青空奴隷市
見上げた空は青く澄みきって、太陽が明るく大地を照らしていた。
市場には活気と人が溢れ、軽快な音楽と売り込みの掛け声が絶え間なく聞こえてくる。
前を向けば、売人が客に愛想よく何かを語っては手をもみ込み、こちらに向かって指差す姿が見える。
その指の向きにつられた客が顎ひげをさすりさすり、にやつきながら顔を向けてきた。それをぼんやりと眺めてから、興味をなくして視線を泳がせる幼子が一人。
右を向けばうなだれる少年。目の下に隈を作り、憔悴した様子で唇を噛んでいる。
左を向けば涙を流してしゃくりあげる少女。腫れた瞼は痛々しいが、赤く染まった頬が愛らしい少女だ。
後ろを振り向けばもっといる。人、人、人。
老いも若きも、男も女も。ずらりと並んだ数十人、その場にいる全員の共通点を上げるとすれば、全員がほぼ裸に布一枚を巻いているだけの質素な姿であることと。これからの自分達の処遇への、どうする事も出来ない絶望の念を抱いていることだろうか。
うなだれる少年と、泣き続ける少女の間に挟まれて、泣きも笑いもせずにただぼんやりと座り込む幼子もまた、布一枚を身体に巻きつけているのみである。
こちらを見る視線が別のところへ逸れたのを感じると、幼子はまた、ゆうらりゆらりと視線をあちこちに巡らせる。
暗闇ばかりだった記憶の中で、こんなにもたくさんの人と物を見るのは初めてだったこともあり、傍目からは無気力に、幼子にしてみれば興味津津で、蛞蝓が這うくらいゆっくりと、目の前の光景を眺めていた。
奴隷市。
食料や装飾品と同じように、ありとあらゆる奴隷が売り物として並んでいる。
通常であれば鎖骨の下、心臓の真上にあたる位置に焼けた鉄で真円の焼印を押された奴隷たちは、奴隷商と呼ばれる専門の商人により売りさばかれ、売られた先の家紋を円の中に焼きつけられる。それには絶対服従の呪いがかけられており、身体が動く限り死ぬまで隷従し続ける一生が待っていると言えた。
商品として道沿いに並べられた奴隷たちは、すでに円の中に家紋を焼き付けられたものが中心だ。
それは一度――もしくは二度三度――どこかの家に奴隷として使われていたということであり、棄てられ再び売りに出されたということに他ならない。それらは総じて、奴隷としての価値が下がったと見なされ、二束三文の値段で取り扱われる。
商品の並べ方も雑なものだ。芋のカゴ売りのほうがまだましな売り方をしているかもしれない。ゴザの上に座り、布一枚だけでも身につけられているのが幸せだと感じるほどだった。
現在幼子が座り込む場所は、市の大通りから少し離れた競り場といわれる会場の、手前に設置されたテントの下だった。
競り場とはその名の通り、売りに出された奴隷たちを、客が自由に競り落としていくための場所である。奴隷市における、最大の見世物と言っていい。
その会場たる競り場への入り口に商品を展示しておくことで、競りをスムーズに進める役割がある。入れ替わり立ち替わり、上等な衣服をまとう貴族や商人達が品定めしては会場入りしていった。
競りに出される奴隷は決まって、円の中が空白のままである。
奴隷といえど、誰の手垢も付いていないモノの方が好まれるのは当然のことであった。過去の所有主によっては、度重なる暴力などによって手足が自由に使えなかったり、性病などをうつされていることもあるので。
加えて、若いことも競りに出される条件の一つである。
若さは財産だ。長く働けるし、力もある。ある一定の年齢を越してしまうと、途端に道端で十把一絡げの扱いを受けることになる。
そして数いる奴隷達の中でも最上級なのが、無印の奴隷だ。
家紋も、真円の焼印も押されていない奴隷のことで、元貴族や富豪の子息子女で、学があり血統がはっきりしている者、平民でも見目麗しい容姿や珍しい色を持つ若年者などがこれにあたる。
身分は奴隷であるものの、その扱いは印を焼き付けられた他の奴隷とは天と地ほどの差がある。
無印奴隷は、一般的に貴族の中でも高位の子息子女に従属させるために買われていく。
貴族としての価値は本人のみならず、自分が従える従者の質などにも左右されるからだ。どれだけ美しいか、どれだけ優秀か、どれだけ忠誠を誓わせられるか――。
その家ごとに望まれる従者は変わってくる。理想の従者を育て上げるためには、幼いうちから知識や美貌の基礎があり、それを厳しく教育して伸ばしていくことが最善という考えのもと、令息令嬢が幼いうちから選び鍛え上げられ従属する。
そういった貴族独自のルールから、競りに出される無印奴隷は数も少なく高値がつくが、買い手もすぐにつく。そういう存在だった。
テントの最前列で値踏みされる三人――向かって右から泣く少女、ぼんやりする幼子、俯く少年が、今回競りにかけられる無印奴隷であった。ちなみに、一般的でない無印奴隷の購入目的は、自らの性的嗜好や欲望を満たす為が多い。余談である。
ひく、と喉を痙攣させながら、少女が小声で話し出した。
「あ、あんたた、ち、よく、そ、そんなへいきなかお、してられる、わね。これから、うられるって、いう、のに、のんきなもの、ね!」
しゃくりあげながらそう言う少女の、年の頃は十を漸く越えたくらいだろうか。
ゆるやかにウェーブを描く髪は肩よりも少し長いくらいで、太陽の光をはじいて艶やかに風に靡いている。
絶え間なく涙を零す双眸は、水の膜を張ってきらめくエメラルドグリーンで、どんぐりのようにまんまるで可愛らしい。泣いているせいで小さな鼻は真っ赤に染まり、桃色の唇はぷっくりと膨れて痛々しさすら見る者に感じさせるが、それと同時に支配欲や征服欲といったものも多大に駆り立てる。
競りの為だけに前日の晩から磨かれた肌は白く透きとおる様で、すらりと長い手足は少し力を入れれば折れてしまいそうなほどに細い。元はどこかの貴族の御令嬢かなにかだろう。
少女の瑞々しさと愛らしさはまさに競りの目玉商品と言って過言ではなく、あと数年もすれば町でも指折りの美女に成長する。きっとかなりの高値がつくはずだ。
対して、少女の言葉に嫌そうに眉をしかめる少年は、少女よりも少し幼く、幼子よりも少し年上くらいか。
少し日に焼けた小麦色の肌は健康的だが、布一枚から露わになっている手足は骨と皮ばかりのように細い。
俯いて悔しげに噛みしめる唇は薄く、ぎりぎりと顰められた目元は切れ長のアイスグレー。すっと通った鼻は高く、将来は涼やかな美貌の美丈夫か、穏やかな美貌の美男子か。
つんつんと空をむく短い髪色は、冷たい印象の顔立ちとは真逆の、炎のように燃える赤。赤毛は一般的であるものの、少年の持つ色ほど鮮やかな赤は珍しいものだった。
顔立ちの良い少年を好む客層は一定以上存在する。生意気な表情の中に怯えの色をにじませるその姿は、精一杯の威嚇を繰り返す子猫のようで、これまた高値がつくだろう。
「おまえ、馬鹿なの? 泣いたってしょうがないだろ。泣こうが喚こうが、奴隷になるのは決まってんだ」
「ばか、って、なによ! あんたとちがってわたしはほんとは、こんっ、こんなところにいる、にんげんじゃないんだから!」
「馬鹿、声がおおきいっ。見張りに叱られるだろっ」
「またばかっていったわね!」
ばか呼ばわりされてかっとなった少女は、先ほどよりも声を荒げて少年に言い返した。逃げないようにと嵌められた首輪から伸びる鎖がちゃりちゃりと音を立てる。
それに気づいた奴隷商や客達がこちらを見てくるのに素早く気づき、少年は焦って少女を止めにかかるが、それさえ興奮する材料にしかならない少女は怒りで顔を赤くしている。すっかり涙も止まったようだった。