眺めていたい。

 そんな気持ちが漏れ出ていたのだろうか。隣を歩くバルドゥールが嫌そうに見下ろしてきた。どうせ見下されるならシェヘラザードに見下されたい。 


「よしここだ。入れ」


 足を止めたのは一つの扉の前だった。見るからに頑丈な鍵がかかっている。ガチャガチャと錠前を外す音が地下道に木霊してうるさい。アリアドネは眉をしかめた。

 扉の中はひどく殺風景だった。机と椅子が二脚。割のいい仕事などどこにも見当たらない。

 間違いない。


 ―――かかった!

 間違いなく餌に食いついた。あとは上手く釣り上げ、美味く調理するだけだ。

 襤褸布に隠れてバルドゥールが口の端を釣り上げたのが見えた。背の低いアリアドネだからこそ見えた凶悪な笑み。ゾッとするような、壮絶なまでのそれに全身の毛穴が開いたのを感じた。ただの貴族が――しかも子供が――こんな顔を出来るものだろうか。


「おい、仕事があるんじゃなかったのかよ! 何もないじゃないか!」


 凶悪さを一瞬にしてしまい込み、バルドゥールは短気な子供のフリをして男たちに声を荒げた。今はまだ、男たちに騙された孤児の兄妹を演じる必要がある。

 一瞬の異変に全く気付かず、噛みつくようにして叫ぶバルドゥールを見下ろす男たちはニタニタと、下卑た笑みを浮かべていた。


「ああ、仕事なら勿論あるさ」


 男たちはアリアドネ達の背中を押して部屋に入る。

 そして。


「っ!」

「アリー!!」


 突然伸ばされた男たちの手は叫ぶ間もなくアリアドネの口を塞ぎ、その勢いのままに小柄な体を抱き上げた。バルドゥールが悲鳴じみた声を上げる。

 塞がれた口と手の間には何かの布が挟まっており、何の臭いだろう、奇妙に甘ったるい臭いがした。

 必死な顔でこちらに手を伸ばすバルドゥールもまた、もう一人の男に拘束されて口を塞がれているのが見える。じたばたと手足を振り回していたが、やがてその勢いは弱まり――がくりと体が弛緩した。 

 男はそのままバルドゥールを担ぎ上げ、にやにやと笑いながらこちらを見て。


「え!?」


 と、驚いた声を上げた。

 そこで漸くアリアドネは気づく。


 あ、これ気絶しなきゃならないやつだ、と。


 半人だからか何なのか、アリアドネは毒や薬の効きが非常に悪い。

 バルドゥールの気絶する姿を見ていなければおそらく、意味が分からずぱちくりと瞬きをくり返していたことだろう。しかし今はそれではいけない。上手に気絶しなければ!


 一度目を限界まで見開いて、体をびくりと強張らせ――ゆるゆると、出来るだけゆっくりと瞼を下ろす。そしてがくりと全身の力を抜いた。

 せめてもの演技だ。少し効きが悪かったけれど、ちゃんと効いてますヨー。ちゃんと気を失いましたヨー。全体重を男の腕にかけて念じる。


「どうした?」

「え、いま、そいつ……。いや、何でもない」


 そんなわけないよな。

 自己完結してくれた目撃者の男に内心で感謝を送りながら、アリアドネは気絶したふりを続けた。


(危なかった……)


 泥付き大根がぶつ切り大根くらいになった瞬間だった。






 そこからさらに小脇に抱えられて運ばれたのは、どこかのお屋敷の地下だった。

 なぜそれが分かったのかというと、気絶したふりをしつつ薄眼を開けて見た先の内装が、ごてごてと高価な品々で飾り付けられていたからだ。貴族か、それとも富裕層の平民の屋敷か、そこまでは分からない。けれどおそらく、ここが無認可奴隷商のダービー男爵の屋敷――もしくはそれに準ずる場所――であることは十中八九間違いないだろう。

 がちゃがちゃと耳に痛い金属音を立てながらどこかの部屋の鍵を開け、無造作に放り投げられた。下手に受け身などとってはいけないので、体重の軽いアリアドネの体は思いのほか飛び――その勢いのままに部屋の中に落下する。 


「ぶぶっ!」


 顔面から。

 その隣にバルドゥールも投げ出され、その衝撃で起きたのかはたまた同じく気絶したふりなのか、弾かれたように立ち上がり顔を真っ赤にして怒り出した。


「おいっ! おまえら、これはどういうことだっ! 仕事があるんじゃなかったのかよ! ふざけんな!」


 くってかかる子供をうっとうしげに振り払い、男たちはドアを閉めた。直後にがちゃりと鍵の締まる音がする。

 扉の上部は大人の目線の高さに小窓が切り取られてあり、見るからに頑丈な鉄格子がはまっていた。その向こうから視線を寄こす男たちは、相も変わらずにやにやといやらしい笑みを浮かべていた。


「おいおい俺たちが嘘を吐いているってのかい? 心外だなぁ!」

「仕事ならあるさ! 販売の手伝い。商品は自分自身だけどな!」

「なっ! おい、ふざけんな! ここから出せよ、おいっ!!」


 笑いながら去っていく男たちの背に向かって怒気も露わに叫び続けるバルドゥールだったが、アリアドネが「……今どこかの部屋に入りましたね。近くに見張りはいません」と小さな声で呼びかけた瞬間に真顔に戻った。貴族の子息がどうしてこうも演技力に溢れているのか謎である。


「あいつら雑な仕事しやがる」


 眉間の皺が通常よりも深い。薬を嗅がされたことも荷物のように抱えられて投げ捨てられたことも気に入らないのだろう。凶悪に顔を歪ませて舌打ちをした。

 ぐるりと室内を見回すと、壁際に身を縮こませて座り込んでいる数名の子供がいるのに気づいた。汚れた顔や手足、ぼろぼろの衣服。間違いなく路地裏に住む子供たちだ。

 びくびくと脅えた様子でこちらを窺う子供たちに声をかけることなく、バルドゥールは部屋の壁に手を当てて何事かを探るような仕草をした。砂埃でざらつく石壁を掌で撫でさすったり、ノックするように叩いたり。しばらくそうしていたが、やがて諦めたように息を吐いて壁から離れた。


「アリアドネ」

「はい」

「ここの様子は分かるか」


 漠然とした問いかけにアリアドネは首を傾げた。一度で伝わらないことに腹を立てたバルドゥールは舌打ちを重ねる。短気な男だ。


「かなり高度な探知阻害の術式が張り巡らされている。恐らく外からの捜索をやり過ごすためだろう。商人グループの人数でも掴まっている奴隷の場所でも何でもいい。お前の耳で何か情報は入ってこないか」

「少し時間をください。えっと……」


 アリアドネは集中するために目を閉じた。視界を遮断して聴覚の感度を上げる。雑音の海に飛び込んだようだった。

 常人の耳ではけして拾うことのない小さな音、声。数多の雑音がうねりを上げてアリアドネの鼓膜を叩きつける。

 バルドゥールの息遣い、部屋の隅に固まる子供たちの速くなる鼓動、そして――。


「……この屋敷の地下は二階分あるようです。屋敷自体よりも地下層の方が広いのかな、音の範囲が違って聞こえます。

 今いる場所は最下層で、多分ですけど捕まってるのは……この部屋の両隣から子供の泣き声がするので……うーん……十人ちょっとかな……子供よりも女の人が多いかも。呼気を聞く限りでは年齢は若いですね。捕まってる中に大人の男性はいません。

 あとここの3つ左隣の部屋から、さっきの奴らとあともう一人知らない声……商品について話してるのかな……今日これから販売会をするようです、たくさん人が来るって言ってる。

 上の階で反響する足音は6人分ですね。どっかから行ったり来たり……結構バタバタ動き回ってます。途中で足音も声も聞こえなくなる場所があって……行きと帰りで足音の響き方が変わっているので、多分荷物を運んでる。かなり重いもの……貴金属の類ですかね、やっぱり……どうやら取引をするのは奴隷だけじゃないようですよ」


 優れた聴覚で得た情報を考え、精査しながら言葉にしていく。

 何が必要で何が不要か。アリアドネでは判断しきれないものを、全てバルドゥールに伝える。 

 アリアドネがすべきことは、求められる役割を果たすだけ。それ以上のことをするのはバルドゥールの仕事だ。


「なるほど。荷物を運んだ先が売買の会場になるんだろう。もしかしたら盗品か麻薬ドラッグか……相当な人数の貴族が関わってるかもしれんな」


 無認可の奴隷商を追っていたはずが、もっと大きな獲物がかかった。

 王国法では一部を除き、麻薬は禁止されている。認可されているのは医療行為のみであり、売買にも王国直々の許可証が必要だ。

 無認可奴隷に麻薬の不法売買の疑い。出るわ出るわの違法行為だ。


「我が王がしかるべき地位に就くまでに、隅々まで掃除をしておかねばな」


 くっくっくっくっく……。

 喉奥で低く笑い、過去最高の極悪微笑を浮かべるバルドゥールから、アリアドネはそっと視線を逸らした。

 

(こいつヤバいやつだ……)


 人はそれを同族嫌悪と呼ぶことを、アリアドネはまだ気づいていない。




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