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復讐のアリアドネ  作者: 岡出 千
幼少期:5歳
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 怒りで顔を真っ赤に染め上げて、涙で潤んだ瞳で少女が詰る。

 興奮しているからか白い肌がほんのりと朱色に染まり、巻きつけた布の隙間から覗いている。幼い少女とはアンバランスな色香があり、遠巻きにこちらを見る客達の目を引き付けていた。


「ほんとうなら、わたしはあんたなんかがはなしかけることもできないのよ。おとうさまにいいつけたら、あんたのくびなんか、かんたんにとばせちゃうんだからっ」

「どうせそのお父様がヘマしたから、お前奴隷になったんだろ。いい御身分だぜオジョウサマ」

「なっ、なによぅ……っ!」

「なんだよ」

 

 憤慨する少女と、それを心底鬱陶しげに見る少年。やり取りは少年の方が口が達者なようだった。

 少年はこちらの様子がおかしいことを察した奴隷商の下っ端達が近づいてくるのに気づいて、舌うちする。遠くから見張られるならまだしも、近くに立たれてしまうのは落ち着かないし、気分がいいものではない。

 商品らしく見栄え良くしていろ、愛想良くしろ、あくびするな屁をこくな。色々とうるさいのだ。

 それだけならまだしも、折檻される可能性だってゼロではないのだ。それだって、美しい少女と男の自分とでは、自分が殴られる可能性が高い。それだけは避けたかった。ここまできたら売られる覚悟は決めたものの、痛い思いはしたくないのだ。

 興奮のあまり周りが見えていない少女は、近付く男の存在に気づいた様子もなく再び、ぼろりと大粒の涙を零した。


「あんたに、なにがわかるのよぅ~~~」

「ああもう、知らねぇようっとうしいな! おまえもそう思うだろ!」

「…………?」


 ぐずぐず泣いてる女さえ静かにしていればと憎々しく吐き捨てて、少年は間に挟まれてやりとりを聞いていた幼子に同意を求めた。

 わかりません、とばかりにこてりと首を傾げた幼子も、無印奴隷だ。


 ぼさぼさの黒髪。骨と皮だけのがりがりの身体。肌は青白く、頬はこけ、目の下にはくまがある。子どもの生命力のような力強さや輝きは一切なく、ひたすらぼんやりと座り込んでいる。

 少女のようにいじらしく泣きもしない。少年のように苛立ちもしない。後ろに並ぶ、その他大勢の奴隷たちのような反応もない。

 それだけを見れば、無印奴隷としての価値はない子どもである。

 しかしその幼子は、この日の最高値の目玉商品として用意されていた。

 特筆するべきは、その右目である。


 金色。


 鼈甲よりも琥珀よりも透明度が高く、採掘され加工された純金よりも光を弾く、美しい黄金。

 左目は真夜中の空のような黒であるのに対し、右目の色だけが違っていた。金の目を持つ者など、神話やお伽噺に出てくるくらいのものである。

 それに加えて、右目の下には鱗のような形のあざがあり、その人間離れした容姿も、幼子の価値を跳ね上げる要因になっていた。


「その様子だと、おまえ半人だろ? よかったな、無印奴隷で売られてる間は飯も寝床もちゃんとある。ラッキーだ」

「なにがラッキーよ、奴隷のくせに」

「おまえもその奴隷だけどな」

「……」


 半人とは書いてそのまま、半分は人としての特徴を持ち、もう半分を他の種族の特徴を持つ者のことであり、獣であったり、爬虫類であったり、水生生物であったりと様々だ。

 通常は人間と見た目の差はほとんどなく、能力解放時のみその特徴が表れる。


 まずは虹彩の色彩変化。

 そして、体内の魔力や生命力を強制的に高速循環させることにより、身体能力が向上する。五感が鋭く研ぎ澄まされ、人間ではありえない動きが可能になる。

 それ以上にわかりやすいのが、身体特徴の発露だ。

 例えば半人半魚であった場合、多くは鰓による水中での呼吸が可能になり、鰭を得ることによって人間では有り得ない速さで泳ぐことが出来る。半鳥半人の場合は、翼を得ての飛行が可能になり、大型肉食系の半獣半人は鋭い牙と爪を得る。


 龍を神として祀り上げるこの国では、人と竜以外の生物の価値は低く、混ざりものである半人は迫害の対象となっていた。その為、半人であることを隠して生きる者が多数を締めるのだ。

 希少種である半人を手に入れようとする貴族やコレクターは貴族や富裕層にとても多く、性別年齢に関わらず、半人であるだけでその価値は数百倍にもなるのだ。

 一度半人であることを周囲に知られれば最後、ただの人間として生きていくことは不可能に近く。隠しだてする一族郎党皆殺しにしてでも半人を――ひいては大金を――手に入れようとする輩も多いため、一部の例外を除き、争いを避けるために売りに出すのはもはや当然のことであった。

 なぜ半人としての能力の目覚めがあるのかは不明とされており、研究目的としても需要は高い。


 幼子は半人である。

 虹彩の色彩変化(金の目)と、身体特徴の発露(目の下の鱗状のあざ)がその証拠であり、通常時ではまずありえない持続的な変質が、幼子の半人としての価値をさらに高めるものとなっていた。

 少年は幼子の価値を特別に押し上げている金色をひたと見つめながら、これからのことを考える。


「俺は北の貧乏村から買われたけど、無印奴隷になれてラッキーだった。客によってはまともな生活が出来るかもしれない。学をつけてもらえるかもしれない。這い上がるチャンスがあるんだ。飢えで死ぬより、凍えて死ぬより、もしものチャンスがある分ずっといい」

「……?」

「おまえにはまだわかんないか」


 ことりと首を傾げた幼子は何も言わない。話せないのかもしれない。

 無感情にぼんやりと見てくるその瞳には、少年が映し出されているけれど、幼子に見えているのか。認識しているのか。

 自分よりも四つ五つ年下だろうこの子どもが、話せなくなるほどに、無感情でいるしかないほどに、厳しい扱いをされてきたのかもしれない。

 奴隷に墜ちることで奴隷は人間ではなくなるが、もとより半人は人間ではない。そのため、想像を絶する扱いの下で息を潜めていたのかもしれない。


 けれど少年は幼子が羨ましい。 

 半人としての価値が。身体能力が。他にない金の目が。

 これからどんな客に買われ、どういった扱いを受けて行くのか、全くわからないままのこの現実に、立ち向かえるだけの強さが欲しかった。



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