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復讐のアリアドネ  作者: 岡出 千
幼少期:8歳
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閑話 幼い婚約者達の語らい1


 冬の気配が感じられるようになってきたこの時期に、豊富な実りを祝い翌年の豊作を祈念する、国を挙げての収穫祭が行われる。国中からありとあらゆる芸術や美食、人や物が一挙に集まり、7日に渡って恵みに感謝する祭りだ。

 この時ばかりは厳しい検問の目も緩み、数多くの商人や貴族、平民と、身分を問わず王都に集まる。

 勿論、収穫祭をどう楽しむかは身分によってそれぞれだ。平民はずらりと並んだ露店の料理に舌鼓を打つが、貴族は屋敷に一流の料理人と音楽家を呼んでパーティーをする。

 しかし身分を問わず楽しめる催し物も開催される。


 大通りを城に向かって進んだ突き当り、堅牢な城門を潜り抜けた先に、ゆうに数千人は収容できるだろう大きな広場がある。

 メルバーン王国は105代続く歴史の古い国だ。連綿と続いた歴史の積み重ねの表れかのように、増築に増築を重ねられた城の内部はまるで迷路のように入り組んでいる。その全てを熟知する者は、ほんの一握りしかいないほど。

 王都に一番近く、城の入り口となっている建物は一宮という。一般官吏や武官などの働き場所だ。広場を囲うようにコの字型になっており、王侯貴族が観戦しやすいよう上階中庭側には観戦席が設けられていた。一宮のさらに内側が高位官吏や武官の執務室や客室などが並ぶ二宮、最奥に王族の居住区となる奥宮が存在する。


 一宮の広場は王国を上げての祝祭などに使用されることが多いが、それ以外にも重要な役割がある。

 戦争で自国が戦場になった場合、攻め込んできた敵軍の撃退だ。王の首を討ち取らんと城に攻め込んできた敵を広場に囲い込み、一宮の壁面のあらゆる場所に仕掛けられた狭間から弓や魔術で迎撃する。城門を閉じてしまえば閉じ込められた敵軍に勝ち目はない。

 一度目の時、罪人として捕らえられたシェヘラザードを救うために単身攻め込んだアリアドネが戦ったのもこの広場だ。

 城門を潜り抜けた先に待ち受けていた大軍と、壁面に多く仕掛けられた狭間からの迎撃を受けてかなりの負傷を受けた。


 そんなアリアドネにとっては曰く付きの広場で行われるのが、収穫祭のメインイベントとも言うべきものだった。

 観覧は自由、出入りも身分問わず。国中から選ばれた名のある劇団や音楽団が王の御前で腕前を披露することが許される。

 この国の始祖とされる竜神の伴侶である薔薇の乙女ラナリナは、それは素晴らしい歌と舞の名手だったといわれているので、この国では音楽に対する関心が高い。得手不得手はあれど、貴族のみならず平民ですら楽器や歌の覚えがある者がほとんどだ。

 国中の至る所で演奏は聴けるが、王城前の広場は特別だ。その場所で演奏できるのは一日に付き一団に限るので、年に6団のみがその名誉を得ることが出来る。音の道を歩む誰しもがその舞台を夢見るのだ。


 穏やかな秋晴れの空のもと、誰しもがその素晴らしい演奏に耳を傾けていた。

 それは婚約者の招待を受けて、ここにいるシェヘラザードもその内の一人にほかならない。


「なんて美しい演奏なのかしら……」


 一つの曲目を終えて、鼓膜が破れんばかりの大歓声に包まれた広場を見下ろしながら、シェヘラザードはほう、と熱っぽいため息を吐いた。

 淑女教育の一つとしてピアノやヴァイオリンなどの楽器や声楽も嗜むシェヘラザードは、音楽に関しての造詣が深い。楽器も歌も解らないアリアドネでもいい演奏だな、と思うほどの演奏だ。音の良し悪しが解る主はまろやかな頬を薄紅に染め、サファイアの瞳は感動で潤んでいる。

 隣のソファで同じように惜しみない拍手を送っていたリカルドは、そんな婚約者の横顔を満足げに見つめていた。

 

「殿下、ありがとうございます! こんな特等席で素晴らしい演奏を聴けるなんて、夢のようですわ!」


 視線に気づいたシェヘラザードは感動に後押しされたかのように、ソファから身を乗り出して熱弁する。

 普段の楚々とした控えめな様子からは想像できないほどに瞳を煌めかせ、満面の笑みを浮かべていた。よかった、とリカルドは笑みを深める。


「こんなに喜んでもらえるなんて、誘った甲斐があった」


 身を乗り出したことで少しだけ近づいた距離を、リカルドが手を伸ばすことでさらに詰めた。

 薄紅に染まった頬を指の背で撫でる。シェヘラザードはびっくりしたように目を丸くして、慌てたように浮かせていた腰をソファに戻した。その頬は薄紅を通り越して熟れた果実のように真っ赤に染まっている。幼い子どものようにはしゃいで身を乗り出すなんて、はしたない――…。


「あ、その、お恥ずかしいところを……」

「なんにも恥ずかしくなんてないさ。シェヘラザードが喜んでくれて、あんなに可愛く笑ってくれて、それだけで僕も嬉しいんだから」

「殿下……ありがとうございます」

「殿下じゃなくて、名前で呼んで」

「リューク様、ありがとうございます」

「うん」


 まだ幼い婚約者たちがお互いを想い合っている様はとても微笑ましく、壁際に控える従者達まで笑顔になってしまう――ただ一人を除いて。


(ああああああシェヘラザード様があんなに可愛らしく微笑んでいらっしゃるのにその相手が私じゃないなんてああああああああああ悔しいいいいい!)

「おい顔」

「はっ」


 嫉妬心のあまり、ひと様には見せられないような顔をしていたらしい。

 隣――とはいえ、二人分ほどの空間を挟んでいるが――に並んだバルドゥールに指摘された。まるで道端に放置された吐瀉物でも見るかのような視線を送られたが、それはきっと気のせいである。

 ぴしり、背筋を伸ばして深呼吸を一つ。止んでいた音楽が再び流れ始める。優雅に流れる清流のようなゆったりとした曲調の一曲目とは異なり、弾むように跳ねるように楽し気な陽気な曲だ。


 シェヘラザードは7日間の収穫祭の折り返しである今日、婚約者であるリュークーーリカルドによって王族専用の個室観覧席に招待されていた。

 門扉前を舞台として、広場内は自由観覧席、一宮の正面上層階に近づくほど身分や爵位が物を言う、予約制の個室観覧席となっている。勿論、最も見やすい位置は王と王妃の専用箇所だ。その付近に王族ならば自由に使用できる観覧室が何部屋が存在しており、今いる場所はその一室であった。

 半円状のバルコニーに出て観覧してもよし、室内から大きな窓越しに観覧してもよし。しかし立太子してなく、まだ存在を公にしていない王子であるリカルドがバルコニーに出て注目を集めるわけにはいかないため、室内のソファに腰掛けながらの観覧である。


 王族専用というだけあって、置いている調度品の全てに贅が尽くされている。

 二人を邪魔しないように控える従者たちですら、そのために誂えたかのように美しいのだから堪らない。場違いなのはアリアドネだけだと、何よりも雄弁な視線が突き刺さるようだ。


(主二人が音楽に夢中だからといって、あからさまなこと)


 片や王子、片や公爵令嬢だ。

 つく侍女や騎士は総じて身分が高い。無印とはいえ半人奴隷でしかないアリアドネが、高貴な血の令嬢の真後ろ――侍女や侍従の中でも最も近くにいることを許された者であるという証拠だ――にいることが異例なのだ。リカルドの真後ろに立つのは側近であるバルドゥールだが、彼は王弟の息子なのでリカルドに次ぐ身分だ。文句など誰も言えまい。

 しかしアリアドネがここにいるのは、シェヘラザードが望み、リカルドが許可し、ウィンプソン公爵閣下が命じたのだから、他の者にどうこういう権利などない。


 どう話がついたのかは知らないが、リカルドは自分の手足となってアリアドネが動く許可を、雇い主であるウィンプソン公爵からとったらしい。

 シェヘラザード――ひいてはウィンプソン公爵家に不利となるようなこと以外ならば、アリアドネがリカルドから指示を受けて自由に動いても構わない、と。

 自由に、などと。その言葉の可笑しさにアリアドネは笑ってしまう。

 たかが奴隷にとんでもない権限を与えたものである。

 

『動きはあったか』


 ピアスから声が聞こえた。隣に立つバルドゥールを横目で見やるが、直立不動、口どころか指先一つ動いた気配もない。どうやら声だけではなく、思念として会話が可能のようだ。

 ほんの少しだけ顎を引いて頷きを返し、同じようにピアスを通して思念を送った。


『ありました。収穫祭が始まってから、明らかに馬車の積み荷が増えています。それから、伝票の数字と、馬車の駆動音から予想する重量が全く合致しません。十中八九、奴隷が積まれているものかと』

『ご苦労。こちらでも調べは付いている。収穫祭の間には決着をつけるぞ』

『はい。頑張ってください』

『馬鹿か。お前も動くんだよ』

『ええ~……』

『お前が持ち込んだ案件だろうが……!』


 不満げなアリアドネを横目で睨みつけた。

 王子の優秀な側近は、真面目過ぎるが故に気苦労を多く抱え込む質らしかった。



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